プロローグ
見渡す限りの大平原。
青々と地面に生えた名も知らぬ草はとても綺麗だったが、その中で私は、目の前のそいつを見て、
「な・・・・・・な、何これ?」
わなわなと拳を震わせながら、そう言った。だって仕方ないでしょ?いきなり目の前にドラゴン的なアレがいたら、誰だって腰を抜かすくらいはするはず。むしろちゃんと立っている私を誰か褒めるべき。でも褒める暇があるなら助けて欲しい。同情するなら命をください。本当に誰もいないのだろうか。いるわけがない。だってここ、大平原のど真ん中。あ、私今絶体絶命の大ピンチなんだ、ってなんかドラゴンの口からシュウシュウ煙が出てるし。喉が赤く光ってるんですけど?これはあれだよね?絶対に炎ブレスがくるパターンだよね?死ぬ展開だよね?あれ、ア◯ルーは?ねぇアイ◯ーいないとキャンプまで運んでもらえないでしょ?わぁドラゴンが口を大きく開いた~。熱風が凄いなぁ~。私サウナとか苦手なんですやめてほしいもの。熱いのも暑いのも駄目なんだよね。あとぶ厚い本とかも一秒あればお釣りがくる勢いで寝れる。映画は大丈夫なのになぁ。
まあ、今は永眠しそうなんだけどね?
うんよし、こういう時は落ち着いて円周率を数えるんだ。えーっと、3.1415・・・・・・あれ、この次なんだっけ?12?92?まあいいや、3.14、3.14、3ぶばはぁぁぁあああ!?
ドラゴンの灼熱ブレスを真正面から食らった私は、その場で一瞬にして消し炭になりました☆へっ、きたねぇ花火DAZE☆
・・・・・・ええ~?一瞬でゲームオーバーってどういうこと?
「こんなクソゲーやってられるかぁぁぁああっ!!」
コントローラーを壁に叩きつける。パソコンに繋がれていたUSB端子が引っこ抜かれ、スピーカーを絡め取って机の下に落としていく。その様はまるで炎の鞭に足を絡め取られ、「ゆけ、馬鹿者」とか言って落ちていく魔法使いのようだった。これもしかすると「うわあぁぁぁああ!!」とか言って泣かないといけないのでは?馳夫さん助けて。
椅子に座ったまま体を斜めにしてスピーカーを拾う。・・・・・・あれ?音が出ない。USBを抜き差ししてみる。ザザ、ガザザ、とかいう、ゴキブリが出てきた時の効果音みたいなのが鳴ってるだけで、特に反応はなかった。返事がない。ただの屍のようだ。ゴキブリとか超キモい。うぷっ。
大丈夫、きっと接続が悪いだけだ。そう思って縦に横に振っていたら、そのうちガザザ音すら聞こえなくなってしまった。
「・・・・・・うわあぁぁぁああ!!」
このスピーカー結構高かったのに!お気に入りだったのに!!すっごい重低音でいい感じだったのにぃいいいい!!
コントローラーまで壊れてないよね?と思い、拾ってUSBを繋ぐ。うんまあ、フラグ回収だね。はいはい乙乙。
「このゲームが悪い。私悪くない。製作者は私に謝罪するべきだっ!!」
暗い部屋で一人、虚しく力説するも、当然返ってくるのは静寂だけ。非常に虚しい。何で真夜中に一人でゲームにキレてるの私。うわぁすっごい恥ずかしいじゃん。そりゃ「育て方、間違えたかな」とか親が話してるのも頷けるよ!会うたびに「そろそろ外、出てみたらどうだ?」とか言うお父さんの目が憐れみに満ちてるのは当然だよ!自明の理だよ!自業自得ってものだよ!生きててごめんね!
はぁ。もう仕方ないな。本当に仕方ない。
ネットのスレでクソゲー認定をしようかと思ったが、それで叩かれたら私の防弾ガラスが木っ端微塵となってしまうので勘弁しておいてあげることにした。防弾ガラス、弱すぎではないか。トンプソン機関銃くらい跳ね返せると思ってたのに。君は人を!なんてことを!君は人を撃ったッ!父さんにも撃たれたことないのに!
それは当然だと思います。
「・・・・・・コンビニでも行こうかな」
どこぞのクソゲー(確定)のおかげでお腹が空いたような気がする。実際にはそんなに空いてなくても、この時間帯はなぜか無性に何かを食べたくなる。現在の時刻、二時三十二分。夜中の。
どうせ下には何もないだろうし、パパッと行ってオールナイトフィーバーと洒落込んでみようではないか。まあ三日程前にも徹夜はしていたのだが。チョコクロワッサンがほしい。
クローゼットから服を引っ張り出し、手短に着替えを済ませる。黄色のタンクトップと白いパーカー。片方は肩にはかけずに玉の肌を晒してしまおう。私はアバズレか。
下はジーンズ地の短パンと黒のレギンス。昔これをニーハイって言ってドン引きされたことがある。親に。私はおっさんか。ってか、おい、親。
自慢のサラサラの黒髪を小さなポニーテールにして、首にヘッドホンをかけ、ウォークマンに繋げる。だがウォークマンは好きだがね。ついでにスマホも持って行こうかな。ということでポケットに文明の利器、スマートフォンを入れた。
さて、と鏡を見てみると・・・・・・そこには自意識高い系女子が、モニター以外の明かりが一切存在していない、暗い部屋の中に立っていた。さっきはお風呂上がりだった為当然髪は下ろしていたのだが、普段はこの髪型だ。ヘッドホンもなかなかお気に入りのもので、しかしスピーカーに接続していた為に事故に巻き込まれたらしい。全く音が聞こえない。仕方なくヘッドホンとウォークマンを机の上に置いた。
うんよし、ジャージだ。ジャージにしよう。それがいい。いや恥ずかしいとかじゃなくてね?ほらこんなうら若き乙女が可愛らしい格好で夜中に外を出歩くとナンパとかされちゃうかもしれないし。見た目だけはいいからね、私。見た目はねぇ。本当に親不孝者でごめんなさい・・・・・・でも私、諦めない!絶対に立派なニートになってみせる!あ、もうなってた。
再び先程の服に着替えようとしたらうっかり、手が滑って机の上のスプライトをジャージにぶちまけてしまった。キャップを外しっぱなしにしていたのは一体全体どこのどいつですか。私だ。ベチャベチャになったジャージを手に取ると、甘ったるい炭酸の匂いが鼻をついた。これ、ちゃんと臭い取れるかな・・・・・・。
仕方がない、まだ策はあるぜ。・・・・・・諦めるんだよォォォオオオ!もうこの格好で行こう。それしかないのだから。ちょっと恥ずかしいけど。くっ、これが神の選択か・・・・・・!
静かにドアを開け、空き巣のように抜き足で階段を下りる。勿論空き巣になど出会ったことがないので想像でしかないが。いや親に会うと気まずいとかじゃなくて。起こしたら悪いなーっていう私の善意。もう私が神なんじゃないのかと思う。そういえば、お父さんの髪が大分ゲフンゲフン。大丈夫問題なし平常心まだ南極点は超えてない。北極点は超えそうだけども。
洗濯機の横の籠に、泡のついたベタベタのジャージを入れる。この言い方をするとあらぬ誤解を受けそうだが気にしない。「そんなのありえないわね」となるのがオチである。悲しいわ!わわわ、私モテるもん!・・・・・・はぁ、チヤホヤされたい。
玄関でブーツを履いて外に出る。そーっと音を立てないように鍵を閉める。ふぅ、スネーク、脱出成功。段ボールを使うまでもなかったね。あ、スネークの元って絶対カーペンターのニューヨーク1997だよね。カート・ラッセルかっこいいよね。子役の時はあんなに可愛らしかったのに。
まあそんなことはどうでもいいんだけど。
コンビニは家から歩いて十分程の場所にある。引きこもりには正直遠いが、日が出てないのでまあよしとしよう。私実は吸血鬼なんじゃないの?それかゾンビ。私はゾンビですか?いえ、ただの屍です。主に目が。
歩くこと約十分。ようやく念願のコンビニェンシュシュ・・・・・・んんっ、コンビニエンスストアに辿り着いた。いや、何を言いなさる。私は一度も噛んでなどいない。
兎にも角にもコンビニに着いた。・・・・・・そこまでは良かったのだが・・・・・・。
「・・・・・・財布、忘れた」
・・・・・・えー。こんなサ◯エさん的展開、誰得だというのだろう。私は得してない。ポケットの中になぜか十円玉が一枚だけ入っていたのが二重で切なかった。さっきから災いしてばっかりじゃん。転じて福となしてよ。お願いだからいい方に転んでよ。私の人生・・・・・・
溜め息を吐いて、くるりと今来た道を引き返す。正直、家に財布を取りに行ってまたここまで戻ってくるのがとてつもなく面倒くさい。今日のところはもう諦めて、来月にでもアタックすることにしようか。
なんて、中身のない思考の海を泳ぎながらくるりと振り返る。
「・・・・・・あ」
視界が一気に光に包まれる。しかしそれは目に悪そうなチカチカとした光で、間違っても気持ちのいいものではなかった。
急に方向転換したため背後のトラックに気が付かなかった私は、思いっきり轢き殺された。
・・・・・・今の私の心境をお伝えしましょう。
超クソゲーって叫びたい。声、出ないけど。