決着のウィードマーチレス
俺は逃げながらこの場で植物の精霊と契約をする事にした。木から木へと移り変わりながら精霊の王のみができる契約の言の葉を口にしていく。
「ライナスの名において願う。植物を操り支配し、育む力を我に与えたまえ。汝の名はウル・スピリッツ・プラント。我のためにその力をこの手に」
(王よ。我が身はあなたと共に)
植物の精霊ウルは俺の中へと入っていく。俺はウルの権能を瞬時に把握した。ラルと同じく新しい権能、種子の生成が新たにできるようになっていた。植物の権能は植物を育てるというところに尽きる。植物の精霊は植物を育み、時に操る。そうやって自然を守ってきたのだ。そう何度も新しい権能が生まれるはずがないのだが土壇場だからこの力は嬉しい。何より俺の理想の攻撃ができるようになるので今は有り難く使わせてもらうとする。
「行くぞ、蟻ども。ウル! 種子生成、俺に加護を!」
(王よ、参りますよ!)
俺の周りで種子が生成される。俺の思考を読み取ったウルが俺の望み通りの種子を生成していく。そして、加護を得た俺が一時的にウルの権能を使うことができるようになる。種子を一気に成長させて伸びていく蔓を全て前方へと伸ばしていった。次に次に絡んでいく蔓にアーミーアント達も徐々に身動きが取れなくなっていく。ラルの攻撃も加わり、アーミーアントの死体で行動が遅れていく。
加護を得たとはいえ、成長させて操る以上のことはできない。種子を生成しているのはあくまでウルだ。俺には進化させることができないので足止め以上のことはできない。それでも絶大な効果が見られた。ラルの攻撃により殆どのアーミーアントが狩られていき、育った蔓がクイーン・アーミーアントへと襲いかかっていく。ボロボロとはいえ、それなりに力があるのか難なく、拘束を破ってくるがラルの攻撃を受けてそのスピードを落としていく。血だらけになりながらも俺の前にやってきたクイーン・アーミーアントであったが後一歩の所で地面へも沈むことになった。
「悪いな。俺達はまだ淘汰される訳には行かないんだ。少なくとも俺が生きている間はな」
「ギシャア」
クイーン・アーミーアントは弱い鳴き声を残してその命を終わらせた。加護が切れて体が重くなっていくのが分かる。負荷が掛かるとは知っていたが今回はギリギリ耐えられそうだ。ふらつく体をどうにか動かして木の根本へとやってきて座り込む。
「あ~終わった。まさか一日で終わるとは思ってなかったなぁ」
(我が王よ、今回は少し危なかったのではないか?)
(あんなに育てたら戻すのが大変何ですよねぇ)
(まぁまぁ生きてるんだからいいじゃない)
「ああ、そうだ。生きてるから問題ない。ああ、疲れた。少し、寝る」
好き勝手意見する精霊を無視して俺は溜め込んだ疲労を回復させる為に眠りに着くことにした。
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ライナスが巣へと入ってから二日が過ぎた。二日ほどで帰ってくると言っていたが帰りのことは考えているのだろうか。いくら何でも大群を相手に一人では危な過ぎると気付いたのはライナスが巣穴へと入った後だった。あんなことはメナード辺境伯の力があってこそできたのだ。どれだけの力を発揮できるかは知らないがライナスものすごく心配になってくる。私は今日、何度目かの溜め息を吐いた。
「はぁ……」
「姫様、散歩でもなさっては如何ですか?」
「そうですね。そうします。ありがとう、ライサ」
「いえ。それでは着替えを準備してきます」
お付きの侍女であるライサがタンスを開けて衣装の準備をしてくれる。ライサはお爺さまが手配してくれた侍女だ。その有能さはお爺さまのお墨付きであり、とても助かっている。彼女がいなければ私はずっと溜め息を吐いて部屋に籠もっていたことはずだ。
そう言えばアーミーアントの巣穴ができて以来めっきりと貴族の子息達が来なくなった。巣穴の事を聞いて顔を青ざめていたのを覚えている。きっと領地に戻って兵を集めると言って、領地で身を潜めているに違いない。自己保身だけは得意な貴族なのだ。そうに違いない。
流石に我が国を支える代表の貴族達は領地へと戻っていないが領地から魔術師や兵を呼び寄せて待っている状態だ。メナード辺境伯は療養中で昨日見舞いに訪れたが元気そうであった。私も何かできないかと思って聞いてみたが何も無いと返され、部屋で暇をしているのが今の状況だ。
「姫様、準備が整いました」
ライサの声が聞こえてきて私は我に返る。散歩したら気分転換になるといいけれど、私はそう思いながら椅子から立ち上がった。
王城の庭にライサを伴ってやってきた私は綺麗な花を見ながら歩いていた。この庭園は庭師に常に整えてもらっているが何度見ても綺麗だ。私の子供の頃から見る変わらない光景に少しばかり気が晴れる思いであったがやはり彼のことが気になって仕方がない。
綺麗な花を見ながら私は備え付けられていたベンチへと座る。この城から出れない私からするとこの庭だけが色鮮やかな世界だった。それは本当に小さな世界で外にまだ見ぬ世界があると思うとワクワクしてしまう。彼はそんな私を連れ出してやると言ってくれた大馬鹿な人だ。私の前でも緊張する様子はないし、普通に話してくれる。流石に女の子には慣れていないようだったけれど、それはそれ、これから慣れていけば問題はない。
「って、何を考えるのよ私は」
少しばかり傾倒しすぎた考えを捨てて私は花の咲く庭を見渡す。本当に素晴らしいのだがいつからか物足りなくなった今では感動する量も減ってしまっている。ぼんやりと庭を眺めていると急に空が暗くなった。それでも私はそのままぼんやりしているとライサの声が遠くから聞こえ、ようやく我に返って上を見上げる。そこには大量の花束を持ったライナスの姿があった。服が泥だらけで顔に土が付いたりしてとても貴族らしい格好ではない。そんな姿に思わず笑みを浮かべたのは面白いからだろうか、それとも楽しいと感じたからだろうか。やること成すことが気になってしまうのは何かの魔法なのではないかと私は深く考え、思考を中断してライナスが降りてくるのを待った。トンと音を立てて降り立ったライナスは少し恥ずかしげであったがその花束を私に乱雑に前にだして渡してくる。
「ルルリール様、あなたのお花ですよ。運がいいことにたくさん生えてる群生を見つけましてね。それはもうとても綺麗でしたからこうして摘んできましたよ。あなたに相応しい名前だと改めて思いました」
その花束は庭にあるどの花よりも色鮮やかであった。見たことがないほどに栄えるその花に私は魅入られる。外の世界にはこんなものがきっとたくさんあるのだ。私には見ることができないそれらがとてつもなく遠く思えて、思わず顔を暗くしてしまう。そんな私を見ていたライナスが顔を覗き込んで様子を伺うのを見て、私は慌てて笑みを浮かべた。
「ありがとう、ライナス。とても嬉しいわ。今までで一番綺麗なお花よ」
「それは良かった。では、今度見に行きましょうね?」
「え?」
私は驚いた顔でライナスの顔を見る。そこには楽しそうな笑みを浮かべたライナスがいた。この人は私の意外そうな顔を見て楽しんでいるのだ。私が王女だと本当に分かっているのだろうかと疑問に思ってしまう。ライナスはそんなことを気にすることもなく、言葉を続ける。
「魔物に唯一蹂躙されていない精霊の聖域だったみたいでそこに時の精霊がいたのです。どうやらルルリール様が来るのを待っているようなので行く必要があります。まぁいわゆるついでという奴ですよ」
「時の精霊が……」
「時と空間が揃えば一度言った場所なら自分で行けますし、便利になるみたいですよ。残念ながら私よりもルルリール様を気に入ったみたいで私は使えそうにありませんがね」
残念そうに言うライナスは少し拗ねたような顔をする。彼にも子供っぽい所があるのかと思って私はクスリと笑う。私は思ったよりも気さくになってくれている友人に感謝の言葉を述べることにした。
「ありがとう、ライナス。連れて行ってもらえますか?」
「喜んで、レディ・ルルリール。私が素敵なピクニックへお連れいたしましょう」
大袈裟に礼をする彼を見て私はまた笑うのであった。