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その日に至るまでV

 「え・・・・・・お姉ちゃん、冒険者やめちゃうの?」

 運ばれてきた食事を食べながら、ルーフェルは自身の姉の顔を覗き込んだ。

 「その様子だと、あなたはやめる気はないみたいね」

 メリアードは王の推薦を受け、この王宮の魔法使いになることにした。しかしルーフェルは受ける気はないらしい。

 「続けるにしても、受け取っておけばよかったじゃない」

 メリアードがそう言うと、ルーフェルはむっとして返した。

 「まだ怒ってるの?」

 「別に怒ってはいないわ」

 もちろん、それは嘘だった。昨夜は色々なことがどうでもよくなり、それで冒険者をやめることにしたのだが、寝て起きれば自分の怒りが収まっていないことに気づいた。収まるどころか、嫉妬と憎悪が混ざり合っている。

 「私は・・・・・・もっと一緒に色々見て回りたかったな」

 「・・・・・・そう」

 ならあの時礼金を断らずに受け取っておけばよかったじゃない、という言葉が喉まで出かかったが、メリアードはそれを紅茶と共に飲み込む。

 食事が終わるまで、二人は会話をしなかった。




 メリアードが王宮魔法使いになった。

 カレンとユージがこの話を聞いたのは、その日の昼過ぎだった。集会場にいるところにルーフェルがやってきて、二人にことの経緯を話したのだ。

 「そうか・・・・・・む?ユージ、どうした?」

 カレンがユージを見ると、椅子に座ったまま机に突っ伏していた。

 「どーしたもこーしたもねーって・・・・・・ねーって」

 「何故二回言った・・・・・・」

 しかしユージはそれどころではないらしい。半分涙目になっている。

 「何も泣くことはないだろう」

 「泣いてねー」

 その声も少し震えているが、カレンはそれ以上深く言わないことにした。というより、正直面倒くさいから関わらないようにした、というのが正しいだろう。

 「メリアードが王宮専属の魔法使い、か」

 王都に新型の伝染病が流行り、それが畑の土壌にまで影響を出し始め、そこに来たメリアード、ルーフェルの二人が病気を治し、新たに作物を実らせた。そしてその礼をルーフェルが断り、メリアードは冒険者をやめて王宮の魔法使いとなった。というのはルーフェルから聞いたが、メリアードが何を考えているかがわからない。

 (何も起こらなければいいが・・・・・・)

 何故か嫌な予感がする。しかしカレンの勘が当たった試しはない。

 考えても仕方がないと思ったのか、カレンはふうと息を吐いて椅子に深く腰をかける。メリアードが冒険者をやめたのは自分の意志、なら他人が口を挟むべきではない。

 「それにしても、聖位者アークの力は知っているつもりだったが・・・・・・底が見えんな」

 聖位者は最も神に近い者と呼ばれているが、それも頷ける。

 「さて、細かいことは後にしよう」

 カレンは立ち上がると、ユージの頭をペシリと叩いてクエストボードに向かった。




 王宮魔法使いの仕事は意外と少ない。クラギメドレディア王国の王宮魔法使いはメリアードを入れて七人。何か問題が起きない限りは全員が王宮内で自由に過ごすのが普通だ。魔法使いには知識を増やすことを至福とする者が大勢いる。この王宮にいる魔法使いも例外ではなく、自然と書庫にいることが多くなる。

 「ここがその書庫ね。思っていたより広いわ」

 メリアードがこの書庫に来たのも魔法を記した魔法書を探すためだが、他の者とは少し違う。単純に知識を入れるために来たのではない。王宮魔法使いですら入ってはならない、見てはならないという書があると聞き、それを手に入れようとここに来たのだ。

 (それなりの警備があると思うけれど・・・・・・)

 メリアードが聞いたのは噂話程度のものだが、それによればその書は魔法書ではなく魔術書、それも禁術の書かれたものらしい。

 (私もまだ子供ね・・・・・ふふ)

 自制がきく方だと思っていたのだが、思いつきで禁術に手を出すことになるとは。手を出すだけならまだいいが、それを憂さ晴らしに使おうというのは『大人』の行動ではない。

 高い本棚に囲まれた高級そうな机に、数人が座って本を開いているのが見えた。王の間で見たことがある。おそらく、メリアード以外の王宮魔法使い達だろう。

 「おいおい、ちょっと待てよ」

 メリアードがそれを無視して奥へ向かおうとすると、六人のうちの一人の男が行く手を塞いだ。はぁと溜め息を吐くと、男は傍目にもわかる程の苛立ちを見せた。

 「新人のくせに随分でけぇ態度だな、ああ?」

 こんなわかりやすい三下ですら務まるとは、王宮魔法使いとは楽な仕事らしい。

 「挨拶もできねぇのかよ?どんな教育受けてきたんだテメェ?」

 新人いびりとは、それこそどういう教育を受けてきたのか。さぞかし立派な親の元で育ったのだろう。

 「あら、ごめんなさい。あなたのような低レベルな人が王宮魔法使いだなんて、何かの冗談だと思っていたものだから」

 冒険者の登録証こそしていないが、この六人のレベルはおそらく七か八程度だろう。メリアードにとっては視界に入れる程の価値はない。それ以前に、王宮魔法使いという肩書もあれば楽というだけで、なければそれはそれで問題はないのだ。

 「っ、テメェ・・・・・・調子乗んなよ」

 「メリアードさんは聖位者アークですからね。調子に乗っているのはどちらでしょう」

 「ああ!?」

 男の隣にいた、メリアードよりも少し下くらいの年頃の少女がぼそりと口を挟む。長くなりそうだと思ったのか、メリアードは通り過ぎて奥へと向かう。

 「その先は我々でも入れませんよ」

 少女が本に目を落としたままメリアードに言う。ということは、この先にあるのが禁術を書いた書を保管している場所なのだろう。

 「・・・・・・?」

 足を止めないメリアードに視線が集まる。それを気にも留めずに奥に行くと、一つの巨大な扉が現れた。

 (もっと厳重に管理されていると思っていたけど・・・・・・鍵をかけているだけね。杜撰ずさんだわ)

 「入ってはならない」という共通認識ができていて、それが個々人の抑止力となっているだけだろう。その気になれば素人ですら入れそうだ。

 (鍵はどこにあるのかしら。誰かが持っている、なんてことはないわよね?)

 立ち入りを禁じている部屋の鍵を持っているのが最高権力者、この場合は王だが、それが持っているのであればわかる。しかしそうでないものに預けているのであれば、この国の王は愚かとしか言いようがない。

 「何もなかったでしょう?扉以外は」

 戻ってきたメリアードに少女が声をかける。その目は相変わらず文字列を追っている。

 「ええ、そうね。扉以外は」

 メリアードにとっては、その扉があったことが重要なのだ。

 「あの中に禁術書があるのでしょう?鍵をかけているだけのようだったけど」

 不自然がないように、誰でも思いそうな質問で探りを入れる。

 「ああ、禁術なんかに手を出そうとする者はいませんからね。体裁上のものです」

 誰も禁術を外に出そうとしない。だから鍵をかけるだけでも問題はない。ということだろう。

 「禁術、という話だけど、誰が記した物なのかしら?」

 「質問が多いなぁ聖位者アーク様よぉ。知りたきゃ覗いてみろよ」

 「そうできたらいいのだけど。鍵がかかっているから無理ね」

 魔法で扉を破壊することもできるが、それではすぐに犯人がばれてしまう。鍵を手に入れればしばらくは気づかれずにすむだろう。

 「鍵なら見回りに来る者が持っているはずですが。・・・・・・入るつもりですか?」

 「まさか。せっかくの割のいい仕事だもの。少し興味があっただけよ」

 メリアードはそれじゃ、と小さく手を振って書庫を後にする。見回りに鍵を持たせるなど、やはりこの国の王は愚か者と呼ぶに相応しい。

 今夜、その見回りから鍵を拝借させてもらおう、とメリアードは赤い瞳を妖しく輝かせた。




 カツコツと王宮の廊下に靴を鳴らす音が響く。

 あと五メートル。

 見回りの者が口に手をあて、ふわぁと間の抜けた欠伸をする。

 あと四メートル。

 メリアードが杖に魔力を注ぎ、いつでも魔法を発動できるようにする。

 見回りとの距離が三メートル程になった時、メリアードが柱の影から姿を現した。

 「ぅひ、な、なんだ!?」

 「ふふ、ごめんなさいね。おやすみなさい」

 メリアードが相手の目を見て、催眠の魔法を使う。見回りの男はその場で深い眠りにつき、廊下に倒れこむ。

 「これが鍵ね。不用心が過ぎるわよ?」

 禁術保管庫と書庫の扉、二つの鍵を取ったメリアードは、そのまま書庫に入ると奥の禁術保管庫へ向かう。

 「・・・・・・まさかとは思っていましたが」

 不意に後ろから声をかけられる。どうやらこの王宮にも賢しい者がいたらしい。

 メリアードの後ろに現れたのは、昼間ここにいた少女の魔法使いだ。ずっと張っていたのだろうか。

 少女が杖をメリアードに向ける。メリアードもその少女に杖を向けているが、すでに魔法を発動している。

 「禁術には触れてはなり・・・・・・ま、せん」

 「悪いけど。あなた達と違って暇なのよ、私」

 話を聞かずに催眠をかける。ここで時間を取っていては、いつ見回りの男が目を覚ますかわからない。

 チャリチャリと鍵を鳴らしながら扉の前まで行く。月明りのみに照らされているそれは、まるで魔界へと誘う冥府の門のように見えた。

 鍵穴に鍵を差し込み、ガチャリと回して開錠する。ギィィと不気味な音を立てて扉が開く。長い間閉じられたままだったのだろう。

 広く、埃っぽい部屋の中心の台に一冊の本が乗せられている。それ以外は何もなかった。

 「この本だけ・・・・・・かしら?少し期待していたのだけど」

 若干気を落としながら、中央の本を手に取る。

 「竜神教・・・・・・?」

 開くと、一ページ目に竜神教の文字があった。竜神教といえば、数十年前まで世界中に信徒がいた巨大宗教組織だったはずだ。それが何故今出てくるのだろう。

 『司教エイブラハム・ペイジの記す竜の魔術』

 さらに紙を捲ると、中央にかすれた文字でそう書いてあった。

 「魔術・・・・・・竜の?」

 ページを繰る。

 『数千年の昔、人語を解する竜たちがいた。竜は単体で街をいくつも破壊できる程の力を持っている。そのため、一部の人間は竜を神として崇めた。竜は多くの不可思議な力を操り、人々はそれを魔術と呼んだ。魔法が杖を必要とするのに対し、魔術は生身の人間にも使えるらしい。しかし周囲の魔力ではなく、自身の中にあるそれだけを使わねばならない魔術は、体に負担の大きいものだ。』

 竜神教には魔法使いはいないと言われてきた。その代わりに魔術師がおり、竜神教にとって周囲の魔力を自分勝手に使う魔法こそが邪法だったのだ。しかしこの本にもある通り、魔術は相当高い魔力を有する者でなければ体への負担が大きい。

 『私も長く竜を神として祀ってきたが、今の竜には知能と呼べるものがない。しかしその昔、人語を解する竜がいた時代の司教達が竜から教わった秘術、禁術はまだ残っている。それを今から記そう。竜神教は間もなく衰退するだろう。これを読む者よ、竜は悪だ。この禁術をもってあまねく竜を、神と呼ばれるものどもを地に伏せよ。その覚悟のある者のみ、この書を読むことを許そう。』

 ページの一番下に日付が書いてある。やはりかすれていて読みにくいが、メリアードは目を細めて何とかそれを読む。

 『世界暦第三紀 一〇一九年一月九日』

 二百年以上前のものだ。確かに、今はもう竜神教というのは存在しないといってもいい。まだどこかでひっそりと竜神信仰が続いているかもしれないが、国などに影響を及ぼす程ではない。二百年以上昔の司教、このエイブラハムという者がそれを予見していたのであれば、竜が『災厄』と呼ばれている今の時代も予想通りなのだろうか。

 「まあ、私には関係ないわね」

 覚悟がどうという話は、竜殺しの英雄にでもするべきだ。メリアードが禁術を手に入れる理由は単純明快、全てのしがらみから逃れるため。そしてただの八つ当たりだ。

 「ふふ、禁術これがあれば、お金のことなんて考えなくてよさそうね」

 そういった次元を超えた、絶対的な力が手に入るのだ。竜の魔術とは予想を遥かに超えてきてくれた。

 「これで・・・・・・これで、私は自由。全てを思うがままにできるわ」

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