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幻想鍼医  作者: ジーン
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第七話 新たな始まり

 何もないだだっ広い空間の中で誠一郎は空を見上げていた。

黒く厚い雲がはじけたように消えていく。

透き通るような青い空が広がっていく。

風を感じることはない。

しかし、何か耳障りな音が誠一郎の耳の中に響いていた。

音源を探すが石ころ一つ落ちていない。

視界が歪んでいく。

そして暗転した。

目を開けると白い天井が見えた。

誠一郎は状況を整理しようと頭を回転させた。

すぐにベッドの上に寝ていることに気付いた。

鳴っていた耳障りな音は目覚まし時計の音だった。

はっとして時計を確認する。

時計の針は午前八時を指していた。

体を起こして目覚まし時計を止める。

体を起こした瞬間めまいと頭痛に見舞われた。

完全に二日酔いだ。昨日の夜のことは何とか思い出せる。

千鳥足で帰ってきて倒れる様にベッドに入ったところまで覚えている。

ふらふらとシャワーを浴びに行く。

今日からいよいよ双雲鍼灸院での業務が始まるというのに、こんな状態ではだめだとシャワーを浴びながら自分の頬を張った。

シャワーを浴び終えると包装を破り取り出した新品の青いスクラブを着て、黒いズボンをはいた。

これが双雲鍼灸院のユニフォームだ。

荷物を小さなリュックサックに詰めながら、冷蔵庫に入れておいたウィダーインゼリーを胃に押し込む。

歯を磨き、身だしなみを整える。

もうすぐ八時半になる。双雲鍼灸院の診療は九時から始まる。

南雲は九時前に来てくれたらいいと誠一郎に伝えていた。

初日から遅刻するわけにはいかない。

誠一郎は部屋を飛び出した。

アパートの前に止めてある黄色いマウンテンバイクに飛び乗り、勢いよくこぎ出した。

春とはいえ、朝の空気は自転車を漕ぐ誠一郎には冷たかった。

シャワーを浴びたおかげで、起きてすぐの時にはもやがかかったようになっていた頭の中はすっきりしていた。

 数分のうちに双雲鍼灸院の前についた。

しかし、誠一郎は愕然とした。

まだ九時には二十分はゆうにあるというのに、すでに鍼灸院には患者の出入りがあった。

思わず誠一郎は腕時計を確認したが、時間は間違っていない。

道に面した部分がガラス張りで外から中の様子がわかる待合室には、数人の患者さんが座り談笑している。

誠一郎はもう一度恐る恐る腕時計を確認した。

間違いなく南雲に伝えられた集合時間には二十分ほどある。

早く来た患者さんを待合で待たせているのだろうかと考えながら誠一郎は入り口のドアを開けた。

高く澄んだベルの音が響く。

談笑していた患者さんの目線が一斉に誠一郎に向けられる。


「南雲先生。新しい先生が来てくれたよ」


 おそらく八十代ぐらいの女性が待合室の奥にある診療室に向かってそう言った。

間髪入れず、おそらく治療を終えた患者と思われる高齢の女性を誘導しながら南雲が姿を現した。


「おはよう誠一郎君」


 南雲はさわやかな笑顔を誠一郎に向けた。


「早かったね」


 患者の会計に対応しながらも南雲が言った。


「いえ、遅くなってすいませんでした。診療時間は九時だと勘違いしてました」


「勘違いじゃないよ」


 南雲の答えに誠一郎は素っ頓狂な声を出した。


「本当は九時からなんだけど私たちが早く来ちゃうから南雲先生と東雲先生は私たちに合わせて早くから治療してくれてるんだよ」


 先ほどの老人が柔らかい笑顔でそう言った。


「それなのに、朝は患者さん少ないからこんなに長居しちゃってね。ごめんね南雲先生」


 今度は違う女性がそう言った。


「いいんですよ。僕らも好きで来てるわけですから」


 南雲は笑顔でそう返した。

誠一郎は南雲に促され、荷物を置くために奥の従業員用の部屋へ向かった。

その途中治療室を通った。

五台のベッドが横一列に並び、それぞれがカーテンで仕切れるようになっている。

奥から二つ目のベッドだけがカーテンで覆われていた。

おそらく東雲が施術中なのだろう。

治療室の一番奥の扉を開けると事務室のような部屋があった。

事務机が四台向かい合わせで並べられている。

それぞれの机の上にノートパソコンが置いてある。

誠一郎は一番手前の机の上に自分の名札が置いてあるのを見つけた。

椅子を引き、荷物を椅子の上に置き、名札を胸につけた。

治療室に戻ると南雲が待合室から手招きしていた。

足早に南雲のもとへ向かう。


「午前中は受付をお願い」


 待合室にある受付のカウンターを指さしながら南雲が言った。


「やることは簡単だから。患者さんから診察券もらって担当を聞いて、棚からカルテを出したら僕たちに渡して。診療が終わったら患者さんのカルテを戻して、予約確認して会計。これが大体の流れ。イレギュラーがあったら呼んでくれたらいいよ」


 南雲はそう言った後、受付周りのものの使い方を足早に説明した。

誠一郎は精一杯メモを取り、頭の中に叩き込んだ。

ひと通りのレクチャーが済むと、南雲は次の患者さんを呼び、治療室へ姿を消していった。

誠一郎は受付の椅子に座り、今教わったことを再度確認し、シミュレーションしてみた。

もうすぐ九時になる。

いよいよ誠一郎の双雲鍼灸院での生活が始まる。

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