常時絶命中
どでかい、赤っぽい色をした毛の熊っぽいそれは、迷うことなく私に襲いかかってくる。
ルーフェが弓を構えようとしてるけど、熊(?)の方が速い。
まあそんなわけで、太い爪に割かれて首と胴体がさようならした。黒ひげ、昔よくやったなぁ。・・・・・・一人で。
『ううーん、むにゃむにゃ。もう眠れない・・・・・・』
寝てるのにっ!?どゆことっ!
『はっ!・・・・・・なんだ、ここは夢か』
違うよ!さっきまであんたがいたのが夢だよ!現実見て!
『はーもう。えっと・・・・・・あといくつだっけ』
覚えとこうよ!あと84だよ!ってだからこれ何!?
『はいはい84です死ね』
「あの、モモさん?は、早く立ってください。寝てる場合じゃ・・・・・・」
「死ねってなんだぁぁぁああああっ!!」
もう死んだっての!死にたくないけど!何よあいつ。やなやつ!
とか言ってる暇はないらしく、熊モドキがルーフェを毒牙にかけようとしている!
腰のナイフを抜いて順手で握る。
「・・・・・・も、モモさん?あれ?」
驚いた顔も天使だよルーフェ!待ってて今私がそのゴミを片付けるからぁぁあ!
「死ね、熊もどぉうすっ!?」
真正面から突進した私の胸に、熊の爪が突き刺さった。
この熊・・・・・・私の胸を爪で貫くなんて・・・・・・「お前が、欲しい」ってアピールしてるつもり?はっ、こんなのに獣かn、
『は~、やっぱり朝風呂は最高だ!』
お、おう・・・・・・え?朝?夜じゃないの?
『あ、あんたもそう思うよな?風呂は朝入るのが一番だよな!』
あーいや、明るくなったら寝ちゃうし、夜中入る方が落ち着くけど。
『・・・・・・クズめっ』
何だコイツいいからさっさと戻せっ!
『はいはい83』
「あ、や・・・・・・モモさ、」
「ぶっはぁ!もうほんとふざけんなっ!」
「・・・・・・ふぇえ?」
おおっとどうしたルーフェ!なんかすっごく可愛くなってるよ?あ、元からか!てへっ!
でもこれ困ったなー。・・・・・・絶対勝てないでしょ、これ。
熊は相変わらず私たちの数メートル前で威嚇をしている。ルーフェは私が死んだけど死んでなかったことに混乱している模様。
ならどうするか。ふふん、答えは簡単。
逃げるんだよぉぉぉぉおおぉ!!
私はナイフを腰の鞘に入れ直すと、ルーフェのやーらかく可愛らしいお手々を取って、全力で熊と反対の方へ走り出した。
でもまぁね、そりゃあ追ってくるよねー。
こっちはさして運動もしてない引きこもりと女神で天使で妖精な美少女。向こうはもう「俺、飢えてるぜっ!」って感じの熊っぽい魔物。
・・・・・・逃げれるわけないわー。
熊がすぐ背後に迫ってきたので、私はルーフェの背中を押して少し距離を取らせる。こうすれば私を狙うはず!とか思ってたけど、最初から狙いは私でしたー。迷うことなく爪を立ててから木に串刺しにしたよ、この熊・・・・・・
爪が引き抜かれていく嫌ーな感覚の後、どさっと地面に倒れ込み、そのまま視界がブラックアウトする。
『お、きたよ。朝飯はどん兵衛に限るよな?』
・・・・・・いきなり何言ってんの?頭悪い子?
『どん兵衛に限るよな?な?』
あーうんまぁ、どん兵衛好きだけどさ。美味しいし。お揚げがいい味出してるよね。
『・・・・・・だよねー!いやー、わかってらっしゃる!』
何もういつまで世間話に付き合わなきゃいけないの!?
『ああそうそう、仕事ねはいはい。貴女の残命数は82です!ステータスがバトルの鍵!』
「あっれぇ!?なんか今までと反応違くない!?」
おだてられて調子に乗るタイプだよ、あれ!いいように使われちゃう部長止まりのサラリーマンだよ!そんな大人にはなりたくない!
それより大変だ。いやまぁわりとさっきから大変だったけども。何でこの熊一々ルーフェを狙うのん?
あ、私を殺したと思ってるから?それで油断しきって背中なんか見せちゃってるの?熊なんかよりルーフェ見せてよ!月明りでさらに輝いて見えるよ!
えーと、なんかあの文字が「ステータスが鍵」って言ってたっけ。そういうのって普通最初に言うよね?何で今頃ヒント?
ふっと左手の腕輪をかざしてステータスを表示させる。けど変わってない。残念なパラメータのままだった。ピンチで覚醒とかないのだろうか。
とりあえず私は、近くに落ちてた小石を拾うと、
「こっち見ろクソ熊がっ!」
と熊目掛けて全力投球した。やった、当たった!けど毛並みがご立派ですもんね、そんなの痛くも痒くもないぜ!ってお顔をしていらっしゃいます。
私は再びナイフを抜いて、熊と対峙する。その後華麗に退治するっ!・・・・・・できる気がしない。
「あれ?」
左手を見ると、ステータスが表示されたままになってる。ブンブンと振り回してみても全然消えない。え?何これ。
あ、もしかして頭の中で消えろ!とか思うと消えるの?あ、消えた。なるほど、じゃあ出てこい!とか思えば・・・・・・おお!
出ないのか―。表示!オープン!・・・・・・駄目だこれ。ふと何も考えずに左手を胸元までもってくると、いきなりステータスが表示された。
ゲーマーの勘。ここは神の啓示的なあれに従ってステータスを表示させたまま戦おう。左手かざしてー、はい表示ー。
「おっけーおっけー。待っててルーフェ!私がかっこよく助けるよ!で、その後お礼に何でもぐぅえっへへへ!」
「え?あ、はい!・・・・・・はい?」
初夜直行便、発車いたしまーす!覚悟しろ熊!貴様の人生、いや熊生は今日、ここで幕を閉じる!
熊との距離は約四メートル。『俊敏』をうまく使って――あれ、どうやればいいんだろう。よし、Bボタンを押すんだ鈴代百!どうやって!?
「風になれ、私っ!」
ドン、という音が響き渡り、私の体は一瞬で熊の目の前まで移動する。──って、頭の中では完璧だったんだけどなー。
もちろん普通に走って近づく。ナイフを腰の高さに上げて、グッと体を捻る。と、間合いに入ったと思った瞬間、熊が腕を下から思いっきり振り上げ、私の体は首を引きちぎられながら宙に浮く。意識が切れる直前、左手に表示されたステータスの『体力』が0になったのが見えた。
『ででででん!・・・・・・ファー!』
・・・・・・見テナイ。私、何モ見テイナイ。
『あ、いらっしゃ~い!残り81!頑張れー!ふぉぅっ!』
「マイケルかっ!って何でこんなに高く飛ばされてるの!?」
あの熊腕力すご・・・・・・ん?
左手のステータス表示。落ちながらそれをじーっと見る。
そしたら、『体力』が2に戻っていた。
・・・・・・あれ?どゆこと?あ、いやいいのか。生き返ってるんだし。でもなんか違和感が。もしかして死ぬ度に全パラメータ回復するの?
・・・・・・ち、ち、チートだーっ!!
やった、チートあったじゃん!私最強じゃん!もう何も怖くな──あ、熊が手を横薙ぎに──
『うん、わかったみたいだな!』
フラグ回収ー。・・・・・・しまった。
『いやー、十九回?目でようやく気付けたねー』
本当にね。まあ原因はどこのどいつだ、って感じだけど。
『では教えて進ぜよう!これは死ぬ度に──』
ステータス回復効果発動でしょ?わかってるわかってる。
『ステータスがリセットされる能力である!』
・・・・・・ふへぁあ?リセッツ?
『うんそう、死んだ瞬間にステータスが初期状態になります。転生時が初期状態ね。もう全部。レベルも含めて』
じゃあ私、唯一の能力使い続けたらずっとレベル一なの!?あのパラメータのままなの!?
『うん、そうなるね』
はぁぁぁああ?あったまおっかしいんじゃないの!?
『あと80!安寧の日のために!』
「こんなので戦えるかぁぁああぁぁっっ!!」
全リセットって何!?初期状態って何なの!?馬鹿なの!?阿呆かっ!!もう死ね!ってかリセットってことは最大値になれないじゃん!最大値低っ!とか思ってたけど今よりは絶対マシだよ!もうやだクソゲーにも程があるよ!
「ルーフェ!ごめんルーフェ助けて!なんか色々おかしい!おかしいからぁ!!」
もう本当にルーフェが癒しだよ!寄生してる感覚だよ!養ってほしい!
「え、あ、はい!」
そう言うとルーフェは、腰の小物入れから手投げ爆弾を取り出して、
「えいっ!」
熊の顔面に投げつけた。
・・・・・・容赦ないな!
ルーフェはさらに背負った弓を握ると、矢を三本同時に番える。そしてたたっと熊の横を通り過ぎて背後に回り、後頭部に矢を放つ。なんか、エルフの王子様みたいだった。こっちはまだ一人も殺ってないよ!って私がドワーフなの!?やだなぁ。
「・・・・・・やった?」
ふうと息を吐いて、ルーフェがくるりと私の方に振り返る。
・・・・・・言っちゃったかー。ルーフェ、言っちゃったかー。
それはフラグだよ。倒せてないフラグだよ・・・・・・。でもいい!ルーフェだから許しちゃう!可愛いは正義!絶対正義社会常識!
仕方ないな。もう本当にルーフェは仕方ないな~デレデレ。
私はナイフを握る手に力を込めなおし、グッと腰を落としてルーフェの方──正確には今まさに起き上がろうとしている熊っころ目掛けて突進する。
そして、熊が起き上がる瞬間、持っていたナイフを左目に深く突き刺す。手首まで突っ込んだあと、グリッとナイフを回して脳を破壊──魔物って脳みそあるよね?まあ、それでナイフを抜いたら、熊の体がズズンと音を立てて地面に倒れた。
・・・・・・もう起きてこないよね?大丈夫だよね?休憩していい?いいよね?ね?
「ぷっはぁ!もうやだ疲れたお風呂入りたい!」
あとルーフェもふもふしたい。でも今右手が熊の血できちゃない。
「モモさん!よかっ、よかったですっ!」
とか思ってたらルーフェが泣きながら抱きついてきた。
・・・・・・え?
なん・・・・・・だとっ!
ルーフェが、ルーフェが抱きついてくるなんて!これはデレモード!?デレデレモード発動しちゃった!?
運気最高潮じゃん!
「よしよし可愛い可愛いこのこのもふもふ!!」
それでも右手を使わない私、かっこいい。