#8【向いて来た運はいつだって貴重なものだったりする】
私が谷川のことであれやこれやと走り回っていた間。涙たちのほうでも大きな進展があったみたいだった。
なんとなんと、由依君の説得。どうやら仲間に入ってくれたみたいで、東先輩がむくれていた。聞くところによると、由依君はかなりの頑固者らしい。けど、やはり涙のしつこさにかなうものはいなかった、のだと。そりゃそうだよな。涙にかなうやつなんているわけない。目にみえるような強さはないものの、涙には有無を言わせないような雰囲気がある。涙にかなうやつがいたとしたら、それはリアルでアンパ○チ出来るくらいの人物だと確信している。さすがにアン○ンチは出せない由依君だけど、パソコンが関わってくると、涙がしつこく説得し続けた理由が明確になってくる。
由依君は図書室に一つパソコンを持ってこさせ、テレビ電話をつなげさせた。これで、由依君が会議に参加できるようになったわけだ。画面の中の由依君は、引きこもりのお手本のように細くて色白だったけれど、綺麗な顏をした男の子だった。
「青い髪したプリティー電脳ガールみたいだね」
私が感心していうと、案の定、意味は通じたようで、「え。そうかな」と困ったように首をかしげていた。
ちなみに今は絶賛会議中。とはいっても、みーんなグダグダしてるし、実際は私と東先輩の為の報告会&由依君お披露目会だったりする。
「しぃ。由依との顔合わせも済んだんだから、そろそろほーこくしてー。今までサボった分」
「はいはいはい」
「はいは一回ぃー」
「分かったってば。えーっと。谷川は夏休みが終わるまで学校にはきません」
「オレのおかげ」
東先輩が口笛を吹く。
「オレたちの、です」
「めんごぅ」
先輩を速やかにスルーして、一部始終の経緯を説明する。少し長くなったけれど、省くのもアレなので、できる限り細かく。涙がそう命令したのに、言った本人が一番聞いていなかった。全部話し終え、眠そうにあくびしていた涙を軽く小突いたら、「以上」と言って席に座る。
「しぃセンパイかっちょえー」
相良君はつねってやった。
「とぉーにっかく!谷川が居なくなってくれたんで、動きを少し拡大しまぁーす」
いつの間にか眠気から覚めた涙が「はーい」っと手を挙げて言い放った。細い足が楽しそうにぶらぶらと揺れる。もう、受付机の上は涙のベストポジションだ。
「たとえば…なんです?」
兎野ちゃんが小さな声で聞いた。
「まず、裏門から一番近い第二倉庫をボクらのモノにする。そのためにはまず鍵だね。
司書くん、職員室では誰が鍵を管理してる?」
第二倉庫は倉庫の中で、一番使われていない倉庫である。
「えーとねぇ。第二倉庫の鍵は確か…。うん。他の教室の鍵と同じように、倉庫の鍵、の一括りで束ねて職員室にあるよ」
司書くんはある意味、学校の用務員的な存在だから、職員室のことも良く知っている。
「あ。しかも倉庫の管理は谷川先生だ」
「ほんと…?」
貝塚くんが瞳を真ん丸にして問う。私も信じられない。こんなラッキー、あってたまるか。あ、いや、ちゃんと嬉しいけどさ。
「…てことは。由依。谷川の携帯、ハッキング出来るよね?」
柳君と由依君は結構気が合うみたい。…兎野ちゃんが「右…左…」とか呟きながら、熱い視線で二人(一人は電子画面の中だけど)を見つめている。一部に人にしか理解できない類のことだよね…アレ。完全に兎野ちゃんワールドだ。というか、司書くんは今日も兎野ちゃんにべったりなんだけど…聞こえてないのかな。
「できるよ?」
由依君が当たり前のように言った。あ。できちゃうのね。
「これ。谷川の携帯から校長の携帯にメールして」
柳君は手元のスマホをぱぱっと操作して、由依君の前に差し出した。
「うん」
「何々?柳、見せて?」
見せて、と言いながらも、自分からは動こうとしない涙。お疲れな様子の柳君に代わって、貝塚くんが「読むよ」と、スマホを受け取る。
「かーっ!さすが誉師匠っ!」
貝塚誉くん。誉は下の名前だ。相良君と貝塚くんはいつの間にか師弟関係を結んでいたみたい。「師匠のガンプラには寸分の狂いもない」とかなんとか。
「相良君…ちょっと黙って。えっと…このたびは大変なご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした。それから、第二倉庫の鍵なのですが、私が間違えて自宅に持ち帰ってしまいました。重ね重ねご迷惑をおかけしますが、夏休み中の第二倉庫の使用は不可能となります。ちょうど、あの倉庫を使ってふざける輩もおりましたので、使用禁止ということでお願い致します。なお、返信は不要です。…ふぅ。長いね…」
「これで倉庫…使えるです?」
兎野ちゃんが小首を傾げるけど、言いたいことは解る。いくら生活指導を担当しているといっても、谷川一人の独断で、倉庫の使用禁止とか決めちゃって良いのかな?
「それはへーき。実は谷川って、教頭の次くらいに偉いんだよ。だからおっけい!」
相良君が頭の上で大きくまるを作る。そっか。すっかり忘れてたけど、相良君と兎野ちゃんは同級生だから、敬語とか使わないのか。そりゃそうだよね。私はてっきり、相良君の「○○っす」喋りは金髪駄犬デルモとか、でっかくって黄目時々赤目の緑カエルくんみたいな、安っぽいキャラづくりだとばかり思っていたよ。
「うん。その通りだね」
「ちょっと疑ってたけど、司書くんがいうなら、そ」
うなんだね。と付け足そうとしたら、相良くんが悲鳴に近い叫び声をあげた。「え?」って顏で私をみている。
「そうだね…司書くん、凄いもんね」
貝塚くんの言葉に、二度目の「え?」。
「ま、とにかくー。使えんなら、明日にでも色々運ばなきゃネ」
今の今まで静かにしていた東先輩がなんだかやる気。どうしたんだろ。
「由依。お前は役に立たないネ。だってパソコンだし」
あー。そゆことね。どんだけ目の敵にされてるの…。可哀想な由依君。
後々涙から聞いた話しによると―――
どうやら二人と涙は幼馴染で、幼いころから常に一緒に居たのだとか。けれどある時に、由依君がYouTubeにのっけた動画が莫大な人気を博し、由依君は引きこもってネットの世界にのめり込み始めた。となると、必然的に遊ぶ時間は少なくなる。由依君大好きだった東先輩はむくれてしまい、しつこく毎日由依君の家に遊びに出かけたらしい。遊びに、といっても由依君の部屋の片隅でじぃっとしていただけだったみたいだけど。で、そんなある日、東先輩は饅頭をもって遊びに行った。由依君は二つあった饅頭のうちの一つを取って食べようとしたのだけど、東先輩はテンプレートのツンデレ。「お前に持ってきたわけじゃねーし?ばーか。ばーか」と言って由依君の饅頭を取り上げたそうな。
「別に良いじゃん。ヒカルのケチ」
由依君もまた取り返す。
「ケ…っ?おっ、お前の方がケチだ!」
今度は東先輩の手の中に。
「はぁ…?何がどうしてそうなるの?」
こうして、饅頭が二人の手を行ったり来たりすることおよそ一時間。唐突に入ってきた由依君の家の飼い猫の手によって、饅頭は姿を消してしまった。…つまり、猫が持って行ってしまったのだ。だから、対してどちらが悪い、とかはないんだけれど…。その日以来、二人の仲は険悪らしい。ちなみに涙はこの出来事には一切口出しをせず、残ったもう一つの饅頭を頬張りながら、ぽけーっと眺めていたんだと。
―――ちゃんちゃん。
いかにも、兎野ちゃんの好きそうなお話だ。
「そうだね」
おっと由依選手、東選手の嫌味を華麗に受け流したーっ!
「はぁい。そこまでっ!あと一周間だよ?理解してる?その間にやらなきゃいけないこと…たっくさんあるんだから、ね?」
ぱんぱんっと手を叩いた涙はにっこりと微笑んだ。完全なる悪魔の微笑み。勘弁してよ…もう。