不思議な少年との邂逅
王城の自室へと帰ってきた私は思わず、溜め息を吐いた。先程の自分の行いに顔を赤くする。あれほどまでに近くで話したいと思ったことがなかったのだ。不思議な感覚に私は疑問を感じていた。今までこんな事はなかったのに突然こんな風になるのがおかしく感じたのだ。メナード辺境伯の嫡子という彼は自分と同じ魔力なしだからだろうか。考えても考えても答えは出なかった。
「どうしたのかしら。やっぱりおかしいわ」
部屋に戻ってからずっと彼のことを考えている。恋、というのとはまた違った感覚に私は戸惑う事になった。何かがある気がするのだ。
そう言えば、と私は彼が言っていた事を思い出す。
『物を自在に操る力と精霊を使役する力です。更に精霊を見る眼があります』
彼が言った事が本当であれば些かまずい事になる。言いたくないのも納得がいくというものだ。精霊を使役する力というのは予想外だったがその事が知れ渡れば彼は間違いなく異端扱いされる。あるいは神のように祭り上げられるか。どちらにせよ、いい未来は浮かんでこないはずだ。そんな考えに耽っているうちに侍女から声が掛かった。
「ルルリール様、陛下とライナス様がお見えです」
「そう。お通しして」
まさか、こんなに早く再会することになるとは思わなかった私は思わずどうしようか悩んでしまったが特別何かあるわけでもないと思い直して自然体でいることにした。
「入るぞ」
「失礼いたします」
「ようこそ、お父様、ライナス様。何かご用でしょうか」
「いやなに、ライナスの褒美の件でちょっとな」
「はぁ、何か私に関係があるのですか?」
「うむ。ライナスがな、ルルリールと友達になりたいと申したので連れてきたのだ」
「友達、ですか?」
私は彼の方を思わず見る。苦笑している彼は申し訳無さそうにしている。理由を聞いてみれば、呆れるほどに率直な答えが帰ってきた。
「秘密を知られたからには隠さないといけませんからね。監視ですよ、監視」
「もう少しオブラートに包んでも良かったのではないか?」
「申し訳ありません。父上が倒れて以来どうにも自制ができないのです」
「くっははは。お前もメナード辺境伯の子供、というわけだな。子が親を心配するのは当たり前か」
「どうやらそのようです。それでどうでしょう。私と友達になって頂きたいのですが」
打算的な答えに面食らって固まっていた私だったが思わず吹き出しながら笑ってしまった。しばらく笑っていると彼もまた笑っている。反省はしているみたいで何だか面白かった。彼を見れば見るほど興味が湧いてくる。まずは友達から、でもいいでしょう。気軽に話せる人は何人いてもいいですからね。
「いいですよ。あなたと友達になりましょう」
「ありがとうございます」
「ふむ。これで本当に良かったのか、ライナス。金を取らせることもできるが」
「結構ですよ。食事は家にいれば食べれますし、お金も貯めていますので買いたいものは自分で買いますからね」
「ならいいが。では、私は行く。しばらく二人で話すといい」
そう言ってお父様は部屋を出て行った。彼と二人きりになった部屋で私達は互いに押し黙ったまま、何も話すことはなかった。何か話そうと思ったけれど、何も思い付かない。私は口を開けたり、閉じたり、していたが彼の方から話し掛けてきた。
「すみませんね。気が利かなかったようだ」
「いえ、いいのです。何を話せばいいか分かりませんでしたし」
「そうですか。何分私も友達は初めてですからね。今度は何か話題を作ってきましょう」
それから私と彼はどちらからともなく、笑いあった。何だか少し堅いなぁと思っていたから。近くに寄りたいと思う気持ちがさっきよりも大きくなっている。まるで何かに急かさせるようなその気持ちに違和感を抱く。そんな私を見ていた彼は目を見開いた。
「何か、あったのですか?」
「手を拝借しても?」
「ええ、いいですけど」
彼は私の手を掴むと眼を閉じて何かに集中し始めた。少しだけ顔を赤くしているのは照れているのだろうか。ゴブリンエンペラーすら倒す彼も人の子とだと思うと私はとてもおかしくなった。女性になれていないのだろうか。それからしばらくして彼は目を開けた。
「もういいのかしら?」
「ええ。どうやら王女殿下にも精霊を使役する才があるようです」
「私も? いえ、魔力がない人、が正解かしら」
「はい。私は精霊の王として選ばれました。王女殿下は生まれながらにその身に精霊を宿しているがために魔力がなかったようです」
「私も精霊を使役できるということなの?」
「ええ。但し、その身に宿る精霊だけです。彼女はあなたの事が大好きのようですよ。早く話したがってました」
「そう。どうやったら話せるようになる?」
「時を待つしかありませんね。彼女の半身である時の精霊が今はいないようなので話せるようになるのはそれからです」
「それまでは話せないのね」
少しだけ残念に思いながらもさきほどの気持ちが消えていくのが分かる。私の中にいる精霊がこんな風にさせたのか。そう思うと不思議な感じがして楽しくなってきた。彼と出会ってから不思議なことがたくさん起こる。今度、彼の領地に言ってみるのもありかもしれない。きっと楽しいことがあると思うから。
それからしばらく雑談をしてから彼は部屋を出ていった。彼が顔を赤くするのが面白くて何度かわざと近付いて見たけれど、嫌われたりしないか心配になってきた。少し無神経過ぎたと反省する。また話せることを楽しみにしている自分に気付いて少しだけ意外に思った。自分にもこんな気持ちになることがあるのさと思ったから。
「やっぱり、不思議な人ね」
私はそう一人で呟いた。