大熊警報:只今発令
陽が落ちていく。
空が藍色に染まっていく。
よく日暮れを暗黒時代の到来と比喩することがあるが、それはあまりにも安直だと思う。
特にこの世界の夜空はまるで一枚の絵画のように美しく、淡く光る様々な色の星々と青みがかった銀色の後ろに深い青色が広がるその様はまさに『絶景』と言えた。この世界の空は私が知っているそれとは明らかに違っていて、まるで空中から大海を見下ろしているかのような感覚を覚える。
日暮れは人の暮らす昼から世界が眠る夜へと移る、その瞬間だ。世界が人の知らない何かに身を委ね始める時間。一言でいえば、美しかった。
・・・・・・目の前に牙を剥いた狼がいなければ。
クエスト『狼首を運べ』の真っ最中の私とルーフェ。ルーフェは弓使いだから木の上とかから攻撃するらしい。エルフみたで可愛い。
私はナイフしか使えないから必然的に狼を引き付ける役になるわけだが、ダークウルフたらいう魔物は私に噛みつく前にルーフェの放った矢でその命を落とす。
・・・・・・ルーフェ強っ。
それに比べて私弱っ。足手まといでしかなくないのではないか。
ってかルーフェ今二百メートルくらい離れた木の上にいるんだど。なんでこんないいタイミングで矢が飛んでくるの?あの娘エスパー?
なんて言ってたらダークウルフ最後の一匹が私に跳びかかってぃた。その瞬間にダークウルフの首に矢が突き刺さる。
グッドタイミングね。
何て言ってる場合じゃない私も何か役に立たないと!ルーフェに見捨てられたらお終いだよ!
ルーフェがいる木の近くまでいくと、ちょうどルーフェが木を下りたところで、とてとてと近づいてきた。可愛すぎて討伐されちゃうとこだった。危ない危ない。
「あとは親玉だけだね。・・・・・・まあ私何もやってないけど」
「いえ、私一人だともっと手こずると思うので、助かってます」
優しいなー可愛いなー。もっと頑張れ私。死ぬ気で頑張れ。
親玉のキリングウルフは今いた草原ステージ的な場所の近くにある森の中にいるらしい。当然夜には活発になるんだって。まあ野生動物だしね。仕方ないね。夜は寝ろって言われるのは人間の子供だけ。大人は獣に変わります。私が将来のために「プロレスごっこだよ」の誤魔化しを数パターン考えていると、ルーフェが「どうかしましたか?」と少し心配そうに聞いてきた。大丈夫。ちょっと病気なだけだから。恋の病ってやつです。
「で、私は何をすればいいの?何ができるの?私は生きてていいの?」
「えっ?えっと、そうですね、生きてください・・・・・・」
ルーフェは戸惑いながら説明を始める。
キリングウルフがまだ寝ていた場合は火薬とか使って爆殺、起きていて巣にいたら私が手投げ爆弾投下でルーフェがとどめ、別の場所なら一時待機で様子見。臨機応変に対応、ということだった。
もう夜になってるし、巣にいない確率が高いから最後のやつになるだろうとのことだった。作戦を立てても魔物相手だと殆ど意味ないから個人の腕次第だとか。それで死ぬ危険あり、低報酬ってこの世界大丈夫?労働基準法とかある?世界が過労という闇に染まっている・・・・・・。
爆弾とかはルーフェの小物入れに入っているらしい。衝撃与えると爆発とかしない?ルーフェ死んじゃわない?とか思ってたら「出っ張ってるところを抜かなければ爆発しませんよ」って教えてくれた。手榴弾みたいな感じだろうか。
森の中に入ると、何とも言えない・・・・・・うん、本当に微妙な雰囲気が漂ってた。
「親玉の巣ってどこにあるの?」
少し前を歩くルーフェに聞く。歩く度に右へ左へ揺れる銀髪がまるで催眠術みたい。抱きつきたくなる催眠波が出ております。モモはさいみんにかかった!こうかはばつぐんだ!モモはルーフェにだきついた!
「ひゃあ!?モモさん?ど、どうしたんですか?」
「あ、ごめん。つい」
ふう、恐ろしきルーフェ。この私をいとも簡単に操ってみせるとは・・・・・・。あれ?じゃあやっぱり相思相愛?うっはぁやったね!明日はホームランだ!ジャストミート!
で、何の話をしてたんだっけ。
ああ、そうだ親玉の巣の場所だよ。全く、そんな大事なことを忘れるなんて、ダメだぞルーフェ、めっ。
とか本当に言ったら多分嫌われるんだろうなぁ。いやいや女神ですよ?そんなこと気にしませんよね。
「キリングウルフは洞窟に棲みますから・・・・・・山の麓にそれらしい場所がある、と依頼人さんは言ってました」
ちなみに私はまだ抱きついたままです。
「ほほう?その依頼人とは知り合いなの?」
「いえ。依頼は一度ギルドを通して貼り出されるんですが、今回はたまたま私に直接依頼したいと言われて、三日前に初めて会いました」
へー、そんなシステムなんだ。報酬はギルドを通って少なくなって冒険者に渡される、って感じ?おお?私頭いいんじゃない?
しかしよかった。ルーフェに虫ケラがついてるのかと思った。いやでもルーフェ可愛いしなぁ。狙ってるやつ多そうだなー。・・・・・・よし、そいつら全員みぐるみ剥いでドラゴンの餌にしよう。ヤツの炎は熱いぜ?
「私はマガトナの・・・・・・」
と、ルーフェがそこまで言いかけてやめた。・・・・・・え、何?私なんかした?嫌われた?抱きついたらダメだった?髪の毛くんかくんかしたらいけない?いい匂いだよ?
ついでに胸揉んじゃおっかなーとか思ってたらルーフェが手で制止の合図を出した。ふっふふふ、私の熱いパトスは誰にも止められないっ!でもいきなり胸はハードルが高いので腰にした。素晴らしいくびれだ。
「ちょ、モモさん!待って・・・・・・んんっ、近くに・・・・・・魔物がっ!やっ、あっ、んはぁっ!」
「え?マモノ?」
それって私のこと?ていうかルーフェの声が・・・・・・ちょっと、えっちぃ。人気のない夜の森の中(魔物の気配はある)、相思相愛と思われる二人(勘違いとか言うなし)、抑えた喘ぎ声(めちゃ可愛い)・・・・・・ご、ごくり。
なんて言ってたら近くでグオオオとか聞こえた。あ、魔物ね。親玉ね。変態変態。
・・・・・・たたた、大変だー!
「ルーフェどうしよう!?めっちゃ近い!」
「とにかく、どこにいるのか・・・・・・あ、」
ルーフェが私の後ろを見て口を開けている。えー、どこでそのフラグ立ってたー?もしかしなくても、フラグ立てたの私?
振り返ると――うん。予想通り、でっかい狼・・・・・・え、何これ熊?え?あれ?狼は?