地上へ
ひたすら歩く。
水はシロの氷でなんとかなっているけど、食料はない。壁や床の隙間から湧いて出る虫を食べる勇気などなく、氷を口に含んで凌いでいる。
死んで生くの二週目の残機は98。そろそろ一度死んだ方がいいかもしれない。明らかに歩くペースが落ちているし、また視界が霞んできた。
寒い。力が入らない。
「キュィ・・・・・・?」
ぱたぱたと少し前を飛んでいたシロが、肩に乗って私の頰を頭で摩る。
シロを撫でながら、死ぬべきか考える。
恐らく、前に死んでから7日程は経っているはずだ。いや、そう思っているだけで、もしかしたらまだ二日くらいかも。
出口には近づいてるのか。このまま歩いていれば出られるのか。
そもそも、出口なんてものがあるのかすらわからない。
心配そうに私を見るシロに、「大丈夫」と気休めを言おうとしたが、声を出す体力もなくなってしまったらしい。
足音だけが、微かに響く。
このままここで、立つこともできなくなって、肉が腐って骨になっていく・・・・・・なんて想像をして、気持ち悪くなって端に寄って吐こうとして、でも出てきたのは嗚咽だけだった。
──骨。
骨?そういえば、今に至るまで、一度もそれらしい物を見ていない。出口がないなら、どこかに屍体くらいはあってもいいのではないか。
当然、瓦礫で塞がれてしまっていた道の向こうに部屋なりがあって、そこに・・・・・・ということも考えられる。しかし、もし仮に前にも生き埋めになった人がいたとしたら、生活の痕跡がないのはおかしい。瓦礫の向こうにそれらが埋もれてしまっていることも考えられるが、或いは昔ここを利用していた人達がいて、どこかの街と行き来をしていたのだとしたら。
どこかに出口は──地上へ戻る道はある。
それが塞がれてしまっていないことを祈りつつ、その場に半ば崩れるように座る。ポーチを水筒のようにして、中の氷が溶けた水を飲む。溶けてから時間が経っているのか、私の体温が原因か、冷たくはなかった。
これ以上は無理だ。死のう。
無意識下で致命傷だと思わなくても、時間が経てばスキルは発動する、という可能性もあるけど、あくまで可能性だ。今はそれを試す時ではない。
腰のナイフを抜こうとした時──ひんやりと冷たい風が、頰を撫でた。
地下の、長く閉ざされて湿った、生温い空気の中に、それは入ってきた。
よろけながらも立ち上がり、風の来る方へ足を進める。
一歩、また一歩。
やがて見えたのは瓦礫の山だ。斜めに、まるで階段のように、それはそこにあった。
そして、その、上。
草、だろうか。何かに覆われた、小さな穴が見えた。人一人がようやく通れそうな、小さな穴。
瓦礫の山を登る。外から射し込む光を求めて、手足を動かし、土を掻き分け──
「──はっ、あ・・・・・・っ」
私は、地上へ戻った。
急激に新鮮な空気を取り込んで咳き込む。地下の空気に慣れてしまったのか、呼吸がしづらい。ずっと暗い場所にいたから、陽の光がやけに目に痛い。
瞼を閉じる。自分が世界に溶け出してしまうような、そんな錯覚を覚える。
数秒の後、ゆっくりと目を開く。どうやらここは山の中らしい。鳥の声。風が揺らす木の葉の音。どこからか聞こえてくる川の細流。その全てが私がまだ生きていることを教えてくれているようで、逆に現実感がない。
天国とはこういう感じなのかもしれない、なんて思った。
しかし、地上に戻れたのはいいとして、問題が一つ。
ここ、どこ?
マガトナの近くに山なんてあったかな。いやまあ地理感覚とか全くないからわからないけど。結構遠くに来ちゃってる感じがする。どの方角に進めばマガトナに帰れるんだろう。それより何か食べないと真面目に死んでしまいそうなんですが。もう空腹感とかそういうレベルじゃなくなってるし。吐き気すらしないのってかなりヤバいんじゃないかなーって思ってる私ガイル。
辺りをぐるりと見回す。その時、耳の奥で何かが軋むような音が聞こえた。それは本当に微かなもので、私本人も聞き間違いか耳鳴りだろうと思う程度のものだった。
何だろうと首を傾げていると、木に何かが生っているのを見つけた。手のひらにすっぽりと収まってしまう程度の大きさで、黄色とも緑ともとれる色をしている。近づいてみると、見覚えのある形をしていた。
林檎──だろうか。少なくとも、そう見える。
今が時期なのだろうか、この辺りに群生しているらしく、周りの枝からはこの林檎のような果物が垂れ下がっている。
食べても大丈夫か心配になったけど、そもそもこれ以外に食料になりそうな物は見当たらない。水だけではもう保たないし、徒らに残機を減らす訳にもいかない。
私でも届く高さの林檎をナイフで採り、一瞬躊躇してから一口齧る。
・・・・・・うむ、圧倒的に林檎である。文句のつけようもないくらいに林檎。もぎたてフレッシュだ。
もう一つ採って、それをシロに渡す。シロは私の頭の上に乗っかって、私は木の幹に背を預けて座りながら、その林檎を食べた。一つ食べ終わるとまた新しくもぎとり、それを食べ終えたらまた・・・・・・と繰り返し、ある程度お腹が満たされる頃には既に日が傾いていた。
「うわぁ、もう日が暮れそう。どうしよう、シロ?」
「キュィ?」
どうしようときかれてもボクはごしゅじんさまについていくキュイ!と勝手に脳内変換する。ただ、アニメとかだと、こういうマスコット系小動物って無駄にダンディな声だったりするんだよねぇ。まああれはあれでアリだと思うけども。
しかし実際、シロに訊いても仕方のないことだ。マガトナに帰りたいのは私で、何か方法はないかと探しているのは私なんだから。恐らくは私を母親か何かだと思っているだろうシロに答えを求めるのは筋違いだ。
はぁ、と大きく溜め息を吐く。暗くなってきたし、現在位置がわからないから、下手に動いて遠ざかってましたーなんてこともあり得る。この辺りで野宿するのがいいだろう。魔物に襲われる心配はあるが、まあ、その時はその時で考えよう。
「・・・・・・やっぱり、綺麗だなぁ」
輝き始めた一番星をぼんやりと眺めながら、草の上に寝転がる。地下もここも、毛布の一つもないということで共通しているが、閉鎖感のある地下とはやはり全く違う。冷えることに変わりはないが、やはりこの世界は美しいのだと、そう再認識させられている感じがする。
地下の、僅かに光を放つ不思議な石材も例外ではないのだが、どうしてもというか仕方がないことというか、嫌な感情しか湧き上がってこない。どれくらいの時間地下にいたのかはわからないけど、かなり長いはずだ。どれだけ美しいものでも、延々と地下空間で見せられたら嫌になる。
私がゴロゴロとしていると、シロが側に来て頭を私の頰に擦り付けてきた。そして一度小さく鳴くと、体を丸めて眠ってしまった。撫でるとフサフサで柔らかくて、ルーフェ達に見せたらどんな反応するかなーなんて思った。
それからどれくらい経っただろう。月がまだ低い位置にあるところを見ると、ほんの一、二時間程度しか寝ていないのかもしれない。
だが、私の眠りが浅いとか、寝ている場所が悪いとか、そういう理由で起きた訳じゃない。シロが突然警戒し始めたのだ。
木々の奥を睨み、低く唸り声を上げる。
「どうしたの、何かいる?魔物?」
だとしたら本当にマズい。なんといってもお花さんに殺される最弱冒険者と有名な百さんだから、こんな森の奥で一人で魔物に遭遇とか本当に無理。
ガサリ、とシロが睨んでいる辺りで物音がする。明らかに近づいていることから、私達に気づいていることは確かだ。
ナイフを抜いて、いつでも動けるようにする。全身が強張るのがわかる。
かなり近くで気配が止まり、シロが歯を剥き出しにして威嚇する。
そして、前方の木の影からそれは現れ──
「・・・・・・そんなに警戒すんなよ、脅かす気はねぇ」
そこには、背の高い男が立っていた。