残党クエスト
マガトナに着いたのは、モモさんが落ちてから四日目の日暮れだった。街壁の防衛から数日しか経っていないのに、随分久し振りに戻ってきた気がする。門の前に広がる草原には、まだあの時の戦いで怪我をした人──或いは死んでしまった人のものであろう血が残っていた。
「ようやく着いたが・・・・・・まずいな、時間をかけ過ぎたかもしれない」
イリスの魔法でふわりと着地したカレンは、地平線に沈む太陽を睨みながらそう言った。
馬もなしで移動手段は魔法と徒歩だけ。それでもこの短い期間でマガトナへ戻れたのは相当な速さに違いない・・・・・・はずだけど、今回は確かに少し時間を消費し過ぎたかもしれない。
「ごめん、ぼくが休んだりしたせいで・・・・・・」
イリスが目を伏せて言う。
「いや、イリスがいなければまだ平原の真ん中にいただろう。謝るのは無理を強いた私の方だ。ありがとう」
イリスの肩に手を置いて微笑むカレン。確かにここまで来れたのは間違いなくイリスの力で、私達二人はむしろ足手まといだったかもしれない。一人でなら魔力の消費も抑えることができ、もっと早く着いていた可能性もある。
小門を潜ろうとした時、これからクエストに行くらしい三人組の冒険者と鉢合わせた。彼らの脇をすり抜けようとした時、その中で最も背の高い男が言った。
「疫病神が、よく帰ってこれたな」
その言葉にカレンが足を止め、後ろの私がカレンに、イリスが私にぶつかる。どうしたんですかと問おうとして、男がこちらを向いているのに気づいた。不思議に思っていると、それに気づいているのかいないのか、三人の冒険者が私達を無視して小門を潜ろうとした。
「・・・・・・誰のことを言っている?」
カレンが怒気を隠すことなく男に近づく。胸ぐらこそ掴んでいないものの、今にもその顔を喰いちぎってしまいそうな表情だ。
男はわざとらしく肩を竦めると、ふんと鼻を鳴らした。
「さあな、心当たりがないならそれでいいんじゃないか?人殺しもその家族も、お前らには関係ないだろうさ」
そう言って男は後ろの二人に声をかけると、擦れ違いざまにカレンに肩をぶつけて街壁から出て行った。
「貴様、待──・・・・・・」
「カレン、急ぎましょう。早くモモさんを助けに行かないと」
カレンが冒険者を追おうとするのを止める。なぜこんなに怒っているのかはわからないが、今は一刻も早くあの場所へ戻らないといけない。
小さくなっていく冒険者の背中を睨みながら、カレンが唇を噛んだ。
「ええっ、何で?何で馬を借りれないんですかっ!?」
ギルドに着いた私達は、カウンターの受付嬢──モモさん曰く怖くない方──に事情を話し、人手と食糧、馬を貸して貰えないか頼んだ。しかし、先日の街壁防衛で草原やその近くまで移動してきた魔物の残党の討伐などで全て出払っていて、とてもではないがこちらまで回せないと断られてしまった。
「申し訳ございません。私もこの街の住人としてスズシロさんには感謝をしていますし、どうにかしたいとは思うのですが・・・・・・」
「食糧や人手だけでもなんとかならないか?勿論タダとは言わない。足りなければ後で働いて返す」
「人は・・・・・・一応募ってみますが、あまり期待しないでいて下さい。今残っている冒険者の方はは、まだレベルも高くありませんし・・・・・・」
魔物の残党討伐がこのギルドが発行した正式なクエストなら報酬はそれなりだろうし、星三以上の魔物ばかりなら、当然受けることができるのは実力者だけのはずだ。残っているのはまだなりたての、せいぜいレベル二くらいの人達だろう。
でも今は戦力が欲しいわけじゃない。モモさんを穴の底から助け出す為の人手が欲しいだけだ。レベルが低くても、実力がなくても問題ない。
「食糧でしたら、こちらの支給品で良ければですが、必要なだけお持ちいただければ・・・・・・先の炎竜戦などもあり、本部がマガトナ支部の予算を大幅に増やしたので、それくらいの余裕は──・・・・・・」
「ちょっと待ってくれるかい?」
受付嬢の言葉を遮り、入り口から入ってきた女性がこちらに近づいてくる。左手首に腕輪をしているので辛うじて冒険者だとわかったが、その服装はどちらかといえば商人のようだった。腰に片手剣を下げているだけで鎧も籠手もない。この人も駆け出しなのかもしれない──私がそう思った時、彼女が受付嬢の前で足を止めた。
「エリュネさん・・・・・・お戻りになられていたのですね」
「ああ、ついさっきね」
エリュネと呼ばれた女性は燻んだ金髪を手で掻き上げ、目を細めて私達三人を見た。
誰だろうと思っていると、受付嬢がそれを察して女性を紹介する。
「彼女はエリュネ・リリューネさんといって、元は行商人だったんです。しかし、商品の入手経路が個人的な売買だけでは利益が低いということで、一年程前から冒険者として活動して頂いています」
受付嬢がそう言うと、エリュネは静かに訂正した。
「元行商人じゃない、今もやってるよ。って、そんなことはいいんだ」
私が最初に商人みたいだと思ったのは間違っていなかったらしい。冒険者と行商人の両立は難しいんじゃないかと思ったが、そういえばタタンさんも鍛冶屋と冒険者をやっているのだから、意外とそういう人は多いのかもしれない。
腰に手を当てると、受付嬢の言葉を遮った本題をエリュネが言う。
「予算が増えたからといって、一介の冒険者にその待遇はおかしいんじゃないかい?大体好きなだけ、なんて気安く言っているけど、それを運ぶのはあたしら行商人だってことを忘れないで貰いたいね」
「おい、運び屋だっているぞ!」
「荷物運ぶだけしか能のない奴が、でけぇ口叩くんじゃねぇ」
「ああ?守銭奴よりはマシだろうが」
エリュネの言葉にギルドに来ていた行商人や運び屋が反応し、あちこちで怒声が飛び交う。商人らしからぬ体つきの男達が互いに睨み合い、大乱闘の一歩手前といった雰囲気がギルド内に立ち込める。
エリュネは一つ溜め息を吐くと、行商人や運び屋の輪に一喝した。
「今問題なのはそこじゃないんだよ、黙って酒でも煽ってな!」
するとその場にいた行商人や運び屋が、ある者は従順に、ある者は渋々と頭を下げて元の席へと戻って行った。
エリュネは精々二十代後半といったところだろう、商人としてはかなり若いはずだが、この女性はもしかしたらかなりのやり手なのかもしれない。それとも特別な何かがあるのか。でなければ、商人達が大人しく引き下がる理由がない。
静かになったのを確認すると、受付嬢に振り返って話の続きを始める。
「とにかく、その娘らだけを優遇するってのは筋が通らない。あんたらギルドが発行した残党討伐クエストに行ってる連中だってカツカツだ。そっちに食糧を渡すのが先じゃないのかい」
「それは・・・・・・」
受付嬢が口ごもる。エリュネの言っていることは正論だ。魔物の脅威は今更言うまでもないし、それを放置しておけばどんな被害が出るかわからない。魔物ではない只の獣にさえ、人間は逃げるくらいしかできないのだ。
確かに、一つのパーティーの中のたった一人を救うより、より確実に街を守ることのできる方法を取るべきだろう。
対して、私達は残党討伐が目的じゃない。
「──・・・・・・あ」
残党討伐。当然、あの時の魔物がどこに潜んでいるか、それを探すのも依頼に含まれるはず。なら──
「あの、魔物の残党討伐、私達も受けれますか?」
「ルーフェさん?」
イリスが驚いて私を見る。今はそんな事をしている場合じゃないと言いたいのだろう。でも、人手を探すのなら報酬が必要だ。今あるお金はなるべくそれに残したい。
お金を使わずに食糧を得る方法。
ギルド発行の高難度、或いは難易度未知数のクエストに行けば、支給品を貰うことができる。
そして探索するなら、マガトナから見て森の向こうにある教会跡地を調査しても問題ないはずだ。
実際にお姉ちゃんは私をそこに連れて行ったわけだし、あの付近からマガトナへ向かったと考えられないこともない。
事実、どこから魔物を引き連れて来たのか、私達も知らないのだ。
「魔物の残党と出現場所の探索──森の外れの、教会跡地へ向かいます」