常死の少女
『ふむほむ。なんか吹っ切れたみたいだな!』
まあ、今切れたのは下半身と上半身だけど。
『あっははは!上手い!面白い!』
な、なんかご機嫌デスね・・・・・・。
『いやぁ、聞いてくれる?さっきモンハンでさー、』
私は今リアルにモンスターに狩られたよ!いいから戻してよっ!
『ヘイホー。ぷっ、モンハンの話してたのにヘイホー!ぷはっははは!』
もういい?ねえ、もう殺していい?
『貴女の残命数は79です!ガ~ンバ☆』
・・・・・・よし、平常心。平常心だ鈴代百。
「ほんともう死ねぇぇぇえぇっ!!」
何あれもう絶対喧嘩売ってるでしょ!?喜んで買うよ!
それよりも・・・・・・あれ、ルーフェは?
「も・・・・・・モモ、さん?」
四つん這いになってる私の下にいましたー。
う、う、うひゃ▽○◆☆※%@!?
わわわわわ、私の右手がルーフェの胸の鎧の中にぃぃぃいいぃ!!左手でルーフェの右手を抑えてるぅぅぅうっ!!吹き飛ばされてルーフェが受け止めてくれたの?それで思ったよりも勢いが強くてこけてこの体勢になっちゃったの!?このまま服を脱がせてもよかですか!?!?あああルーフェの匂いが!驚いた顔で真っ赤になってるルーフェかわぃぃぃいいぃぃぃぃぃいい!!
「モモさ、な・・・・・・なんで」
「え?あ、いや!この涎は違うんです!なんていうかそう、条件反射だから!」
さすがにいきなりこんなにハードなのはいけないと思うんです。いや、本当だし!あ、小さいのにやーらかいなーもみもみ。
「っはぁ!こんなことしてる場合じゃなかった!!」
ドラゴン倒さないと!長虫め、今退治してやる!メガミノイドで完全回復した私に敵などいない!!
バッと腰に右手を伸ばして、ナイフを――あれ、ナイフは何処へ?
「・・・・・・あーっ!宿に置いたままだったーっ!!」
どうしよ、どうしよう!?ええ、武器なし?あの竜相手に素手喧嘩しろと仰りますの!?無理でしょ、無理だよね!?
「と、とりあえずカレン!カレーン!!助けてー!!」
私が叫ぶと、カレンが猛ダッシュで近づいてきて、私とルーフェを脇に抱えて竜の攻撃を躱す。かっこいい!もうやだ惚れちゃいそう!!待って待って私にはルーフェという心に決めた相手がぁああいい匂ぉいっはぁ!?
「何故来た?何をしに来た?」
カレンが私達を抱えながら、岩陰に隠れる。あのー、そろそろ下してもらえないかなー。あ、もしかして「もう、離さない」ってこと?いやー、モテる女は辛いなー。
「なんでって、そりゃ・・・・・・あれをぶっ倒すためだけど」
ようやく下してくれたので、私は岩陰から様子を伺いながらそう言う。あえて本心を言わない自分、超かっこいい。そりゃルーフェもカレンも惚れちゃうよね。
「・・・・・・ふ。武器はどうする?ナイフしか使えないのだろう?」
「あーうん、そうなんだよねぇ・・・・・・どうしよ」
ほんとにどうするの。ってか装備できないって何。ねぇ?
ふと足元を見ると、誰かの剣が落ちていた。持ち主はさっきマガトナに戻った中にいただろうか。それとも、もう死んでいるだろうか。
「・・・・・・」
黙ったまま、その剣を取る。すると、左手の腕輪から青い光が出てきて、『ステータスが足りないため装備できません』と表示される。
すごく重い。でも、弾かれたりとかはしない。
そっか、これ、ただの警告なんだ。
適正パラメータに達していないと、使った時に体がもたないかもしれないから。人間の脳は勝手に力をセーブしてるっていうけど、そんなようなものなのかな。
でも、これなら使えるかな?
ふう、と息を吐いて、剣を握る手に力を入れる。これまでさんざん役立たずはやりきった。もう、そろそろ何かしないと。私は死んでも生き返るんだし。
「ここは、私がなんとかするよ」
「無茶です、一人じゃ殺されちゃいます!」
やっほぉう、ルーフェの涙目いただきましたーっ!
私は右手をルーフェの頭に乗せて、ぐりぐりと撫でまわす。うっわ、何この柔らかさ。私も髪には自信あったのに・・・・・・。
「いざって時には助けてよ」
カレンが小さく頷くのが見えた。ルーフェは矢が切れてるから、ここで待機してた方がよさそう。
・・・・・・よし、行こう。
さっさとあの竜を倒して、お風呂イベント直行だ!
「こっちだばぁぁああっか!!このパクリドラゴン!!」
ギャリギャリと剣を引きずらせながら竜に近づく。っていうか、この剣使ってたのってレベルいくつ?あ、私さっき死んだじゃん。今レベル一じゃん。・・・・・・あ、レベル一じゃん!!
やっばい!かっこつけて飛び出したけど勝てる気がしない!
幼生竜だっけ?が思いっきり長い尻尾を振り回してきた。こんな重たい剣持ってちゃ避けれるわけもなく、いつかのように体中の骨がバキバキと砕かれる。
『ねえねえ、今どんな気持ち?』
早く戻して。
『ねえねえ、かっこつけて飛び出したのにあっさり、』
いいから早く戻して。
『・・・・・・へぇ?うん、あと78』
大きな岩まで吹き飛ばされたらしく、ガラガラと音を立てながら立ち上がる。
そういえば、死ぬ時って全然痛くないんだな・・・・・・。
首がもげたり真っ二つになったり全身の骨が折れたりしてるのに、一度も痛みで悲鳴を上げたことがない。
痛みを感じない体になる・・・・・・っていう特典付き?
なら、腕がちぎれても動けるかもしれない。
剣を拾い上げる。その横にキラッと光るものがあるのを見つけて、それもついでに拾って、ベルトに挟む。
「ふう・・・・・・っ!」
グッと足に力を入れて、幼生竜との距離を縮める。私は幼生竜が突進してくるのを避けずに、
「こん、のっ!」
横薙ぎに剣を振った。
それに耐えれなかった腕がブチブチと音を立てる。痛みを感じないって言ったの誰!?すっごい痛いじゃん!
剣の切っ先が幼生竜の右目を潰す。次の瞬間、私は幼生竜の突撃をもろに食らって死んだ。
『痛覚はちゃんと残ってるよ』
うん、それはもう証明済み。
『あんたが潜在意識下で「致命傷」だと思った時だけ、痛みがなくなって死ぬって感じ』
なるほど・・・・・・。
『んじゃ頑張って。あと77』
痛みがあるんじゃ、片腕を捨てて特攻は難しいかな。
幼生竜が右目を失って悲鳴を上げているところに、カレンが飛び出して剣を振り上げる。
「やるな、モモ」
その腕を勢いよく振り下ろし、幼生竜の首を切り落とす。
「・・・・・・ふう」
やった、終わった――そう思って安心した私は、その場に腰を下ろす。でも、すぐに気づいた。
――それが、フラグだと。
「っ、モモ!上だ!」
私は上田じゃなくて鈴代です――そう思った瞬間、私の上に影が落とされる。
上を見る暇もなく、その必要もなかった。
私は、成体竜に思いっきり食べられた。
『油断禁物だね~』
・・・・・・ここで時間を稼げば、
『それは無理。この会話めちゃ速いから。もう超高速だから。今のところは』
やっぱりそういう感じですよねー。うん?今のところ?
『あと76』
・・・・・・どうしよう。
「モモ、大丈夫か?」
いやぁ、死んじゃってるし、大丈夫かはちょっとわっかんないなー。
「まずいね。・・・・・・あんなの、どうやって倒そう?」
私とカレンが見つめる先には、さっきの幼生竜よりも二回り以上大きな体を持つ、漆黒のドラゴンがいた。
黒グラかっ!
ええ?大人になったら黒くなるの?
「あれが大人の炎竜の雌、シュヴァルツフレイムだ」
・・・・・・統一感とか、ないんだ・・・・・・。いや、かっこいいけど、さぁ。
でもなんだろう、そんな名前のせいで、さらに勝てない気がしてきた。
「・・・・・・カレン」
「なんだ?」
「あれ、星八とかいったっけ?」
「いや、あの強さは星九だろうな」
おおう、それはご丁寧に・・・・・・え、勝てるの?
星四で、レベル四が二人以上。カレンはレベル六だけど私は一で、しかもシュヴァルツフレイムとかいう黒レイヤ的なあれは星九。
多分、カレンは死ぬ。
「カレン。ルーフェを連れて離れてて」
「それはっ、」
「私はまだ生き返れるからいいけど、二人は違うでしょ」
あ、そういえば、冒険者Aのおじさんはどこだろう。
そう思ってたら、おじさんが馬でルーフェが隠れてる大岩まで行くのが見えた。ちょいちょいと手をだして、「こっちに来い」の合図を出してる。
「・・・・・・まだ、と言っていたが、」
「あと76回」
「・・・・・・そうか」
今の間はなんだろう。そんなにあるのか、っていう意味か、それだけしかないのか、って意味か。
それとも、死ぬこと前提の私を、心配してくれたのかな。
「ああそうだ、カレン」
「?」
「帰ったらさ、三人でお風呂入ろうよ。で、その胸揉ませて?」
これ死亡フラグかなーと思ったけど、よく考えなくても死ななきゃ勝てそうもないし、あんまり意味なかった。
「・・・・・・無理は、するな」
それも多分、すでに無理だった。だって、死ぬつもりだし。
カレンは踵を返して、ルーフェとおじさんのいる岩陰に向かう。
「・・・・・・さ~て、お待たせたね、おっぱじめようか?」
なんて、人外に言葉が通じるかわからないけど。言葉が通じたらもっと楽だったんだろうなぁ。
黒い竜が口を大きく開き、その喉から真っ赤に染まる。
――大丈夫。
この一回は、捨て命。まずはタイミングを掴まないと。
ボッ、ボッ、という音が、竜の口から聞こえてくる。そして、視界が真紅になったあと、一瞬で黒くなる。
『うーん、やる気なくした、ってわけじゃなさそうだけど』
早く。
『あはは、75』
「いっく、ぞぉぉぉおおぉ!」
重い剣を強く握って大地を蹴る。同時に、ドラゴンも口を開いたまま近づいてくる。
噛み殺す気・・・・・・?
ならちょうどいい。その臭そうな口に、この剣を叩き込む!
時計回りに剣を振る。両腕が悲鳴を上げてる。
遠心力を利用して、近づく巨大な口を切り裂こうとした瞬間、ドラゴンの体がすっと横にずれる。
行き場を失った剣は、限界を超えた私の両腕を引きちぎりながら飛んで行った。
それに気を取られていると、横から噛みつかれ、死んだ。
『惜しかったねー、残念』
・・・・・・。
『はいはい、わかってるって。あと74』
「っ!」
生き返るのと同時に、剣を取りに走る。そこにドラゴンの尻尾が振られ、私の体は剣のもとに辿り着くのと同時に、生命活動を止めた。
『死んでばっかだねぇ。あと73』
ガチャリ、と剣を握る。
くっそ・・・・・・強すぎでしょコイツ。
いつだ?どこに勝機がある?どうすれば勝てる?あと何回死ねば終わらせれる?私が終わる前に、ちゃんと終わるの?
あああもう!頭じゃなくて体を動かせ鈴白百っ!さっさと倒して帰るんでしょ!?
右手で剣を引きずりながら、再びドラゴンに近づく。
ドラゴンが口を大きく開く――より前に、左手で握っていた土をその目に投げつける。
一瞬でいい。隙を作れれば――
私が剣を振り回そうとした時、ドラゴンがバサリと音を立てて羽を広げ、そのまま宙に舞う。
そのまま空中で羽ばたいて止まり、尻尾で大地を勢いよく撫でる。
「っそ・・・・・・だから、レイ○かっ!!」
間一髪でそれを避ける――ことはできずに、直撃を食らって視界が黒くなる。
『いつになったら勝てるかな?あと72回だ』
「本当だよ・・・・・・は、」
私が立ち上がると、そこには巨大な口があった。
私に噛みついたシュヴァルツフレイムは、そのまま重力を無視して空へ上がっていく。
「モモさん!」
「モモ!」
『あらら、大ピンチ。あと71』
どんどんと大地が遠ざかっていく。
『あと70』
あと少しで雲の中に入る。
『あと69』
雲を抜ける。それでもまだ、私を離してくれない。
『あと68』
まだ・・・・・・まだ?早く。
『67』
酸素が薄くなってきてる。まずい、早く・・・・・・!
『66』
ふわっ、という浮遊感。
そして、大地が霞んで見えない程の遥か上空で一瞬静止したあと、
「すぅ~・・・・・・っ」
引力に引かれて、地上に向けて落下していく。
息を止めたまま、私の体はゴウゴウと大気を押しのける。
雲を抜けたとき、漆黒の炎竜が私のすぐ上まで来て、炎を吐く準備をしていた。
――ここだ。
ここを逃したら、もう勝ち目はこない。
体を捻って、空中でグルグルと剣を持ったまま回転する。そして、
「いっ、けぇぇぇええぇぇっ!!」
右腕を引きちぎりながら、剣をその口に投げる。
「GUGYAHHHHHHHHH!!」
大空に、咆哮ともとれる悲鳴が広がっていく。私が投げた剣は見事にドラゴンの口を刃で斬り裂いたらしい。
痛い・・・・・・痛い痛い痛い痛い!!
当然だった。腕がちぎれてるんだから。
私は涙を空に散らしながら、左手で腰のベルト――に挟んでおいた、さっき拾った小さなナイフを掴んだ。
これは私の切り札だ。
あの、今叫んでいる竜を倒すための唯一の武器。
でも、今は、この一瞬だけは違う。
覚悟を決めろ、私。
――ナイフを逆手に持った私はそれを、自分の心臓に突き立てた。
「やっほー、久しぶりだね百ちゃん」
「・・・・・・神」
あれ?なんでこの、雲の上みたいな場所にいるの?
「俺もいるよー」
神の隣に、背の高すぎる男がいた。でも、神のじじい程じゃない。
・・・・・・誰だろう。
「ほら、俺だよ。あんたを生き返らせてあげてたやつ」
それって・・・・・・
「あのオタク文字!?」
え?なんで?
「ヘルメス、ちょっと黙っててくれないかなー。ほら、今わしが喋ってるし」
「ああ、ごめん親父」
ヘルメス?ってあの、多才な神の?ケリュケイオン持ってる神?
ってことは、親父って言われてた、このじじいは・・・・・・
「天空神・・・・・・ゼウス?」
「おお?さっすがだねぇ。そう、わしがゼウス」
な・・・・・・なんで?こんなじじいが、あのゼウス?
それもだけど、なんで今ここにいるの?
「時間かかったねー、ここまでくるのに、さ」
一瞬、ゾクッとした。ゼウスの目が神のそれになった気がしたから。
「チュートリアルはここまで。それはもうお前のものだ」
「・・・・・・それ?」
「さあ、世界を救え、鈴代百!異界から来た無力な少女よ!!」
視界が晴れる。
空気が耳元で音を奏でている。
目の前にはドラゴンが相変わらず悶絶しながら落ちているし、私も落下している最中だった。
――『それはもうお前のものだ』
左手をかざす。
青い光が腕輪から生まれ、長方形を形成し、その中に文字が書き込まれていく。
私のステータスは相変わらず、ゴミみたいなままだった。こんなので冒険者になって戦うなんて、馬鹿としか思えない。死ぬのは目に見えてる。
――でも。
すっとステータスの一番下に表示されているそれを見る。
特殊スキル:
死んで生く:65/99:1
本当に、最低だった。
力はなくて、すぐに死んで、頭も悪くて、速さも足りないし、上手く渡っていくだけの器用さもなければ、最高に運が悪い。特別な能力なんてないし、古の悪魔とかに選ばれてもいない。できることは、死ぬことだけ。
――それでも。
いつか。
死んでよかったと、そう思えるように。
「死んで、生きていく」
だからまずは、目の前の五月蠅い、邪魔なやつからだ。
右手にナイフを持ちかえる。
ドラゴンはもう体勢を立て直していて、炎を吐こうとしている。
――それは、その選択は、失敗だよ。シュヴァルツフレイム。
私の方が全然軽い。自然と、私と竜の距離は小さくなっていく。
ブラッドベアーは、脳を破壊したら動かなくなった。
キリングウルフも幼生竜も、首を切り落とされて絶命した。
なら、こいつも同じはず。
ドラゴンの顔が近づく。口は赤く染まっていて、今にも炎に焼かれてしまいそうだった。
グッとひときわ大きく口が開かれた瞬間、私は右手を前に出し、握っていたナイフを竜の左目に深く深く突き刺した。
「GUAAAGYYYYAAHHHHHHHHH!!」
ズブッ、と肘まで中に入れて、右へ左へ、上へ下へとグリグリ掻き回す。
「これで・・・・・・終わりでしょっ!!」
最後に肩まで一気に突っ込むと、ナイフを中に入れたまま、手だけ引っこ抜いた。
これで生きてるなら、私じゃ勝てない。
下を見ると、もうすぐそこまで地面が迫っていた。
あれ?これ・・・・・・私、サンドウィッチになっちゃうじゃん。
そう思った瞬間に、私の体はぐちゃりと潰された。
――64/99:1