絶対激萌少女
何となくわかってはいた。
だけど、それを知るのが怖かった。
価値がなくなるのが、嫌だった。
生まれてから十六年。それに馴れ親しんだ一人の人間として、それが全くの無意味になるなど。
――この世界じゃ、日本円は使えない。
・・・・・・まあ、そうだよね。だって日本じゃないし。普通に使えたらむしろヒく。嬉しいけど世界観ぶち壊しになっちゃう。
当然私はこの世界の通貨なんて持ってるわけもなく。知り合いといえば愛しのルーフェだけ。
致し方なし。天使のルーフェにたかる輩は全員吊るし首だが、私はいいのです。いや胸はすっごく苦しいけど。でもこれも私とルーフェの未来のため!鬼になれ、私!心を鬼にして――ルーフェに出してもらうんだ!
冒険者になるにはお金が必要だという。冒険者登録自体は無料らしいのだが、ギルド併設の病院を安く利用するための登録費、保険料を始め、そもそも武器と防具がなければ登録ができない。この世界の通貨の単位はわからないが、どれだけ安いものを買っても自身の身を守る物だ。一文無しの小娘などが果たして手を出すことができるだろうか。
ということで泣きながらルーフェに抱きついた私は、
「出してくれるまでここは通さん!ルーフェお願い離れたくない~!」
ものの見事に注目を浴びていた。いくら私が可愛いからといって惚れたらダメだぜベイベー☆
私の心はルーフェのもの。ルーフェの心は私のもの。私はルーフェが好きで、ルーフェも私が好きなのだ。金色の骸骨伯爵もきっと高笑いで応援してくれている!
周囲の人間がドン引きする中、クエストカウンターと思われる最奥からカツカツというヒールの音が聞こえてきて、私の前でピタリと止まった。
「他の冒険者様のご迷惑です。お引き取りを」
その受付嬢らしき女性は冷ややかな視線を私に浴びせると、強引に肩を掴んで集会場の扉まで行き、まるで生ゴミを捨てるかのように私を放った。
「二度とここへは立ち入らぬことをお勧めします」
バタン!と集会場の扉が閉められ、私は外に締め出された。あ、今の上手くない?下手だよね、そりゃそうだよねー・・・・・・。
・・・・・・ど、どうしよう。ルーフェときゃっきゃうふふな生活を夢見ていただけなのに。それの何がいけないの!?まさかいきなりこんなことになるなんて。
っていうか何あのギルド娘。すっごい怖かったんだけど。殺されるかと思った・・・・・・。あの歳で娘ってどうかって話だよね。・・・・・・な、なんか寒気が。
集会場の脇、小道の段差に腰を下ろし、膝に顔を埋める。
気分が落ちているからか、先程までは聞こえていなかった、耳には届いていても意識していなかった様々な音が聞こえてきた。その生活音はあの世界のものと似ていて、でもどこかが決定的に違っていた。
金属の音だ、と思った。他の街もここ──マガトナだったか、と同じかどうかはわからないが、耳を澄ませば少し離れた場所から金属音が聞こえてくるのだ。つい今しがたまでいた集会場の中では、それが覆いを取ったかのようにはっきりと耳に届いていた。冒険者というくらいだ、魔物だとかと戦うのだろう。その為の武具がそれらの音の発生源の一つなのだ。
ただ、今の私にはそれら全てが聞こえていない。
まさか、こんなに早く途方に暮れることになるとは。確かにいきなり死んで、かと思ったら異世界へ転生して、などという状況になったら普通は野垂れ死ぬことになるだろう。実際もう既に何度もドラゴンに殺されている。そこで奇跡的に女神のような天使のような妖精のような美少女と知り合えたというのに、この状況は何だ。もっとテンプレ感を出してほしい。おまけに集会場にはもう入れそうもないし。わ、私は、取り返しのつかないことをしてしまった・・・・・・!
ああもう死のう。そうだそれがいい。
その時、ヤケを起こしている私の視界に人影が入ってきた。まったく、どこのどいつだ。不機嫌さを隠そうともせずに顔を上げた私は、
「あの、モモさ」
「ルーフェェェェエエエ!!」
ガバッと抱きつく。ああ可愛いようすべすべだよういい匂いだようくんかくんかすーはーすーはーもみゅもみゅむにむにぺたぺたもふもふ。もう五年くらい会っていなかったような気がする。実際は五分くらいだけど。
「も、モモさん苦しいです・・・・・・」
「っはぁ!それは私のこんな姿を見てるのが心苦しいってこと!?なんって健気っ、愛してるよめがみん!」
ルーフェは「めがみん?」と首を傾げている。でもそんな細かいことを気にしない私は女神と契りを結ぶだけの資質を兼ね備えてると思う。
「あの、そろそろ・・・・・・」
「まだメガミノイドを補給しきれていませんー」
「めが、の・・・・・・?」
そこで私は気づいてしまった。そう言って動くルーフェの口がものすごく可愛いことに。これはアニメなどではなかなか気づきづらい萌えポイントだ。二次元から飛び出したかのような美少女だからこそできることなのだろう。
ちなみにメガミノイドは女神のような優しさをもつルーフェの中で生成される未知の原子。違いまーす私パクッてませーん。他にもテンシウムやヨウセイニウム、面デレデレビームがある。最後のやつ攻撃しちゃってるじゃん。まあ心は撃ち抜かれたけどね(ドヤァ)!
メガミノイドを補給し終わったので少しルーフェから離れる。くっついてたら話しにくいしね。他人を気遣えるとか私超優しい。千ポイント贈呈。まあルーフェじゃなかったらドロップキック食らわせて谷底に突き落とすんだけど。
「それで、どしたの?」
私が聞くと、ルーフェが目を見て私に質問してきた。やだそんなに見つめられると百恥ずかしい・・・・・・。でもルーフェならいいよ!見て!私の全てを見ていっちゃって!!
「モモさんは、どうして冒険者なんかになりたいんですか?」
「ぅへぇぃ?」
おおっと変な声出た。ほらなんかルーフェも「えっ何この人変態?キモい」って目で見てるよ。いや違うんです。あそこは「そんなに私と離れたくないんですか?仕方ない人ですね」って感じで可愛らしさと男らしさを混ぜ合わせてさらに私を虜にするってところだと思ってたからさ?ちょっとびっくりしただけ。うん。
「冒険者って、殆どが家もないような人達なんです」
「ああうん、まあ大体そうだよね」
モ◯ハンの主人公も必ず何らかのハプニングに遭ってそれを撃退するなり気絶してお茶目な一面を見せたりして家をもらってるし。ってか2の時って主人公ただの厄介者だよね?一人で雪山歩いててティガに襲われ崖下に転落だよ。崖の下のザコって感じ。それをよく住まわせることにしたなぁ。田舎の人は優しいね。
「危ないだけで報酬もよくないし・・・・・・」
それすっごいわかる。ねえ何で命がけでモンスター狩って一万とか二万なの?手当とかどうなってるの?絶対割に合わない。それに比べて装備の値段の高いこと!くっ、経済的理由とか何とかで値上がりしたのか・・・・・・!そのうち増税反対とかのデモが起こりそうだ。
「他の仕事を探した方がいいと思いますけど・・・・・・」
ルーフェ、優しさ千ポインッ!可愛さ千ポインッ!私への愛・・・・・・か、数え切れないっ!こんな、こんな数値、ありえないっ・・・・・・!各千ポイント溜まるごとに私のルーフェへの愛が獲得ポイント×百倍になるという特典付きです。私の愛が深すぎて世界が嫉妬するレベル。そうです、私がアフロディテです。美の女神です。私が女神であの娘も女神で。入籍待ったなし!あれ?神様って籍入れてるの?
「それなら私も冒険者しか選択肢ないんだけどね」
ルーフェの銀髪を指で弄びながらぐでーっと答える。家どころか一文無しですよ。装備品もぬののふくとかわのブーツだけだよ。靴だけ防御力高くても意味ないと思う。ホッケーパッドとかつけたらバット◯ン的な何かになれるかな。私とあんたのどこが違うって言うんだ!
でもまあ、異世界ファンタジーで冒険者があるならならない手はないと思う。誰もが一度は憧れる職業だ。多分。モンスターをハントできるし。ついでにゴーストもバスターできる。アンデッド系絶対いるよね。でもなんかハンターズの方になりそう。私がラッセルの立ち位置で。気絶から覚醒したらもうほぼ終わってるよ・・・・・・。あ、でもそれだとルーフェとの濃厚なキスシーンがぐぅえっへへへ。
そんな純粋な夢を見ながらルーフェの目をまっすぐと見ると、すっと手を取って勇者っぽく言った。
「さあ、共に世界の平和とかそんな感じのを目指そう。んで二人で幸せに暮らそう!」
「え、えええ・・・・・・?」
困った表情のルーフェ超かーいい。精神攻撃はずるいよ、お嬢さん。
まあ何度も言うけど私は一文無しなわけで。会ってすぐでいきなり「金出して」とかヒかれるよね。一周回ってむしろ惹かれるんじゃない?でも少しだけ後ろ髪を引かれる思い。足を引っ張らないか心配。
でも大丈夫。私は左手でルーフェの手を握り、右手で顎をくいっと上げると――
「でもいつか、そのお金以上の幸せを、君に届けるよ」
・・・・・・。
・・・・・・ヤバいわー。
私のイケメンさ、マジヤバいわー。
「ふぇ・・・・・・?」
ほら見てこの反応。可愛いでしょうそうでしょう。顔を真っ赤にして「え、あの、そのっ・・・・・・」ってあたふたしてる姿、激萌えです。萌えろ!私の小宇宙!
でももっと誠意も見せないとね。ルーフェといるためなら何でもできる気がする。でもえっちぃのはルーフェと以外は嫌いです。
だから私は、すっと石が敷いてある道路の上に腰を下ろす。もちろん正座。そのまま両腕を前に出して深々と頭を下げる。そう、日本の最大の武器、DOGEZAである!どんな窮地に襲われようと、日本人がこれをするだけで全てが解決するという。
「必ず返すので、諸々の費用を肩代わりしてください」
謝男もびっくりの綺麗な土下座で情けないことを言った私。
これで出してもらえなかったら泣きオトすしかない。
お願いルーフェ助けて私にはあなたしかいないの!おいてかないで!愛しているの!
「・・・・・・今回だけ、ですよ?」
少し顔を赤らめ、視線を逸らして猫耳をつけたくなる台詞を言ったルーフェ。もう結婚するしかない。