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幻想鍼医  作者: ジーン
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第十話 破邪顕正

「大家さんお待たせ。もう一回鍼させてもらうね」


「あぁ、痛みが楽になるなら何回でも刺してくれ」


 玉枝は身動き一つとれずにいた。

南雲は鍼を手に取らず、露出している腰とお尻に触れていった。

お尻の外側、ちょうど太腿の付け根のあたりで南雲の手が止まった。

南雲が誠一郎に手招きをして、同じところを触るように言った。

その一部分だけが氷のように冷たい。

周りの部分もひんやりとしているが、南雲が示しただいたい五百円玉大の部分のみが、他の部分と比べて明らかに冷たかった。

さらに、少しくぼんでいるように思う。


「そこに寒邪がいる。それを見つけ出せなければいくら意念空間に入っても邪気に出会う事は出来ないんだ」


 南雲はワゴンの上で治療の準備をしながら言った。

小分けされたパックから三本の鍼を用意する。


「それじゃあやってみようか」


 南雲のその言葉を合図にしたかのように目の前にもやがかかった。

邪気を取り逃がしてしまった意念空間に誠一郎は舞い戻ってきた。

誠一郎たちをめがける様に風が吹き付けている。

今回は南雲の後ろに立っている。

さらに先ほどと違う事は目の前に大きな化け物がいることだ。

首が短く、肩幅が異常に広く、胸板が厚い。

白い剛毛が体を覆い、足よりも腕が太い。

頑丈そうな歯の間から白く荒い息が漏れている。

身長は180㎝を超える南雲の二倍はありそうだ。

圧倒的な威圧感の前に、誠一郎は一歩後ずさった。

これが邪気かと唾を飲み込む。

対照的に南雲は力強く一歩踏み出した。

大気が震えたように感じる。


「恐れるな誠一郎君。そう言う気持ちでは治療に意念が通じない。患者さんもその不安を感じ取るし、邪気はその気持ちに漬け込み意念をはじいてしまう。だから、自分の治療には絶対的な自信を持つんだ。見せかけでもいい。技術や知識ではなく、治療に自信を持つんだ」


 いつの間にか南雲の手には三本の長い杭が握られている。

誠一郎は南雲の背中が大きく見えた。

邪気は大きく口を開け、耳を貫かんばかりに吠えた。


「さて、今回の邪気は何だったかな?」


「寒邪です」


 南雲は邪気へ向かい歩を進めていく。


「その通り。今回のはとても単純な寒邪だ。今からその治療を見せるからしっかり見ておいて。斉刺を使うから」


 斉刺とは三本の鍼を用いて、一本をまっすぐ、残り二本を最初に刺した鍼の傍らに斜めに刺す刺法である。

寒邪による滞って痛むものに用いる。


 ついに邪気のリーチの中へ南雲が入った。

南雲と邪気はお互いに相手の出方を窺うように一瞬動きを止めた。

先に仕掛けたのは邪気の方だった。

地面を這うような拳が南雲めがけ迫る。

南雲は体をひねり拳を避けた。

間髪入れず邪気の拳が振り下ろされる。

迷うことなく南雲は前進した。

一気に邪気の懐に入る。

そして一本目の杭を邪気の体幹の中心へ突き刺した。

その一撃で勝負はほぼ決していた。

邪気は苦悶の声を漏らし、体をくねらせた。

二本目の杭が一本目の杭の側へ斜めに突き刺さる。

邪気は歯を食いしばり、抵抗の色をその目に見せた。

しかし、それだけだった。

返す刀で南雲が放った三本目の矢は有無を言わさず邪気の身体に突き立てられた。

ちょうど鶏の足のように芸術的に伸びる三本の杭はその先端が交わるように計算されていた。

圧倒的な速さと正確さの前に誠一郎は口を開け呆然と南雲の治療を見ていた。


「破邪顕正」


 南雲がそう言うと、邪気は苦しそうな雄叫びを邪気が挙げ、鍼器共々光に包まれ、次の瞬間邪気は粉々に飛散し消えた。

それと同時に空を覆っていた黒雲が弾けたように晴れ、青空が広がった。

治療が成功したことを示している。

誠一郎が大きな息を一つ着くのと同時に目の前にもやが広がり、南雲の意識は双雲鍼灸院の治療室へと戻った。

目の前には変わらず玉枝が横になっている。


「大家さん終わったよ」


 治療器具の乗ったワゴンを動かしながら南雲がそう声をかけた。

誠一郎はまた開いた口が塞がらなかった。

何事もなかったかのように玉枝はベッドから起き立ち上がったのだ。


「効いたよ。ありがとう」


 そう言い残すと、先ほどまで痛みで呻いていたとは思えないほど平然と歩いて治療室を出て行った。

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