巣穴の対策
やってきた衛兵に封鎖を頼んだ後、俺は父上と共に王城に戻って来ていた。この現状を伝えるためというのもあるが父上はどうやら中へと乗り込む気でいるらしい。アーミーアントは一匹出れば三十匹いると言われるかのゴキブリと並ぶほどに繁殖力が高い。そのため、徹底的に潰していかなければならないのだ。最もそれも女王を倒すまでの次善策でしかない。生みの親を倒さない限り、無限に増えていくのだから。
そんな父上と共に国王陛下の元へ訪れると未だ帰っていなかった貴族達で溢れ返っていた。父上はそんな貴族達を無視して真っ先に国王陛下の元で膝をついた。国王陛下の隣には王子殿下と王女殿下が揃って控えている。
「陛下、報告します。アーミーアントの巣が王都の地下にあるようです」
「それは誠か、メナード辺境伯」
「はい。実際にこの手で倒し、穴を覗きました。間違いありません」
「何ということだ……」
国王陛下は手を頭にやり、上を仰ぐ。周りにいた貴族達も顔を青ざめたり、ざわざわとうるさく鳴り始めた。この状況がいまいち読めない俺はどうしようか迷ったが結局分からない事は聞くのが一番だと父上に聞くことにした。
「父上、何故それほど諦める雰囲気を出しているのですか?」
「ライナス……いや、お前達は知らなかった事か」
「何だゼルス。教えてなかったのか?」
「ええ。てっきり知っているものと思っておりましたので」
「ふむ。想定しうる限り最悪な事態だ。王都の地下にアーミーアントの巣が広がっている可能性があるのだ。下手に崩れれば王都全域に大穴が開くことになる。過去に一度我が国で起こったことなのだよ」
なるほど、アーミーアントの巣の崩落する危険性があるという事か。だが、それならば埋め立てれば問題ないはずなのだがそこまで深刻に捉える必要があるものなのだろうかと疑問に思ってしまう。
「穴が開いているなら埋めれば宜しいのでは?」
「幾人の魔術師が必要だと思っている。年単位で魔術師を使えば国家予算が吹き飛んでしまうわ」
「陛下、いかがしますか」
父上が国王陛下に判断を仰ぐ。俺はそれを黙って見つめていた。魔術師の魔力程度では無理というのが陛下の判断だ。例え俺の精霊の力を使ったとしても王都全域は無理だ。方策としては用水路が一番現実的だが今のまま水を流せばいつの日か崩れてしまうだろう。土木や建築に詳しくない俺でもそれがダメな事くらいは分かる。だが、どうすれば解決できるだろうか。答えが出ないまま時間が過ぎていく。国王陛下は考えが纏まったのか、貴族を黙らせた。
「まずは巣の探索に出る。巣の広さを調べ、どのように伸びているのか調べる。誰か志願する者はいるか?」
そんな陛下の言葉に誰の声も上がらない。それもそのはず、アーミーアントの巣は別名死の洞窟と言われるほどに危険だからだ。一度入ったが最後、アーミーアントに囲まれて食い殺されたり、酸液を掛けられて溶かされたりするのだ。そんな危険な所へ入りたい奴などいない。普通ならここで声をあげない。そこに父上は声をあげた。
「私が行って参りましょう。火が目立つばかりですが土魔法も使えますので」
「そうか。毎度済まないな、ゼルスよ」
「はっ、私はそのためにおります故。息子をここに残して行きますので使ってやってください」
「あい、分かった。では、解散じゃ。各自対策を考えておいてくれ。王都がなくなればこの国も終わりだからな」
そう言って解散になった。
父上の探索に付き合う予定だったのだがここに残れと言外に言われたので仕方なく、残ることにした。セバスも今回ばかりは心配なようで色々と父上に渡していた。父上はそんなセバスに苦笑して行ってくると言って城を出ていった。
父上が城を出て行った後、城にあてがわれた部屋で俺は一人対策を考えていた。穴を塞ぐのは無理、水路を作るのも無理、となるともはや手段がないのだがアーミーアントは一体どこへ土をやったのやら。おそらくは体内に取り込んで糞尿として捨てたというのが一番疑わしいがそれにして穴は長すぎるし、どうやれば土を楽に運べるのか分からない。解決策が見えないまま、時間だけが過ぎていく。
「あ~やっぱり分からん。いっそ穴を壊して解決できたらいいのに」
(そんなことしたら王都が崩れるよ?)
(そんなこと言われてもなぁ。じゃあどうすればいいんだよ)
(光の精霊の僕に言われても分からないよ)
そう言われては押し黙るしかなかった。対策なんて考えていても詰まらないと部屋を出ようと考えていると扉がノックされた。
「ライナス様? 私です。入っても宜しいですか?」
「は、はい。どうぞ」
慌てて返事をした俺は姿勢を整えて座った。部屋へと入ってきた王女殿下は俺の姿を認めるとにこりとおかしそうに笑った。
「そんなに緊張してどうしたのですか?」
「王女殿下自らここに来られればこうなりますよ。わざわざ訪ねられてどうかしたのですか? 言われればこちらから参りましたのに」
「部屋にいるとうるさい者ばかり訪ねてくるものですからこちらへとやってきたのです。あなたはうるさくないし、友達でしょう?」
そう言って笑う王女殿下に少しどきりとしてしまった。
そう言われて俺は思い当たる事がなかったがすぐに貴族の子息達の事かと当たりを付けた。目の前に立つ御仁の美貌には俺だけでなく、誰もが認めている。そんな人へ求婚や挨拶に行くのは貴族として自然な事であった。誰もがこの美しい美姫を目にしたいと思ったのだろう。貴族の子息達が前のめりになって気を引こうとするのも頷けるというものだ。
綺麗な青い、いや蒼と言っていい髪はとてもではないが人のものとは思えない美しさがある。白磁を思わせる肌の色は彼女の美しさを際立たせるのに更に一役買っていた。触れれば折れそうな体と前は表現したが実際にはそんなことはなく、この年にしてしっかりと女性らしいラインが出始めて女性の色香を思わせるものであった。
改めて見てみると綺麗な人だなぁと思わずにはいられなかった。そんな彼女へ椅子を勧めてから俺はベッドへと座る。
「ごめんなさいね。あなたが座る場所を取ってしまって」
「いえ、私は家でも椅子にはあまり座りませんので慣れていますよ。ベッドへ座る方が不思議と落ち着くのです」
「それならいいのですが。ともかく、しばらくここにいたいと思います。私は道具ではありませんからね。感情ある人なのに彼らは全く分かっていません。魔力がないから侮っているのでしょうね」
そうやって次々と愚痴を吐いていく王女殿下はどこか疲れている様子であった。いつの間にか入っていたお付きの侍女もその様子に苦笑している。俺も淡々と相槌を打つしかなく、苦労が絶えないとはこの事かと気の毒に思うことしかできなかった。それからしばらくして王女殿下ははっとして俺の方を見た。
「ご、ごめんなさい。あなたには関係ない話だったわね」
「いえ。私で良ければいつでも話を聞きますよ。意見はあまり差し上げられそうにありませんが」
「ありがとう、ライナス様。少しすっきりしたわ」
「王女殿下、私のことは呼び捨てでかまいませんよ。あまり堅苦しい関係では友達になった意味はありませんから」
「なら、あなたも私をルルリールと呼んでちょうだい。お爺さまに頂いた名前なのよ」
「セバスが、ですか。いい名前ですね」
「そうなの。どこかの草花の名前だって聞いたことがあるけれど、私は見たことがないのよね。私が外に出るわけにもいかないから探しにいけないの」
ルルリール様は少し寂しそうにそう言った。先程からころころ変わる表情がつくづく印象に残る。笑った顔も、驚いた顔も、寂しそうな顔も、そのどれもが絵になる。絵にすればきっと売れるだろう。それほどに見ていたくなる魅力溢れる人だ。だからこそ、悲しそうな表情はあまり見たくないものだ。友達としてここは願いを叶えるのも吝かではないなと俺は思った。
「良ければ、私が探してきましょうか?」
「あなたが? 外にあると聞いたことがあるし、危険だわ」
「ははは、ルルリール様。私とあなたの二人だけの秘密をお忘れですか。私には力がありますから」
「そう、だけど。本当にいいの?」
「はい。友人としてあなたの願いを叶えましょう。見つけたらその場所へお連れしますよ」
侍女がお茶を入れるのを見ながら俺はそう言うとルルリール様は大層驚いていた。城から出る訳には行かないということを覚えているからだろう。それこそ俺には関係のない話だ。罪に問われれば逃げればいいだけの話であるし、なにも問題はない。俺は友人を外に連れ出してピクニックへ行くだけなのだから。
「でも、私は城から出たらダメだとお父様から言われていますし、あなたが罪に問われますよ?」
「さて、私は友達を外に連れ出すだけですからね。私がどんな友達を連れ出そうと私の勝手です。それが偶々あなたになるだけだ。ほら、問題ないでしょう?」
「まぁ……ここまで馬鹿らしいと思ったのは初めてだわ。怖いもの知らずねライナスは」
お付きの侍女が二つティーカップを置く。ルルリール様は一つを手に取ってお茶を飲んだ動作の一つ一つが様になっている。
お付きの侍女は何も聞いてませんよと言った風な顔をしながら笑みを浮かべている。きっと俺の馬鹿げた話を面白く思ったのだろう。自分でもそう思うがこの不憫な美しい姫を外に出してやりたいという気持ちが少しだけ強かっただけだ。他に他意はない。このお付きの侍女もそう思っていたはずだ。
「ゴブリンエンペラーなんてものと戦いましたからね。城の兵士くらいなら倒せますし、屋根裏にいる人も倒せますよ」
ガタンと上から音がなる。思わず動いてしまったのだろう。ルルリール様は驚いた表情をしている。先程からずっと話を聞かれていたのだ。余程ここの親も親馬鹿らしく、二人も裏の者を付けていた。光の精霊が伝えてくれたので分かったがそうでなければ知らないままだっただろう。上の二人には可哀想なことだが俺には盗聴は今を成さない。精霊とは言葉を解さずとも意志疎通できるのだ。
「お父様ね。前から廊下を歩けば貴族の子息と会わないと思ってたけれど、彼らが処理していたのかしら」
「恐らくは。セバスと同じく国王陛下も親馬鹿らしいですね」
「ライナス、あまり言わないで。恥ずかしいわ」
少し顔を赤くして恥ずかしがるルルリール様が可愛いと思ったのは俺だけではないだろう。魅力溢れるその姿はまさに天使と言える。誰もがこの人に魅力されるのも納得のいく話だ。俺も少しばかり顔を赤くしている自覚がある。可愛すぎるというのも罪だなと思った瞬間であった。
「ま、まぁともかく私の心配はご無用ですよ。これでも武のメナード家の息子ですからね」
「じゃあお願いするわね。楽しみにしているわ」
「はい。ご期待ください。必ずやいいものが見れるでしょう」
嬉しそうに笑うルルリール様を見て、俺は約束をして良かったと思った。その後も雑談をしながら兵士が来るまでルルリール様と話していたのだった。