討伐の褒美
ルルリール様と王城の庭で再会した俺はすぐにその事が国王陛下へと伝えられた。今思うと恥ずかしい気障なやり取りに内心、悶絶しつつ国王陛下に詳細を報告した後、部屋で休むことになった。
クイーン・アーミーアントを倒してから眠りについた俺は、適当に彷徨っていると花畑に付いたのだがそこが偶然ルルリールの咲く場所であったのだ。植物の精霊ウルに聞いたからそれは間違いない。更にルルリールには精霊の好きな魔力を生み出す精霊が好む植物であり、精霊の聖域と言われていることを光の精霊から聞いた。色んな精霊を目の当たりにし、驚いている俺の所へ時の精霊が挨拶に来た時は随分と驚いたものだ。
精霊が多くいるこの場所には魔物も近付く事はなく、そのためにこの花畑も綺麗に守られているとの話だ。元々時空の精霊として存在していたらしい時の精霊だったが十年前のある日、世界に空間の乱れを感知してそれを直すために力を使った際に体が別れ、今の状態になったという。時の精霊と空間の精霊に別れた後は互いに好き勝手動くようになり、時の精霊はこの場所を守るために残り、空間の精霊は己の気に入った者を見つけて今に至るという訳だ。
時の精霊は契約者に相応しい者がいるなら元に戻ると言っており、俺は必ず連れてくると約束した。その後空を飛べばいいと思い至り、ルルリールを花束にしてから剣を宙に浮かべて移動して王城の庭に辿り着いたのだった。
それから二日が経ち、謁見の間へと呼ばれることになった。クイーン・アーミーアントとアーミーアントの死体が確認できたようで呼ばれたのだ。今回は俺一人の謁見のようで父上は脇にいて貴族と並んでみている。少しばかり恥ずかしいがそんな事を言っても始まらないので目の前の事に集中しよう。
「さて、ライナスよ。そなたの言うとおり死体は確認できた。まさか二体もクイーン・アーミーアントがいるとはな。褒めて遣わす」
「有り難き幸せ」
「うむ。そこでそなたに褒美をやろうと考えている。皆はどうだ?」
周りにいた貴族達は何も意見が上がることはない。むしろ国王陛下が何も言うなと圧を掛けている。領地へと逃げ帰った負い目があるから尚更何も言えないはずだ。俺はそんな貴族を見て笑みを浮かべる国王陛下に苦笑しつつ、続きの言葉を待った。
「どうやら皆も賛成のようじゃな。前回は金をやれなかったからな。金貨百枚をやろう」
「陛下、流石に多すぎではないですか?」
国王陛下の言葉に意見を挟んだのは宰相のゼクード・ウィードだ。この国の財政を支える重鎮、というのが父上の私見らしい。俺から見るとただの狸親父にしか見えない。頭は禿げており、少し腹が出ていて如何にも苦労性の顔をしている。黒い顔を使え分けるようなそんな老獪なイメージを持たせるお人だ。
ゼクード宰相の言葉に国王陛下は言葉を詰まらせる。
「これから穴を塞ぐ作業があるのです。この者には悪いですが金銭での褒賞よりも勲章での褒賞をお勧めいたします」
「む、むぅ。しかしだな、ゼクード。それでは示しがつかんではないか。余に既に言った言葉を撤回させよと言うのか?」
「我がウィード家の忠誠に賭けて、再び進言いたします。王都の民のことをお考えください。金貨一枚とて惜しい状況なのですよ」
何だこれはと言わんばかりのお芝居に俺は内心で笑うしかなかった。ゼクード宰相に言いくるめられそうになっている国王陛下。周りの貴族も俺のことを見てから意見を言い始めた。後で聞いた話だがこうなったゼクード宰相は他に妥当な案でも持ってこない限り、意地でも意見を撤回しないと父上が言っていた。いつの時代も財政管理というのは大変なのは変わらないらしい。困り果てる国王陛下を見かねて、というより今思いついた意見を通すためには絶好の機会だと俺は口を開くことにした。
「陛下、宰相、少しよろしいですか?」
「む、何だライナス。この通り宰相が頑固でな」
「陛下も頑固なのは変わりないでしょう」
「ええ、お困りなようなので私に意見がございます。言っても宜しいでしょうか」
「何かあるなら言うといい。妥当であれば私も文句は言いません」
国王陛下はゼクード宰相を見るも変わらない態度に諦めたのか溜め息を吐いた。どうやら意見を言ってもいいらしい。ならば、遠慮なく言わせてもらおう。
「金貨の代わりに王都から北東辺りの土地を私に頂きたい」
「それは無理です。あなたはここが陛下の土地であると忘れているのか?」
ゼクード宰相の怒りの声が謁見の間に広がる。そこで言葉を間違えたと気付いた俺は慌てて訂正することにした。
「失礼しました。私が言っているのは王都より外。大森林のある方の北東の事です」
「何!? あんな所をもらってそなたに何の得がある」
「それならば問題はありませんが陛下の言うとおり、何の価値もありませんよ? まさか一から開拓するとは言いませんよね?」
「できるならしたいですが私にはお金がありませんからね。それにあそこには経済的には何も無いです場所ですから開拓しても精々住居が増えるくらいですよ」
国王陛下とゼクード宰相は顔を見合わせて困惑の顔を浮かべる。俺が言う北東の場所にはルルリールが咲く場所があるだけだ。その他には何も無い、魔物が跋扈するただの不毛地帯だ。別にもらわなくともいいのだがせっかく精霊の聖域があるのだ。精霊の王である俺が持つに相応しい土地である事は否めない。俺が勝手にそう思うだけであって気持ちの問題であるのだがまぁそこら辺はいいだろう。
「本当に宜しいのですね? 金貨は上げられませんよ?」
「はい。そこを無税で頂けるのであれば充分です」
「陛下、彼もこう言ってる事ですし、これでいいのではないでしょうか? 我が国も助かり、彼も望んでいるものが手に入る」
「まぁそれでいいなら余も文句は言わんが。しかし、欲がない奴だ。ゼルスの子供は無欲に育ったようだな」
「陛下、あれでもちゃっかりしているので注意していた方が宜しいかと」
父上の忠告に国王陛下は笑って答える。そんなはずがないと思っているのだろう。まぁそんな訳があったりするのだが。これまた先ほど思い付いた方法を使えばボロ儲けできるという寸法だ。父上も俺が未だに使っていない王都での商売権利書のことを思い出したのだろう。まぁそれだけでは何もできないので何かある程度にしか分かってはいないはずだ。
その後、無税にて大森林の一部を領地として正式に下賜された俺は内心でガッツポーズを浮かべながらほくそ笑んだ。
謁見が終了した後、俺は次の行動について考えていた。俺がここにいなければならないのは土の精霊が地下の穴を保持しているからだ。一応命令を出しておいたので少しくらいならば離れていても大丈夫なようにはしてある。なので、離れる事はできるが長期間は無理だろう。そもそもこの王都にしばらく住むつもりなのでそこは問題はない。商売を始めるのも貯金があるのでそこまで急ぐ事ではない。と、なるとやることがない。俺ニートです、状態の出来上がりなのだ。
「はぁ……やることがない」
(伴侶でも作りなよ。僕と契約できるよ?)
「そう言われてもな。つか、お前そればっかだな」
(僕だって感情があるんだ。契約したいのにできないんだよ? 全て君が悪いんだから)
「悪かったよ。でもまだ俺には早いんだよ」
トラウマというのは本当に厄介だ。女性に慣れていないのも前世のことが関係している。こればっかりは仕方がない。単に女性に虐められていたというだけのくだらない出来事なのだがそれでも俺の中では傷が残っている。結婚を遠慮してるのもそれが理由だ。今となっては遠い記憶となっているので女性に苦手意識こそ残っていないがそれでも少し壁があるのは否定しない。ルルリール様くらいこちらを気にしてくれるなら付き合いやすいのだが。
「まぁ言っても仕方ないよな」
(あれ、ルルリールだよ)
「ん? あれは……」
光の精霊が言われるままに前を見てみると誰かにルルリール様が絡まれているのが見えた。明らかに嫌がっているのだが相手の貴族はそれでもやめない。諦めが悪いというのは本当に質が悪い。このままでは無理やりどこかへ連れて行かれそうだったので異能を使ってルルリール様に絡んでいた貴族を転ばせて床に頭を打ち付けて気絶させた。
「ルルリール様、大丈夫でしたか?」
「ライナスですか。助かりました」
「いえ。彼に何か言われたのですか?」
「いつもの奴ですよ。彼はメイク家の嫡子なのですがしつこいので困り果てています」
「あの研究者の家ですか。彼らは確か魔力を研究していましたね」
「はい。魔力が何故人に宿るのか研究している家です。成果は無いのですが資金力だけは商会を通じて多いので没落していない家ですね。研究にしか興味の無いような家だったはずなんですが」
「そんな家の息子が色男になっている、と」
「ええ。最近では許可もなく体を触ってくるので少し怖いです」
そう言ってルルリール様は体を抱きすくめる。この少女をたとえるなら綺麗な花だ。だからこそ、色んな蜂が群れて現れる。彼女はとても怖い思いをしているのに俺は気が利くこと一つ言える事はなかった。だが、何もしない訳にもいかなかったので一つ提案をすることにした。
「ルルリール様、今から出かけませんか?」
「今からですか?」
「はい。とっておきの場所ですよ」
この友人が明るくなれるなら少しくらいの労力は厭わない。俺ができることなら何でもやる。少しでもその可愛い笑顔を見たいと思ってしまったから。