異能と精霊との会話
俺が部屋に入ろうとした時、弟であるバルドスが声を掛けてきた。俺の弟ながらこの年で既に太っている。魔力を使えるからと武器を手にしないでぐうたら生活を送っているとセバスに聞いたときは呆れたものだ。母上の黒髪ではなく、父上の赤い髪を受け継いだ弟はそのでっぷりした腹を触りながら嫌らしい声音で俺に話しかけてくる。
「魔力がないのにご苦労なことだよ、兄さん。早くこの家を出て行けばいいのに」
「……………………」
「あれれ? 図星かな? ははは、兄さん安心してよ。僕は心が広いからこの家に住まわしてあげるよ。でも、犬小屋だけどね? あっははははははは」
この時ばかりは俺よりもこいつに白い目がいく。いい加減うざいったらないのだが自身がどう思われているのかすら分からない愚鈍な弟に言っても仕方ないかと俺は諦めていた。だが、そろそろこの弟も酷い目にあって改心すべきだろう。俺の中で確かな悪戯心が湧き上がった瞬間であった。
「じゃあね、兄さん。精々足掻いてみてよ」
「ああ、そうするよ」
俺の持つ異能は物を自在に操るものだ。どんな重さも関係なく大きなデメリットなしに動かせるので割とこれを気に入っている。ちなみに人が持ったり、乗ったりしている状態でも動かせるのでかなり便利だ。この力の代償はない。完全に俺が持つ権能とも言える力なのだ。ただし、範囲がそれ程広くないので自身の周りにしか影響を及ぼせない。使えば使うほどに延びているので熟練すればもっと遠くにも効果を及ぼせるはずだ。今の所は半径五メートルが最大射程だ。
俺は近くにあった母上が買って以降触られていない壺に対して異能を発動する。メイドが見ていないのを確認してからバルドスの上へと持っていき、そして異能を解除した。すると壺は見事バルドスの頭上へと降り注ぎ、バルドスが頭から血を流して倒れ込んでしまった。流石にやりすぎたかと思ったが後の祭りだ。俺の仕業だとバレない為に部屋から出たという呈を取る。慌ててやってきたメイドが俺の声を掛けてくる。
「な、何があったのですか?」
「さぁ? あの通りバルドスが倒れているんだ。とにかく助けてやってくれ。壺にぶつかって気を失うなんて馬鹿なこともあるもんだな」
俺の言葉に怪訝そうにメイドは思うも俺の力では壺など持てるはずもない。それだけ大きく、重い壷であるのだ。疑いようもない。頭を下げてからメイドはバルドスの介抱へと向かっていった。
部屋へと戻った俺は声を出さすに満面の笑みを浮かべる。面白いほどにうまくいって笑うしかなかったのだ。この異能は対象を複数選んで操ることも可能だ。打撃武器を宙に浮かべて頭上から落としてやれば攻撃も可能となる。また、物を介せば移動手段にもなる。例えば、小石を操ってこれを掴んで異能を本気で使えば馬車よりも早く移動が可能だ。これこそがチートと呼べるものだと使う度にほくそ笑んだものだ。
「ふっはは。あっははははははは。馬鹿は馬鹿らしくしていれば良かったんだ。家なんてのは建て直せばいいだけの話なのに分かってないなぁ弟よ」
俺にはそれだけの力がある。貴族位を新たに得るなど造作もない。魔物の侵攻を防げばそれだけで貴族位が貰えるのだ。無理してこの家に止まる事もない。最もこれを思い付いたのはつい先ほどのなのだが。
「……少しは自重しろよ」
前世の家族はこうではなかったことを思い出して俺は少しだけ寂しい思いを抱いた。そんな気まぐれな感情をどこかへと捨て去り、寝間着に着替える。やることはないので寝ようとしていた所で突如俺の目に光が見え始めた。
「これは、何だ? 精霊、なのか?」
右目の星形の刻印が光る。精霊も俺の言葉に合わせて光る。それはどう見ても俺の言葉を理解し、返事をしている証であった。
その精霊は俺の近くでしばらく浮いた後、俺の掌の上に収まった。どうやらこの精霊は光の精霊らしい。精霊には種類はないと思われていたこの世界では大発見だろう。だが、俺の感動はそれほど強くはなかった。精霊が見れることもそうだが精霊と話をできることも大したことではなかった。そんなことよりも驚いたのは俺の部屋の上に人がいる事であった。どうやら敵ではないらしいが精霊がそれを教えてくれる。幸い、俺の呟きは聞かれてなさそうなので良かった。
(精霊と会話してしました、なんて馬鹿らしいもんな)
光の精霊は偶々俺を見つけたようでこうしてやってきたのだそうだ。俺の体に触れていれば言葉を介さずとも意志疎通できると言うので言葉に困ることはない。夜遅くに外で活動することはないという光の精霊だが俺の言うことには従ってくれるらしく、呼べば誰でも助けてくれるそうだ。対価は必要なのかと聞けば必要ないと返ってくる。そもそも精霊の王たる人に対価を貰うわけにはいかないと光の精霊は激しく主張していた。
(精霊の王って俺のことか? そもそもよく分からないが儲け物だな。使えることは理解していたが流石にここまでノーリスクだとは思わなかった)
光の精霊にその後も質問を重ねた。他にも精霊の王になれる人がいるのか、どんな種類の精霊がいるのか、精霊は誰もそんな姿をしているのか、どんな事ができるのかを聞いた。
一つ目の問いはいない、だそうだ。但し死んだ後、真の精霊王になる俺の伴侶になる人はいるそうでその人とは会えば分かると言っていた。そう言われると運命のように感じるがきっとそういうものなのだろうと思うことにした。
二つ目の精霊の種類は分からない、と言ってきた。精霊は時と共に増えたり、減ったりするので正確な数や種類は分からないそうだ。分かるだけでも光、火、水、風、土、闇など他にも色々いるので見つける度に声を掛けて欲しいそうだ。そうすれば力になってくれると言っているので是非とも仲良くしたいものだ。力が増えるのは願ったり叶ったりだからな。
三つ目の精霊の姿については精霊を見ることができる眼が育てばちゃんと見えるようになるそうだ。ちゃんと見えるようになれば精霊の言葉も自然と理解できるようになり、普通に話すことも可能になるらしい。育て方はとにかく精霊を見ていれば育つそうだ。これなら俺でもできるので積極的に行うことができそうだ。精霊と話ができるようになれば情報を集めてもらうこともできるようになるかもしれない。これは少し成長に期待ものだ。
最後にどんな事ができるのかについては精霊によると返ってきた。光の精霊の場合だと回復や攻撃もできるようだが基本的には回復しかしないそうだ。精霊にも得意不得意があり、できるできないがあるそうだ。精霊も万能ではないという証という訳だ。あまり頼りにしすぎない方がいざという時に困ることはなさそうだ。自分の力で解決できるならそれが一番いい。
そんな感じで質問しているうちに光の精霊が帰るというので俺も寝ることにした。