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幻想鍼医  作者: ジーン
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第六話 鍼器

 アルコールのせいで頭の中は考えがまとまらず、あっちにこっちに考えが飛んでいた。


「そう言えば、意念空間の景色ってみんな違うんですか?」


 誠一郎はふと浮かんだ疑問をそのまま口にしていた。


「これが不思議なことに全員一緒なんだ」


 いったい何杯目のジョッキかわからなくなってしまったが、新しく運ばれてきたジョッキに東雲が口をつける。


「イメージなのにですか?」


 誠一郎の疑問はもっともだった。

人のイメージであれば、思い浮かべる人それぞれの景色があって当然だろう。

しかし、意念空間の場合はそうではないようだ。


「その辺に関してはまだよくわかってないんだけど、一応仮説があるんだ。誠一郎君は黄帝内経読んだことある?」


 南雲の問いに誠一郎はかぶりを振った。

恥ずかしながら、大学時代、手に取ったことはあったが、その分厚さと、文字の多さに断念した。


「素問と霊枢があるのは知ってる?」


 今度の問いには肯定の反応を示す。


 鍼灸を含む中国発祥の医学を中医学と呼ぶが、黄帝内経とはその中医学の古典の中で最も古いものである。

素問と霊枢という二種類の書物からなり、前漢の末期から、後漢の初期の間にできたものだと言われている。

今から二千年以上前の書物だ。

素問と霊枢はそれぞれ、中医学の基本的な理論である陰陽論と五行説に則った医学理論が書かれている。

どちらかというと霊枢の方が鍼の臨床について書かれているため、鍼の経典とされ「鍼経」とも呼ばれる。

素問と霊枢はそれぞれ八十一の篇からなっている。


「霊枢の最初の篇は九針十二原篇っていうんだけど、そこに、鍼で治療するときに一番大事なのは気が至ることで、気が至って初めて効果があったと言える。この効果を例えると風が雲を吹き払った後に青空が現れるようであるという文章が出てくるんだ。意念空間はこの原則に則っていると言われているんだ」


 確かに意念空間で元道を助けたとき黒雲が晴れ青空が広がっていた。

とても高い治療効果を得られた場合、必ず雲が晴れると南雲は続けた。


「青空が見える様になるためには治療を成功させなければならないわけだけど、そこで重要になるのは気が至るというものだ。気を得ると言い換えてもいい」


「得気ってやつですか?」


 誠一郎の言葉にその通りと南雲は笑顔で返した。


「意念空間に入れない奴らは得気のことを難しい言葉で説明しようとしているが、僕たちの言葉で言えば、邪気に有効打を与えるってことだ」


 僕たちの言葉というのは意念空間の中においての話だろう。


「意念空間ではどうやって戦うんですか?」


「当然武器だよ」


 南雲は箸を顔の前で振って見せた。


「武器ってどうやって持ち込むんですか?」


 誠一郎の素朴な疑問に南雲と東雲はそろって笑った。


「誠一郎君は純粋だね」


 白い歯をのぞかせながら言った。

東雲は額に手を当て声をあげて笑っている。


「僕らの職業はそんな野蛮なものじゃないよ。武器なんか持って患者さんの前に立ったら患者さんがびっくりするでしょ?」


 水だと見破られた飲み物を南雲が口に運ぶ。


「意念空間はイメージを具現化するんだ。武器もそうやって出すんだよ」


 東雲が笑い混じりにそう言った。

武器と言われて誠一郎が真っ先に思い浮かんだのは剣だった。


「武器ってなんでもいいんですか?」


 誠一郎は酔っていることも忘れ、身を乗り出し真剣な表情で聞いた。


「まぁ、何でもいいんだけど、初心者はだいたい決められた武器を持つね。パイルバンカーって知ってる?」


「知らないです」


 誠一郎は首をひねった。


「もともとはアニメかなんかに出てきた武器なんだけど、簡単にいうと杭を打ち込む武器のことだよ。パイルドライバーっていう工事用の機械がもとになってるんだけどね」


 南雲はスマートフォンを操作しながら言った。

誠一郎はいまいちイメージが出来なかった。


「鍼を打つというイメージとパイルバンカーで敵に杭を打ち込むイメージが似ているから三皇五帝の徒弟制度では最初の武器として推奨されているんだ。業界では鍼灸師が使う武器のことを鍼器と呼んでいるよ。名前がバラバラだと面倒だからね」


 そう言って南雲がスマートフォンの画面を誠一郎に見せた。

画面には大きな盾が映っている。

その盾よりも長い大きな杭が目を引く、打ち込むだけではなく、撃ち出すために予備の杭が数本、少しずれた位置に備え付けられている。


「このイメージを脳裏に焼き付けるんだ。これから治療に欠かせないものになるからね。ベースがこれなら好きにアレンジしていいよ」


 そう言って南雲はスマートフォンをしまった。

誠一郎はわくわくする気持ちを抑えきれなかった。

彼も一人の男として生まれてきたわけだから、人並みに冒険には興味があった。

それが自分の目指していた職業の中で体験できるのだ。

これほどうれしいことはない。


「ひとつ勘違いしてはいけないことがある」


 もう山のように積まれた灰皿の灰の上に吸い終わった煙草を押し付けながら東雲が言った。

緩んでいた誠一郎の口がきゅっと結ばれる。


「鍼器を持ったからといって、絶対に治療効果があるとは限らないってことさ。鍼力が必要なんだ」


「鍼力ってのは、患者さんの病能を正確に判断する技術、効果的な経穴を導き出す理論、正確に得気を得ることのできる刺鍼技術とかを合わせた、いわば鍼灸師の総合力みたいなものだね」


 東雲の言葉に南雲が付け足した。

その言葉を聞いて誠一郎の浮かれていた気持ちは引き締まった。

やらなければいけないことはたくさんある。

それを見透かしたように南雲が


「まぁ、学ぶことはたくさんあるけど、明日から僕らの治療をしっかりと見て、一つずつ学べばいいよ」


と言って水の入ったグラスを口に運んだ。

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