クイーン・アーミーアント
奥に進むにつれ、数が増えていくアーミーアントに辟易しつつも俺は剣の精霊ラルが生成した百本の剣でアーミーアントを撃退していた。流石のアーミーアントも百本の剣に勝てるはずもなく、呆気なくその命を散らしていく。歩く度に辿り着く行き止まりに苛立ちながら俺は父上が一日で外へと出られたのを不思議に思っていた。余程運が良かったのかもしれない。と、思うと俺は運が悪いという事になる。今更だが溜め息を吐きたくなってくる。
「あぁ~どこに行けば地上に着くのやら。土の精霊っているのかな?」
(そこら中にいるよ。今は土を整えるのに忙しいみたいだけど)
「土を整える?」
(そそ、ここ土の精霊がいなかったら崩れているからね)
「へ~ってそれってかなり危なくないか?」
(まぁねぇ。でも大丈夫さ。君がいるから土の精霊がここに来たんだから君がいる限りはここを保つのに尽力するはずだよ)
「怖いことをさらりと言うな。それじゃあここから離れられないじゃないか」
俺の愚痴も光の精霊には受け流され、聞いてもらえない。よくよく考えればおかしな話だが納得のいく話だ。俺の生きている間の安全は守ってもらえるらしい。無条件で守られるというのは何だか気に入らないが精霊の王とはそんなものかと自分で納得しておくことにした。
しばらく歩いているうちにアーミーアントの質と種類が変わってきているのに気付いた。普通のアーミーアントよりも攻撃的なそのアーミーアントはどんな目をしているのか俺を視界に納めると同時に蟻酸を放ってきた。あわてて剣で防ぐと剣がボロボロと崩れ落ちてしまった。
「うへぇ。こりゃくらったらまずいな」
強さ自体は変わらないようなので見つけ次第倒していく方針で行こう。そのまま奥に行けば行くほどに攻撃的なアーミーアントが増えていく。一々長いので仮の呼称としてアーミーアントソルジャーとしておく。
アーミーアントソルジャーは蟻酸を掛けるしか攻撃手段がないと思っていたがそうではないらしい。口当たりにある鎌らしきものでも攻撃してくるのが分かった。近付くまでに全て倒してしまうのでそれも関係ないのだが。
そして、そろそろ上に穴を開けて出ようかなぁと考え始めた時、空気が吹き荒れる通路を発見した。
「やっと外か」
(何かいるよ。気を付けてね)
光の精霊の言葉に気を引き締めてその通路へと歩いていく。アーミーアントソルジャーがぎっしりと詰め込まれたその通路を先制攻撃で容赦なく排除していく。大人しく土の養分になり果てたアーミーアントは数知れない。百からは数えていないが優に千以上は倒したはずだ。剣の数も減ってきて二十本になった当たりでようやく攻撃の手が止まった。
警戒しながら先に進むも何事もなく、通路を通り抜けると上へと続く穴が開いているのが分かった。俺は剣の生成をラルに頼みながら元から差していた剣を異能で浮かせて上へと飛んでいく。ようやく出れた地上に明るい気持ちになるもすぐにそれも吹き飛んでしまった。
「なっ、二体もクイーン・アーミーアントがいるのかよ」
(危険だよ。今は子育て中みたいだからね)
ボロボロのクイーン・アーミーアントに皮が柔らかそうなクイーン・アーミーアントがいてその周りを先ほどのアーミーアントよりも堅そうな甲殻を持つアーミーアントに守られているのが見える。音を立てなかったのが幸いしたのかまだこちらには気付いていない。
ボロボロのクイーン・アーミーアントはもう一匹のクイーン・アーミーアントに餌を与えている。よく見ればそれは自分の体の一部である。どうやら世代交代のような場面に遭遇してしまったようだ。産卵期と言っていたがまさか女王種を産むような時期に出くわすとは俺も運が悪い。だが、運がいいことに気付かれていない今なら攻撃も可能だ。上限を指定してなかった為に百本以上になっている剣を異能で操り、俺は新しい方のクイーン・アーミーアントへと先制攻撃を仕掛けることにした。
(光の精霊よ、頼んだ)
(目眩ましだけだよ?)
そう言って光の精霊はアーミーアント達の頭上へ光を落とす。それだけでも視覚が防げるので儲けもんだ。確実にやれると踏んで先制攻撃をした剣は見事全て新しいクイーン・アーミーアントへと突き刺さりその命を終わらせることに成功した。
「やった!」
「ギャシャァァァァァァァァア!」
俺が喜んでいるのも束の間にボロボロのクイーン・アーミーアントが声を上げる。遠くから音が鳴り響き、何かがやってくる音がする。何事かと身構えていると穴から次々にアーミーアントが出てきた。
「これってもしかしなくても遠吠え、みたいなものか?」
(手負いの獣は注意しないとね。君、死ぬよ?)
なら、助けてくれよと叫びたかったがそうする前にアーミーアントの突撃を受けてしまった。剣を異能で浮かせて空中へと逃げた俺はとりあえず近くの木へと避難した。もちろん、そんな程度で諦めてくれるはずもなく、次々に木へと体当たりをして、あるいは登ってくるのが見える。新しい命は生まれなくなったが元からいた群れに襲われたのでは世話がない。全く間抜けとはこの事を指すのだろう。我ながらポカをやらかしたと笑わずにはいられない。
「まずは、ラル剣の生成後、適当に攻撃を始めてくれ。俺はとにかく逃げる。光の精霊は植物の精霊でも探してきてくれ」
(我が王よ、その御言葉、拝命する)
(分かったよ。何するかは知らないけど)
光の精霊が俺の頭から離れるのを確認した後、ラルの攻撃が始まるのを見て俺は異能で先程と同じく空を飛ぶ。一々ぶら下がるのも品がないと思いながらも木から木へと乗り移って木の枝を折っては異能で浮かせて保持していく。次から適当に絨毯でも折り畳んで持ってこようと心の中で誓ったのだった。
「ギャシャァァァァァァァァア!」
「うるせぇ! って言っても聞いてくれないよなぁ」
「ギャシャァァァァァァァァア!」
「怒りに我を忘れてるのか?」
ボロボロのクイーン・アーミーアントは必要以上に俺を付け狙う。心なしか配下のアーミーアント達も必死に見える。絶対統制の蟻や蜂によくあることだが命令は絶対というのは本当らしい。折った木の枝を一塊にして放ってみるもこの大群の前には焼け石に水であったらしい。為す術がなくなった俺はラルから剣をもらい受けて反撃しながら逃げる羽目になった。
アーミーアントもただ木を上ったり、体当たりするだけでなく蟻酸を飛ばしたり、仲間の上に乗ったりなど工夫もしてどんどん俺を追い詰める策を考えていく。その際に何匹かのアーミーアントが踏みつぶされるがお構いなしに向かってくる。まるで狂気の軍、あるいは死兵のような勢いに思わず飲まれそうになるもどうにか逃げられている。上にいるアドバンテージをいかし、ひたすら上から剣を投げつけてはその場で薙ぎ払いを繰り返し、数を減らしていく。勢いに乗るアーミーアントに一度攻撃するだけで飲み込まれていく剣を使い捨てにしながら逃げ回っているうちにようやく光の精霊が戻ってきた。
(戻ってきたよ~)
(精霊の王よ、お会いできて光栄です)
植物の精霊が肩に乗っかる。これでようやく切り札が揃った。後は契約してそれから反撃の開始だ。