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幻想鍼医  作者: ジーン
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第四話 挨拶

 卒業式から一日たち、誠一郎は自分が今日から住み込むアパートの前にいた。

白を基調とした小奇麗なアパートだ。

二階建ての建物に、各階に窓が四つずつある。

バルコニー付きだ。築二十年と聞いていたが、まったくそうは見えない。

窓は全室南向き、5.5畳のダイニング・キッチンに七畳の洋室がついている。

ユニットバスであることを除けば一人暮らしの誠一郎には文句ひとつない。

彼の部屋は二階の奥から三番目の部屋だ。

正面に回り、一応ポストを確認する。

針崎という札がつけられたポストがある。

中身は空っぽだった。

どうやら双雲鍼灸院の従業員以外は住んでいないようだ。

今のところ誠一郎を合わせて三人がこのアパートに住んでいる。

誠一郎は自分の部屋の前まで行き部屋の鍵を開けて中に入った。


「ただいま~」


 誰もいるはずのない部屋に向かい誠一郎は小声で言った。

キッチンの向こうに洋室が見える。

まだカーテンのかかってない窓からは向かいのアパートが見える。

持っていたリュックサックを玄関に降ろし、洋室へ向かう。段ボールが積まれている分、下見に来たときより狭く感じる。

しかし、誠一郎は満足していた。

ここから新たな生活が始まるのだ。

ふと、誠一郎はリュックサックのもとへ戻った。

リュックサックの中から二つの包みを取り出した。

それを持って部屋の外に出た。

まずは隣の部屋のチャイムを鳴らす。

中から返事があり、ほどなくしてドアが開いた。

あくびをしながら南雲が顔を出した。

相変わらず髪の毛はぼさぼさのままだ。

それどころかTシャツにパンツという何ともだらしがない姿だ。

今日が日曜日という事もあり寝ていたのかもしれない。

もう昼下がりだが。

それよりも、まだ三月の末だというのに寒くないのだろうか。


「誠一郎くんじゃないか。どうしたの」


Tシャツの中に手を入れてお腹をかきながら気だるそうに南雲が言った。


「引っ越しのあいさつに来ました。今日からよろしくお願いします。これ、引っ越しそばです」


 誠一郎はそう言って頭を下げた後に、包みを一つ差し出した。


「ありがとう。ちょうどよかった。お昼ご飯にするよ。あ、そうだ。今日時間ある? ていうか、空けといて。また連絡するから」


 そう言うと、誠一郎の返事も待たず南雲は部屋の中へと消えて行った。

呆気にとられた誠一郎を残してドアが閉まる。

気を取り直して一番奥のドアの前まで来た。

一つ大きな息を着いた。

少し緊張しているのかもしれない。

表札には東雲と書かれている。

誠一郎が東雲と会うのは今日が初めてだ。

もし、さっきの南雲のような無防備な姿で出てこられたらどうしようかと一瞬思った。

ごくりと喉を鳴らした後、意を決してチャイムを鳴らした。

女性の声がした。

スリッパの音が聞こえる。

がちゃりと音がしてドアが開いた。誠一郎は思わず用意していた言葉を失ってしまった。

南雲とは対照的な絹のような真っ直ぐな黒髪、通った鼻筋、整った顔立ちが目を引く。

白いTシャツにホットパンツ、そこから伸びる足から、目をそらさずにはいられなかった。

期待を全く裏切らなかった。

南雲といい東雲といい寒さを感じないのだろうか。

露出された白い手足に鳥肌は立っていないことを考えれば、強靭な肉体の持ち主なのかもしれない。

それ以上に印象的なのはその身長の高さだ。

170㎝はゆうに超えている。誠一郎と同じか少し高いくらいだ。

気の強そうな顔つきとあいまって、誠一郎は完全に気圧されてしまった。

いつまでたっても誠一郎が何も言わないので、東雲は不審そうに眉間にしわを寄せた。


「す、すいません。今日からお世話になる針崎誠一郎です。よろしくお願いします」


 誠一郎はお辞儀した勢いのまま引っ越しそばの包みを突き出した。

少し無言の間があって、東雲は声をあげて笑い出した。

直角にお辞儀したまま誠一郎は顔が熱くなるのを感じた。


「そ、そばです……」


 消え入りそうな声で誠一郎が言った。


「ごめんね。南雲から聞いてたよ。よろしく」


 東雲は涙を拭きながら引っ越しそばを受け取った。

少しハスキーな声だった。

「そう言えば今日の夜のこと聞いた?」


 さっき南雲が言っていたことだろうか。

誠一郎は首を傾げた。

すると東雲は額に手を当て深くため息をついた。


「あいつ、言ってないのかい。今日の夜三人で食事に行こうって言ってたんだよ。要は、あんたの歓迎会ってわけさ」

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