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幻想鍼医  作者: ジーン
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第十七話  一件落着

 治療ブースの方へ戻ってみると、東雲は意味もなくワゴンの上の道具をいじくっていた。

誠一郎が声をかけると、予想以上に彼女は驚き、金属製のワゴンに金属製のシャーレが落ち大きな音を響かせた。

珍しく取り乱し、おろおろとしているように見える。

彼女は夏梨を泣かせてしまったことに相当責任を感じているのだろう。

東雲が拾うよりも早く、夏梨がシャーレを拾い上げて渡した。

差し出されたシャーレを受け取る東雲の表情は驚きに満ちていた。

はたから見ればどちらが怒られたのかわからないくらいだった。

シャーレを渡し終えると夏梨は深々と頭を下げた。


「さっきは取り乱してすいませんでした。こんな私ですが、これからもご指導お願いします」


 頭を下げたまま、彼女はそう言った。

言い終えても彼女は頭をあげない。

返答が来るまで顔を上げないつもりだ。


「頭を上げてくれ、私も言い方が悪かったし、やり方も良くなかったと思う。私でよければなんでも教えるよ」


「お願いします」


 夏梨はもう一度頭を下げた。

一応一件落着という事で誠一郎はほっと胸をなでおろした。

家族の問題という個人的な問題はなかなか解決されていないがそれは今回の解決することはないだろう。


「あの、早速なんですけど、あの幻影という手技はどのようにやったんですか?」


 夏梨は頭を上げそう言った。

幻影については誠一郎も気になっていた。

意念空間の中とはいえ、身の丈程あった黄金の棒を東雲は消して見せた。

さらには邪気をすり抜けた。

その瞬間何が起こっていたのか、夏梨も誠一郎も理解することはできていなかった。


「別に難しいことはないよ」


 そう言うと東雲はポケットから治療に使った金の鍉鍼を取り出した。

すらりと伸びる東雲の中指より少し長い。

7~8㎝と言ったところだ。

彼女は一度掌に鍉鍼を乗せて誠一郎たちに見せた。

そしておもむろに両手を合わせた。

次に手を開くと、鍉鍼は忽然と消えていた。

誠一郎と夏梨は目を白黒させ、驚きのあまり絶句した。

東雲は手を返したりして見せたが、どこにも鍉鍼は見当たらない。


「腕を出してみな」


 東雲に促されるままに誠一郎と夏梨は右腕を東雲の前に出した。

出された腕を東雲が右手で撫でた。

ここでさらに誠一郎たちは驚愕することになる。

なんと鍉鍼でこすられている感覚があったのだ。

思わず二人は東雲の手を覗き込んだ。

しかし、そこに鍉鍼は無かった。

少し得意げに笑みを浮かべながら東雲は再び両手を合わせた。

そして開くと今まで無かった鍉鍼がそこにはあった。


「これ簡単じゃないですよ」


 誠一郎はプロ並みのマジックを見た後、率直な感想を漏らした。


「練習すればできる様になるさ。最初からここまでできなくてもいいんだよ。大事なのは患者さんの意識から鍼というものを消し去ることなんだよ」


 東雲が言いたかったのは患者の前で手品をして患者を楽しませろという事ではなく、鍼を怖がる患者に鍼を見せるなという事だ。

先ほど夏梨が治療に失敗した患者は鍼を極度に怖がる患者であったが、夏梨はその目の前で鍼を刺そうとしてしまった。

それに対し、東雲は鍉鍼を選択し、さらには患者の目の前から消し去ったのだ。

そのうえで、優しく声をかけ、撫でる様に鍉鍼で治療していたのだ。

これが東雲の幻影と呼ばれる治療の正体だ。

種がわかれば鍼を患者の目に見えないように治療していたというごく単純なことだが、東雲は絶対に患者の目に鍼が触れないように完璧な技を持っていた。

種がわかったところで簡単に真似できるものでもない。


「今から教えてください」


「あぁ、もちろん」


 そう答えた東雲の表情はいつも通りの凛々しいものだった。

それから、レッスンが始まった。

誠一郎はそっとその場をあとにした。

ブースから通路に出ると事務室のドアの隙間から南雲が手招きをしていた。

その誘いのままに誠一郎は事務室へと入った。


「どうやら、何とかなったみたいだね」


 自分の席に座り頬杖をついて、珍しく曇った表情で南雲はため息をついた。


「お互い取り乱してましたね」


 誠一郎は後ろ手に扉を閉めた。


「あの二人似てると思わない?」


 南雲の顔に笑顔が戻った。

しかし、どこか表情に影がある。

軽口をたたいていても東雲と夏梨に対する不安がぬぐい切れていない証拠だろう。


「自分を強く見せようとしているのかわからないけど、二人とも強気にふるまってるわりにもろいというか」


 物思いにふけるように南雲の視線が宙を漂う。

昔を思い出すような表情に、東雲との付き合いの長さが見て取れる。


「そう言えば、夏梨は怜子さんの事を尊敬してるって言ってましたよ。技術面でですけど」


「そっか、まぁ、自分の望まない弟子入りだったとしても、そこを尊敬できているならいいんじゃないかな」


 南雲がそう言った後、しばし沈黙が流れた。

しばらくして、誠一郎が言いにくそうに口を開いた。


「あの二人の仲を良くすることはできないんですか?」


 南雲は口を堅く結び唸った。


「何故怜子と正志の間で愛が無いのに婚約が交わされたのか、正直僕も詳しいことはわからないんだ。おそらく、無理やり弟子にされたという事よりも、兄の婚約という事の方が大きく影響していると思う。何か結婚の条件があったはずだ。あの怜子が人と結婚するなんて何かまずい情報でも握られているとしか思えないね」


 最後の一文が誠一郎の不安を荒立てた。

もし南雲の憶測が真実だとすれば、一筋縄ではいかない。


「まぁ、ここでいくら話していてもわからない問題だよ。とりあえず今日は一件落着ってことでいいじゃないか」


 南雲は机をぽんと叩き立ち上がると、冗談っぽく笑いながらそう言った。

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