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似非裁判  作者: 花南
1/5

01

 試験の開始と共に静かな教室にただカリカリと鉛筆を動かす音が聞こえる。

 何十もの鉛筆と紙の摩擦、研ぎ澄まされた空気、その中で自分だけがぽつんと置いてけぼりにされたような感じだった。

 自分の右手が動かない、コロン……と机の上にシャープペンシルが転がった。


 東雲高校が公立高校だと聞くと、普通の人は我が耳を疑うだろう。

 そのくらいこの高校は自由度が高い。委員会というものがほとんどなく、ほとんどが独立した部活として機能しており、生徒は必ずどこかの部活に所属している。

 部活はそれぞれ学校へ果たすべき義務があり、東雲高校はいわばちいさなひとつの社会のようなものだ。

 そして進学高校としても有名なこの高校は、成績さえよければ大概のことが許されるルーズな面もある。逆に言えば、成績が悪いととんでもない目に遭うわけだが……

 東雲高校は試験があるたびに、上位30位の名前が廊下に張り出される。一学年が500人を超える巨大な学校のうちの上位30位を維持するのは大変困難なため、常に上位を維持する人間には金一封、図書券などが景品についたりする。みんなこぞって努力するわけだ。

 海馬白雪(かいばしらゆき)は自分の名前を23位に確認したあとに、もうひとりの名前を探した。いつも30位近辺をうろうろしている男の名前である。

 しかしどれだけ探しても森下透の名前はなかった。


「森下ー、もーりーしーたー」

 昇降口でぼんやりと待っていた森下に海馬は駆け寄っていった。馴れ馴れしく森下の背中を叩きながら、

「アンタどうしたのよ? いつもぴったり30位を狙って調節しているくせに、今回は名前がなかったじゃない。ついに31位に落ちたわね?」

 森下は浮かない顔である。海馬はおや、と首を傾げて

「ちょっとー、31位だって30位と一つ差じゃない。29位も31位もかわんないわよ、何そんなに落ち込んでいるの?」

「……301位」

「そう、301位なの。ええ!?」

 森下が漏らした言葉に海馬は下駄箱から取り出しかけた靴を落とした。信じられないといった顔で森下をまじまじと見る。

「アンタが301位? 教師どもの点数のつけ間違えでしょう?」

「ところが、そうでもないんだな……」

 森下はため息をつきながら答案用紙を海馬に渡した。

 それをもぎ取るようにして覗き込むと、まるのかわりに斜線がたくさん入っている。

「信じられないワ……暗記問題ならともかく、森下が文法や計算を間違えるなんて……何があったのよ?」

 歩きながら正門を出たあたりで、森下は複雑そうな顔をして言った。

「なんていうのかなー、説明し辛いんだけれど…」

「言いなさいよ!」

「信じてくれるか?」

 何度も確認する森下に海馬はうんうん、と頷いた。森下はため息をついて答えた。

「床がなくなったんだ」

「床が?」

「そう。試験を開始したと同時に、なんか異次元にでも飛ばされたかのように床がなくなった。足元が不安定で、どこまでも底が見えない深淵なんだ。試験に集中しようと思ったんだけれども、とてもできなかった」

「森下……アンタ疲れているのよ」

「そうかも」

 三つ目の電信柱は一服の合図である。ここから吸うと、だいたい駅の手前くらいでちょうど一本吸い終わるのだ。咥え煙草で火をつける森下を見ながら海馬は聞いた。

「でも……301位ともなるとあれじゃあない? 左遷があるわよね?」

「あるだろうね」

 左遷。東雲高校で生徒が言う左遷というのは、無理矢理別の部活や委員会に異動させられてしまうことである。

 まんべんなくどの部活もが、義務を負っている東雲高校では、学校の運営上、どこかの部活が手薄になるのを嫌う。そこで300位以降の人間は、部が忙しいときに臨時でひっぱってきていいという決まりがあるのだ。いわば都合のいいぱしりである。

「アンタ、運動系の部活に引っ張っていかれたら大変なんじゃあない? 体育の成績かなり悪いものね」

「うるさいよ。ああもう、なんで床なんて消えちゃったんだ」

「まあ、アンタひとりが辛い思いをするのもなんだから、困ったことがあったならば言いなさいよ? 勉強教えたり、ちょっとの手伝いならできるから」

「……ありがとう」

 森下はお礼を言いながらもなんとなく屈辱めいたものを感じた。

 電車から降りて、駅を出たところで海馬とは別れる。帰路につきながらもう一本煙草を口に咥えた。苛々しているときは煙草の消費量が多いのだ。

 そもそも煙草を吸い始めたのはいつ頃からだっただろうか。十四歳の頃にはもう吸い始めていたような気がする。最初はなんとなくである。何事もつまらなかった。

 中学校は勉強をしなくても10位以内に入ることなんて容易かった。授業はつまらない、同年代もサッカーやバスケのボールを追い回して何が楽しいのだろうと思っていた。海馬だけが自分と対等にやっていけるだけの頭脳を持っていた友人だった。

 海馬は常にベスト3、森下は必ず10位以内、ふたりはいつもいっしょに行動していた。しめし合わせるように同じ高校を志願して、楽々合格、そこまでは順調にきたのだ。

 なんとなく難易度の高い学校ということで、東雲高校を選んだが、この学校は自由度が高すぎる。

 今までコルセットで締め上げられていたかのような中学生活から一気に解放された自分は、何に反発すればいいかもわからぬままに宙ぶらりんだった。

 家について、すぐに二階にあがろうとしたところ、後ろから声をかけられた。

「透さん……お話があります」

 やや低めな女の声である。振り返ると隣の部屋から姉の(さとる)が顔をのぞかせている。

 鞄を持ったまま、聖の部屋に入ると、彼女はベッドに座ったまま椅子を指差し、森下を座らせた。

「テストの答案を見せてください」

 このいつも丁寧語で話す姉というのが、森下は苦手だった。

 黙ってテストを渡すと、聖は一枚一枚捲ってその出来を確かめる。ぺらりぺらりと紙を捲る音だけが静かに聞こえた。

 しばらくして聖は言った。

「透さん……わからない問題があるならば、私に聞いてくださいと言ったはずです」

「わからなかったわけじゃあないよ。ただ……」

「ただ?」

 聖の柳眉がきつく跳ね上がる。

 本当のことを言うと姉は自分のことを心配するかもしれない、彼女は今年受験である。森下は咄嗟にはぐらかすことにした。

「頭の中でオセロの勝負をしながらやっていたら、こんなになっちゃって……」

「オセロの相手は強かったんですね?」

「うん……強かった」

 静かな湖のように深い色をした眸が森下を見つめた。思わず視線をずらすと聖はそれ以上問い詰める気もないようで、答案用紙を返してくれた。

「透さんがオセロに夢中になるくらいですから、余程強い相手だったんだと思います。次からはテストもがんばってくださいね」

「すみませんでした」

「そうそう……透さん、左遷の件ですが……」

 左遷の言葉に森下が顔をあげる。聖は首を傾けて言った。

「透さんは今何部ですか?」

「経済部です」

「今、ちょうど私の部活が手薄なんですが……生徒会裁判に向けて新一年生を募集しているんです。こちらに来る気はありませんか?」

 姉の聖は裁判部である。裁判部は普段、架空の事件を想定して裁判の真似事をしていたりするのだが、学校内での調停係というのも担っている。

 生徒会裁判というのは、生徒会に立候補した生徒ひとりひとりに弁護士がついて、裁判を模した投票前のパフォーマンスのようなものである。

 当初は人気を集めるための目的でつくられた生徒会裁判も、今はライバルの揚足をとるためだけの裁判と化し、通称揚足裁判と呼ばれるようになった。

「悪くない話でしょう。それとも運動部への左遷のほうがいいですか?」

「いや……具体的に何をやればいいんですか?」

「頭のいい方を数人連れてきてくださいな」

「頭のいい人……」

 森下は頭を捻った。そもそも自分よりも頭のいい人間というのを、あまり見たことがない。

 目の前にいる才媛の姉上は別として、同学年で同じくらい頭のいい知り合いは海馬くらいしか思いつかなかった。森下は聞いてみる。

「今の裁判部は頭がいいんですか?」

「いいえ逆です。頭が悪い人しかいないから、新しい一年生こそ頭のいい人たちをいれたいのです」

 きっぱりと頭が悪い人とくくられた裁判部員になんとなく同情めいたものを感じながら、聖に渡された資料を見た。

「この副部長の名前……なんて読むんですか?」

八月朔日梗(ほづみきょう)とそれで読むんです」

「ねえさん……名前の響きで副部長を選ぶのはどうかと思うけれど」

呻くように呟く森下に聖は首を横に振って答えた。

「八月朔日さんは三年生の首席ですよ?」

「へぇ……」

 聖はずっと次席に甘んじている。いつもどうしても勝てない相手がいると言っていたが、それが彼なのだろうか。名前が派手なだけではないのだと少し感心したように森下は呟いた。だがなんとなく名前が気に食わなかった。

「八月朔日先輩は頭がいいんですね?」

「いいえ、馬鹿ですね」

「はぁ、馬鹿なんですか?」

「馬鹿ですよ。成績だけでスカウトしたのが間違いでした。透さんには是非ともテストのできる馬鹿ではなく、テストも裁判もできる方を連れてきてもらいたいものです」

 森下はやれやれとため息をついた。新学期に入ってから何もかもがうまくいかない。



「なぁ海馬……僕が困ったときには手伝ってくれるって言ったよな?」

 昼休み、唐突にそんなことを言われて海馬は目をぱちぱちとさせた。

「ええ、言ったわよ?」

「左遷が決まったんだ、裁判部だよ」

「あら、よかったわね運動部でなくて」

「よかったのかな? あそこの部長は姉さんなんだ。今ね、裁判部は人手が不足しているそうなんだよ」

「左遷で何人か引っ張ってくればいいじゃない」

「ところが姉さんは、クオリティの低いことが嫌いな人なんだ。僕に『何人か頭のいい方を連れてきてください、あなたの友達の多さを調べてあげます』って言われたんだよ」

「……なんだかアタシに何が言いたいのかわかってきたわ」

「海馬だったら30位以内だし、こんなことに興味ない?」

「いいえ、ちょっと面白そう。乗ったわ」

 森下はほっとした。とりあえず一人は頭のいい人間を確保できたわけである。ところが困ったことに、森下は友達が少ない。いつも海馬とつるんでばかりいたので、交友の幅が狭いのである。あと数人連れてこなければいけないというのに、だ。

 森下はため息をついた。と、そこにお昼の放送がいきなり流れた。

――空乃のモエモエトークショーの時間ですぅ

 ばりばりのアニメ声でそんな声が聞こえた。

――今日はぁ、佐藤甲斐先輩を呼んでみましたぁ、佐藤先輩~よろしくお願いしますぅ

 従兄弟の名前が呼ばれて森下はなにげにスピーカーのほうを見た。

――あい、佐藤デス! 今日はアヤちゃんのモエモエトークショーに呼ばれて俺、ちょっとドキドキ!

「ぶっ……!」

 食べかけていたやきそばパンを噴出しそうになりながら森下は缶コーヒーをずずっと飲んで口の中のものを全部流し込んだあと、呟いた。

「誰だ、こいつ?」

――アヤちゃんのフェロモンお天気予報はいつも欠かさず聞いているよ! 当たったためしがないけれどもね

「知らないの? 空乃綺(そらのあや)、学校一色々な声色を使い分ける声優女。トークショーをたったひとりで盛り上げているんだか盛り下げているんだかわからない奴よ」

 海馬が説明している間にも空乃による世にも面妖なトークショーは繰り広げられている。

――空乃! ここを開けろ!

 ガンガンと放送室の扉を叩く音がスピーカーから聞こえてくる。どうやら本物の佐藤が腹を立てて殴りこんできたようだ。

「甲斐の奴、今日は随分と怒っているな」

「そりゃあたとえ偽者だとわかっていてもいい気はしないわよね」

 森下の言葉に海馬が肩を竦める。

――キャアアア、来たわ、来たわヨ、あ・い・つ、が!

――空乃のモエモエトークショーでしたぁ

 最後に裏声になった佐藤のものまね声と、空乃の締めの言葉で放送はぷつっと途切れた。



 西館の端にある裁判部の部室は、部員が少ないとは思えないほど広かった。

 入った右側のところに裁判のセットが置いてある、これを使って視聴覚室を法廷のように見せかけるのだ。

 左のほうは、大きな机とそれを囲むように置かれた五つの椅子。その椅子は奥へ行くほど高級で、まるで社長か誰かが座っているような椅子に深々と聖が腰掛けてこちらを見ている。

「姉さん……この部活は椅子ごとに階級が分かれているんですか?」

「別にそういうわけではありませんが、リサイクル同好会から椅子を買い取った結果こうなったんです。戸浪のパイプ椅子も私のエグゼクティブチェアも同じ値段で買いました」

 どうやらパイプ椅子に座っている猫背の男の名前は戸浪と言うらしい。見たところ、この部活は二人の男と三人の女で構成されているようだ。と、聖は立ち上がって言った。

「さて、弟も来たことだし……まずは彼らの実力を見るところからスタートしましょうか」

 パンパン、とよく透る手拍子を打つと、他の部員が机をぎーぎーいわせながら移動させ、簡単な法廷を作り出した。聖は続けて、

「では、被害者の……戸浪」

すると戸浪と呼ばれた先ほどの少年が部室の端っこで寝そべって死体の真似事をはじめるではないか。

「そして容疑者の……河野」

 今度は目じりのきつく跳ね上がった女がものさしを持って戸浪の近くに立つ。

 聖はそのものさしを抓むようにしてとりあげると、それを金髪の男へと渡した。

「凶器は検事側へ……では皆さん、持ち場についてください」

 被害者の戸浪以外の人間がわらわらと自分の持ち場につく。呆気にとられている森下と海馬に聖は一言金属のような澄んだ声で言った。

「海馬くんと森下くんは弁護士です」

 聖は学校では森下の名前を呼ばない。

 言われるままに移動して、聖が裁判長の席に腰掛けると、裁判の模擬が始まった。

「検事側、冒頭弁論を」

 そう指示されて向かいの男が立ち上がった。

 長身で長い金髪を後ろでたばねていてシャツの釦は幾許もとめていない。森下の体と比べればいくぶんかがっちりとした体格の、一目見てわかる美形である。

 彼は髪の毛をふさっと掻き上げる仕草をして説明を始めた。

「被告人河野里枝は被害者戸浪克典をものさしで殺害しました。現行犯逮捕です」

「よろしい。では弁護側、尋問をどうぞ」

 尋問をどうぞと言われても、現行犯逮捕であるというのに何をどう言えばいいというのだろう。森下が考えこんでいる間に聖は

「何もないようなので、被告人河野里枝は有罪――」

「あ、待って、待って森下のお姉さん、思いつきました!」

 待ったを出したのは海馬だった。

「凶器がものさしというのはおかしいわ。だってそんなのでどうやって殺すっていうのよ!」

「異議あり。絵描きが道具を選ばないように、殺そうと思えばどんな道具でも殺せます」

 向こうの金髪の男がものさしを手にこちらを指差して聞いてきた。

「森下君、何か質問はないかな? 胸を借りるつもりでかかってくるがいい」

 なんだろう、このでかい態度……この男はいったい何者なんだ。森下は少し考えてから

「まださっきの発言ではわかってないところが。死因はものさしによる刺殺ですか?」

「ん……まあね」

 どうやらそこらへんを深く考えているわけではないようだ。

「検事側は被告人の動機についてどう考えていますか?」

「ハーゲンダッツを奪われそうになったことに逆上したと考えてるけど?」

 なんだそりゃ。森下は後部に座っている被告人役の河野を見た。

「このいかにもきつい顔の人間がハーゲンダッツごときで人を……」

「異議アリ!」

 後ろから声が聞こえて森下はびくっとした。河野が立ち上がって森下に大声でがなりつける。

「ハーゲンダッツを馬鹿にするな! あなたさてはサーティワン派ね!?」

「いや、甘いものはちょっと……」

 困惑しながら森下は今言いかけた言葉を取り下げることにした。

 こいつならばハーゲンダッツを奪われそうになった勢いで人を殺しかねん、そう感じたからである。

 しかし、そうなってくると突付ける部分が何もない。部室の端で今も死体の真似事をしている戸浪が痛々しい。

 木槌が打ち鳴らされた。

「では、判決を言い渡します。河野里枝、有罪」

 あっさりと摸擬裁判は幕を閉じた。

 やれやれとまた普段どおりの机の配置に戻されて、何事もなかったかのように全員が着席しなおしたところで聖は部員を紹介してきた。

「みなさん、こちらは今回左遷させられてきた私の弟と、その弟のお手伝いをしてくださる海馬君です」

「よろしく! 森下くん、海馬くん」

 聖の隣に座っている金髪の男が馴れ馴れしくふたりの名前を呼んだ。

 聖は続けてその男を手で示し

「そしてこちらの煩い人は、我が部の副部長、八月朔日さんです」

「はーい、八月朔日先輩だよ。わかんないことがあったらなんでも聞いてね!」

 煩いと言われてもへこたれる様子もなく、こちらに手を振ってくる八月朔日から森下はなんとなく視線をそらした。

「そして二年生の、河野さんと松山さんです」

 先ほどのキツイ顔の女の隣には困り眉の気の弱そうな女が座っている。松山と言うそうだ。

「最後におふたりと同じ一年生の戸浪君です」

 自分の隣に座っている猫背の男子が軽く目礼だけしてきた。

「ではみなさん、彼らは先ほど見てわかるとおり、法廷に立って何をすればいいのかわかっていません。新人のおふたりに裁判をおこなう上でのアドバイスなどをしてあげてください」

 すっと一番気の弱そうな松山が手をあげた。

「まずは……冒頭弁論で詰まらずしゃべることができるのが大切だと思います」

「それは松山さんが普段から詰まるからですね。河野さんは何かありますか?」

「気合だと思います。裁判の前に腕立て伏せをしながら『ハーゲンダッツ! ハーゲンダッツ!』と叫ぶときっと裁判が終わったあとに美味しく食べられると思うんです」

「河野さんはハーゲンダッツのことしか話せませんね。ソフトボール部の癖がぬけていないみたいです。では八月朔日さんはどう思いますか?」

「そうだな……髪型かな。法廷に出るときの髪のセットが決まっている日はなんとなくその日の裁判も決まるもんだ」

「そういうものですか。戸浪君は?」

「自分は、特には……」

「だそうです。それぞれの意見を参考に今後の裁判のやりかたを考えてみてください。今日はこれにて解散――」

 と、聖が言いかけた時、部室の扉をがんがんと叩く音が聞こえた。

 振り返ると、閉まりの悪い引き戸を開けてひとりの生徒が入ってきた。左腕には風紀委員の腕章がついている。

「おーい裁判部、依頼をもってきたぞ」

 聖は依頼書の書かれた封筒を受け取り、中身を見てため息をついた。

「一年生の英語の試験で集団カンニングが発生したそうです。容疑者は一年生の陸さやか、本人はまだ否認しているそうです」

「へぇ、女の子が容疑者なのか。それじゃあ俺は弁護側に回ろうかな……」

 隣で余計な口を叩く八月朔日をちらりと横目で睨み付け、聖は続けた。

「では、今回は八月朔日さんに弁護側についてもらうことにします。残りの現役部員は検事側、左遷組は八月朔日さんのアシスタントについてください。では、各自持ち場へ、解散」

 今度こそ解散の合図を受けて、戸浪と松山と河野はあれこれと相談しながら風紀委員に事情聴取をしはじめた。聖は資料に目を通している。

 森下と海馬は顔を見合わせた。

「陸さやかって知っているか?」

「森下、あんたのクラスにいる子じゃあなかったっけ?」

「そうだっけ? クラスメイトの名前なんていちいち覚えていないよ」

 しれっと肩を竦める森下と海馬の肩を八月朔日がどん、と後ろから叩いた。

「よーし、これから俺たちは仲間だ。森下くん、海馬くん、この八月朔日梗がいる限り、勝訴は決まったも同然だぞ。あ、これ名刺ね」

 質のいい紙にKYOとアルファベットで書かれた名刺を渡されて、森下は一瞬これは源氏名なのではないだろうかと思った。

「とりあえずこれからどうすればいいのかしら?」

「とりあえずはそうだな……陸さんに会ってみるべきじゃあないか?」

「風紀委員さん、陸さんは今どこにいるんだい?」

 風紀委員の屯所にいると聞いて、三人はまずそこへ向かうことにした。

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