大森林の侵攻の報せ
剣と剣が重なり、火花が散る。拮抗していた力が一気に劣勢になるのを感じて力を抜き、体を後ろへ下げようとする。そんな俺の思惑に気付いた父上は距離を詰めてくる。もはや詰みかと思ったがやれるところまではやろうと覚悟を決めた。後ろに下がってすぐに前へと踏み込んで剣を横薙ぎに振り払った。父上はそれを余裕で剣で弾き、俺へ鋭い突きを放ってきた。慌てて半身でそれを避けた後、追撃の横払いを防ぐために剣を入れたが力任せに振られた一撃に吹き飛ばされてしまった。
「くっそ!」
「終わりだ」
父上の低い声が俺の耳に聞こえてくる。その声の通り、首先には剣が添えられている。少し力みすぎたのか首筋から血が流れてきている。俺は剣を捨てて両手を上げた。
「降参です、父上。やはり敵いませんね」
「はは、才能のない剣に負けたら父の威厳というものがなくなるだろう。それにお前は槍でなら私といい勝負をするではないか」
「いい勝負ができるだけですよ。結局、父上には勝てた試しがないです」
立ち上がった俺はセバスから渡されたタオルで血を拭き、汗を拭いた。今日は父上と手合わせをしていた。訓練の成果を見るという名目ではあるが実質父上の休憩時間だ。弟のバルドスは武術に全く興味を示さない魔法使いの人なので俺しか相手がいないというのもある。セバスもこればっかりは見逃している。セバスにも孫娘がいて俺と同い年だと聞く。子供を可愛がる気持ちを知る者としてこの休憩を許しているみたいだ。
「お坊ちゃま、お疲れさまです。相変わらず凄い腕ですね。才能がないと言われてこれなのですから近衛騎士も顔が真っ青になりますね」
「そうかもしれん。いっそ近衛騎士になってみるか?」
「それは盲点でした。追い出されるとばかりと思うと視野が狭まるものなんですね」
「父親の前でそう言うことを言うな、ライナス」
「いいではありませんか、旦那様。将来を考えることはいいことですよ。まぁルルリール王女の元へ行くのはお勧めしますけれどね」
「お前は相変わらず王女と呼んでいるのか。孫娘なのだから名前で呼んでもよいだろう?」
「いえいえ、これはけじめですよ、旦那様」
セバスはそう言って笑う。父親も苦笑している。そんな姿を見ていた俺だが少しだけおかしい言葉が出てきていることに気付く。俺はそれをそっと口に出した。
「ん? セバス、今の言葉だとこの国の王女殿下がセバスの孫娘になるんだがそうなのか?」
「ええ、そうですよ。言ってませんでしたか? 娘に似てとても可愛い子ですよ」
満面の笑みでそう答えるセバスは孫馬鹿全開に孫娘の自慢をし始めた。父上は頬をひきつらせて俺の方を見て、余計なことを聞いたなと鋭い視線を向けてくる。どうやら線引きはしているが孫自慢はしっかりとするらしい。年に数回は父上の登城に着いて行って、本人に会っているらしいのだが孫馬鹿は止まらないらしい。その後、数十分間、孫自慢を聞いた後に我に返ったセバスに謝られる事になった。
そんなお茶目なセバスの孫馬鹿な態度に驚きつつ、午後は終了した。精霊と会話してから半月が経ったがあれから精霊から接触された事はない。一度見てから精霊がより見えるようになり、色んな精霊を見かけるようになった。植物型の精霊や家の掃除をしてくれる精霊、空を飛ぶ風精霊などが見受けられた。どれもこれも毎日目にしていたからか形がはっきりしてきたように思う。
そんなセバスの孫馬鹿っぷりを披露された翌日、家が慌ただしくなっていた。俺は騒々しさに目を覚まし、何事かと父上の所へと向かうと兵士が一人、報告を行っていた所だった。
「間違いないのだな?」
「はっ! 双眼鏡と目視にて確認しましたので間違いありません。ゴブリンの軍勢五百の侵攻を確認しました。既に臨戦態勢に入っていますが如何しますか?」
「いつも通り、矢を射掛ける。それから私も出る。そう伝えておけ」
「はっ! 失礼いたします!」
報告に来ていた若い兵士は俺の姿を認めると一礼してから部屋を出て行った。そのまま俺が部屋へと入ると難しい顔をした父上が鎧へと着替えているところであった。
「父上、先ほどゴブリンの軍勢五百と聞きましたが」
「うむ。どうやらゴブリンキングが率いているらしい。今年は運が悪いらしい。どうにも嫌な予感が止まらない」
「父上もですか。私も前からそのような気がしていたのです」
「そうか。今回はお前も付いて来い。一度戦いを見ておくのも勉強になるだろう」
「分かりました。共に参ります」
ゴブリン五百という数は一見大したことがないように思えるがゴブリンキングが率いているとなると別だ。軍勢というのは比喩ではなく、そのままのことを指す。ゴブリンキングが統率し、襲いかかってくるのだ。その力は弱兵であれば、あっという間に飲み込まれるほどの勢いがあると聞く。未だ本でしか知らない知識だが間違いはないのだろう。
俺も部屋に戻り、汚れてもいい動きやすい服へと着替える。父上から七歳の誕生日にもらったミスリルの剣と槍を持った後に部屋を出た。その途中で皮鎧を持ったセバスに出くわした。
「ああ、お坊ちゃまここにいましたか。これをどうぞ。剛毛猿と言われるブリストルモンキーの毛皮で作られた皮鎧です」
「確か南側の大森林の奥地に住んでいるっていう魔物だよな。よく手に入れられたな」
「ええ、あそこへは旦那様が有志を募って何度か遠征に出掛けたことがあるのですよ。その際に手に入れたものです。防御力はかなりのものですよ」
「ありがとう、セバス。行ってくる」
「ええ、いってらっしゃいませ、お坊ちゃま」
セバスの見送りの元、俺は父上の元へと急ぐことにした。