#5【暇つぶしの二歩目はこれまた愉快だったりする】
「失礼しましたー」
職員室の扉を閉めると同時にガッツポーズ。それからさわやか過ぎる満面の笑み。否、さわやかどころじゃない。にやにやを堪えるため、大変おかしな顏になっているのだろう。通りすがりの生徒たちに不審な目を向けられる。それはもう、人類の天敵であるGを見るような目つきで。でもでも私は気にしナーイ。だってだってだって…っ!
土曜日の午前中、私は相良くんに電話をした。そこから、情報を聞き出してひたすらまとめる作業。案の定、相良君の情報網はバカに出来なかった。
『はー。脅しっすか』
電話越しから、相良君の感心したような声が聞こえる。
「そーなの。だからなんか使えそうな情報ない?」
『なんかって…随分と大雑把っすねぇ』
「なんでも良いから」
『んー。じゃあ、家族』
少し考えてから相良君は言った。電話越しだとなんか雰囲気変わるな。相良君。
『谷川って離婚してんすよ。つまりバツイチ』
「それだけで脅せる?」
『まぁまぁ。待って待って!Importantなのはその離婚した妻との子供。谷川の一人息子っすよ。親権争いで谷川が勝ったっていえば聞こえが良いんすけど…』
あ、良かった。いつもの相良君だ。
「へー。重要とか難しい言葉、良く使えるねぇ」
『Important』
「………」
ドヤ顔NG。いや…ドヤ声か?これは。てゆーかさぁ、みんな発音良すぎじゃね?
『え。なんか反応pleaseっす!てか!重要ってそんな難しくないっすよね?オレ何だとおもわれてんすか?』
「馬鹿…あ。いや、G…かな」
『…ごっきー?』
「G」
『…。えと…話戻っても良いすか?で、その息子なんすけど、素行の悪さで数回警察にもお世話になったりしてるんすよ。だから、まー谷川は、押し付けられた的な』
あー。
『ああでも、いつも厳重注意で済むほどのことらしいっす。で、こっからが本題なんすけど、こんどそのバカ息子がでっかい会合をやるらしいんすよ。で、その内容が…』
「内容?」
私は話を聞いてにやりと笑ってから、「やるじゃん。G」と褒めてあげた。あとはこれが谷川にとってどれだけプライドを傷つけるか、ということを探れば良い。情報だけわかっても仕方ない。本題はそれで谷川をどれだけ動かせるか、ってことなのだ。谷川のプライドの高さは心得ているから、多分簡単に聞き出せるはずだ。
「先生、これ。二年五組の風紀チェック表です。実は、加山さん保健室居っちゃって…」
本当はお願いしてやらせてもらったんだけどね。チェック表を持っていく係。加山さんは気の弱そうなうちのクラスの風紀委員で、「持っていかせて」といったら逆に感謝されてしまった。
「そこに置いておいてください」
「はい。では。…あ。あの、先生ってご結婚されていますか?」
私が問いかけると、谷川は眉を顰めた。
「何ですか、急に。していませんが」
「過去にも?」
「過去には…まぁ、一回ほど。ですが渡壁さんには関係の無いことでしょう。早く戻りなさい。子供は外で元気よく遊ぶものです」
いつもは大人の自覚を持てとか、散々言っているくせに。でも、まぁ、これはクリア。
「すいません。じゃあ、お子さんはいないのですか?」
「なんなのですか。渡壁さん」
ふーん。ごまかすのか。
「いますか?」
「はぁ…」
おーっと、また焦らす。谷川も私なんてさっさと返したいところだろうが、ここは職員室。薄っぺらい笑顔を崩さず、やんわりと私に注意をしようとする。口を開きかけたのを遮って、私は続けた。
「息子さんとか…」
谷川のこめかみがぴくりと動いた。耳にあるピアスの穴が、今日はやけに目立つ。息子もこの人の血を受け継いでああなったんじゃないかな。
「…一人いますが」
「あ!そーなんですか!ここらへんにお住まいならお尋ねしたいのですが、どこの高校にいったのですか?私もそろそろ高校が気になり始めていまして…」
「それは良い心がけですね。あいにく、私の息子は県外でして…。お役に立てそうにはありません」
お。ゲット。谷川のバカ息子の高校なんて調べ済だ。県外なんかじゃない。つまり、息子のことは触れられたくないわけだ。谷川はにっこりと微笑んで「そろそろ時間ですよ」と私を促した。私は頷いて職員室の扉に手をかける。
「私、渡辺ですからっ!」
職員室全体に響く様な大きな声でいって、最後に礼をした。谷川の顏なんて見向きもしなかったけど、慌てている空気だけでも伝わってきたので、よしとしよう。
あとは柳君にちょーっと協力してもらって…。そしたら実行のみっ!私はスキップをしながら教室にもどることにする。ちょうどぴったり、昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。