アーミーアントの出現
姫様と友達になった翌日、俺はベッドから起きて昨日のことを思い出していた。初めはなにを話せばいいか分からなかったが自然と打ち解けることができて良かった。光の精霊曰く、俺の伴侶になり得る者だと言っているがそれは精霊の王としての伴侶の話だと理解している。それは俺が死んで真の精霊の王になってからも一緒にいることができる存在ということなのだろう。あのような人と共に一緒に入れれば望外の望みという者だが相手がそれを望んでいないようでは意味がない。今は俺からアクションを起こすことはないがいずれは決めないといけない。
そんな姫様の会話の途中で姫様の中から精霊の力を感知した。加護を使ったせいで精霊の力をより身近に感じ取れるようになった俺は目を見開いて驚いたものだ。姫様にお願いして手を貸してもらうと案の定、姫様の中には精霊がいた。会話をしてみると時の精霊がどこかへと行ってしまった為に姫様と話せないと言っている。肝心の時の精霊もどこにいるのか分からないので空間の精霊も困っているようだ。二人で一つの珍しい精霊だがそれを言うと光の精霊と闇の精霊もそうなので意外と身近に存在していることに気付いたりもした。
精霊のことについて話した後は軽く雑談をして部屋を出た。何度かヒヤッとなるほどに近付いてきたがあれは遊ばれていたのだろう。如何せん美少女に耐性のない俺からすると姫様はとてもじゃないが直視できないのだ。綺麗すぎるというのも考え物だなと思った瞬間であった。目が泳いでいてさぞ面白かっただろうと自分でも思う。楽しそうに笑っていたのを見れたので不問にしておいた。そもそも俺がどうこう言える立場でもないのだが。
「しかし、失敗だったかなぁ」
俺は国王陛下に二つの褒美を強請った。一つは王女殿下と友達になりたいということ、光の精霊がうるさいので仕方なく望んだのだ。姫様には理由を言ったがこっちの方が本音だ。まぁ俺も美少女と話したいという下心はなかったかと言えばあると言えるのだが。
二つ目は王都での商業の権利書だ。メナード家は唯一商会を持たない、あるいは懇意の商会がいない貴族だ。というのも、国からその武力を宛にされているせいもあり、大目の金が入ってくるからだ。もちろん、馴染みの商会というのはあるが懇意というほどでもない。いずれは俺が当主となるのだから今のうちに作ってしまおうという考えだ。もっとも俺にあまりその気はないし、今の時点ではなれる可能性は限りなく低いのだが。
国王陛下はさぞ俺の考えに感心していたが本音のところは自由にできる金を増やしたいだけだ。今の俺はやることがない、というのが本音なのだ。そこで商売でもして金を稼ごうと思い立っただけ。単なる思い付きの素人考えなのだ。賢いわけではない。
そんな訳で目の前の手にある王都での商業権利書に悩んでいるのだ。
「う~ん。使わないと申し訳ないしなぁ。ぼちぼちやってくしかないか」
「お坊ちゃま、そろそろ帰りますよ」
「ああ、分かった」
そう言えば、バルドスは連れてこなかったのだなと今更ながら思う。あんな奴を連れてきたらややこしくなるので賢い判断としか言えない。姫様に懸想するに違いない。あの美貌なら姫様へ数々の縁談が舞い込んでいる事だろう。俺も人のことは言えないが縁談とは面倒な話だ。俺はセバスに連れられて、王城を出た。
「セバス、姫様とは話せたのか?」
「はい。お坊ちゃまの話をしてらっしゃいましたね。いつの間にやら友達になったので?」
「ああ、陛下にお願いして友達になったんだ。理由はまぁ、秘密だ。姫様以外は誰にも話していないからな俺の力は」
「そうですか。……お坊ちゃまも王女殿下を?」
「悪いが今は考えたくないな。綺麗な人だとは認めるが俺よりももっといい男が相応しいはずだ。最もいるかどうかは分からないがな」
「左様ですか。お坊ちゃまはどこか違うところを見ていらっしゃいますね。どこか貴族とは違う考え方を持っているような感じですな」
「そうだな。料理ができて、自身で財産を気付けるくらいの器量持ちがいたら教えてくれ。すぐにでも結婚してやるさ」
「些か理想が高いように思えますが旦那様に言っておきましょう」
馬車へと辿り着いた俺は父上の乗っている馬車へと乗る。セバスは御者だ。こんなに少人数で移動する貴族はメナード家くらいだ。護衛すら必要ないというのも面白い貴族だと俺は思っている。武に自信があるからこそできる芸当なのだから。
「ライナスか。王女殿下とはうまくいきそうか?」
「ん? ええまぁ。少しばかり一人でいすぎたせいか、孤高の花といったイメージがありますが話していけばいい友達になれるでしょう」
「……お前は王女殿下に興味があると思っていたが違うのか?」
父上は動き出した馬車の中でそう問う。どうやら父上は勘違いしていたらしい。俺がそんな野心家ならとっくの昔に家を乗っ取っているさ、と言いたい。そもそも俺はめんどくさがりなのだ。何が欲しくて姫様とわざわざ縁繋ぎにいかないといけないのか。力のことを隠しているので明確に言う訳にはいかないがとりあえず否定しておこう。
「違いますよ。私の力の関係で少し興味を持っただけです。誰もが忘れているようでしたが姫様も魔力なしですからね」
「そう言えばそうだったな。これで少しは王女殿下の風当たりも和らげばいいが」
「そう簡単にはいかないでしょうね。姫様には力がありませんから」
そう、姫様には魔力はない。俺と同じ魔力なし。決定的に違うのは俺に力があり、姫様にはないという点だ。俺の力を貸してあげられればいいのだがそう言う訳にはいかない。何とかして時の精霊を見つけられれば姫様も力を持つことができるのだがそううまくいくはずもなかった。精霊と契約できる器があるのに肝心の精霊がいないのだからできないのだ。
その後も軽く雑談をしつつ、馬車は進んでいく。父上と話すことはあまりないので何を離せばいいか分からなかったが父上が話題を提供してくれたので問題なく話すことができた。その代わり、城での事が大半であったのが残念なところだが。
そんな中、突如悲鳴が響き渡り、それが徐々に大きくなっていった。何事かと思っている。御者席から窓を開けたセバスが叫ぶように言う。
「旦那様! 魔物です! アーミーアントのようですぞ!」
「分かった。ライナスは自分の判断で来なさい」
これは俺の力を晒すか晒さないか選ばせてくれるということか。だが、迷って失敗したばかりの俺からすると迷うまでもなく、力を振るう決意をした。槍があれば俺も戦えるのだ。
「行きましょう、父上」
「分かった」
馬車を出て、悲鳴の上がった方を見ると数体のアーミーアントが穴を守るように展開している。父上はそれを見ると身体強化をしてから一気に距離を詰めて剣を薙ぎ払った、
アーミーの頭が横に避ける。そこからあっという間に父上が片づけてしまった。どうやら俺の出番はなさそうだと思い、槍を収めた。
「父上、穴の中の様子はどうですか?」
「…………………」
「父上?」
「ああ、どうやら巣がこの王都に繋がったらしい。どうやって埋め立てようかと思ってな」
「土の魔法を使える者を総動員して土を生成して埋め立てばいいのでは?」
「それしかないか。ライナス、王城に戻るぞ」
「分かりました」
どうやら一筋縄ではいかないらしい。ゴブリンエンペラーという厄介事の後にこの様だ。俺はどうやら事件に巻き込まれる体質になってしまったようだ。前途多難な人生に俺は辟易しつつもこれから起こるアーミーアント討伐戦に向けて自分はならどうするかを考えるのであった。