#3【静かに見える子ほど案外おそろしかったりする】
「よしっみんな集まったね」
涙があの日のように受付机に飛び乗り、足をぶらぶらさせながら言った。その表情はまるで、悪戯を仕掛ける幼い子供のように恍惚としている。何かとんでもないことを言い出しそうだよ…。
「ボクらはこの夏!学校を閉鎖するっ!」
…やっぱり。私の平和第一主義宣言が台無しだ。
「で?具体的には?」
でもこうなったら止める自信はない。早く話を進めた方が賢明だ。良く思い知っている。
「さっすが、しぃ。話が早くて助かるよ」
「別に私だけじゃないよ。ねぇ?」
「そうだね…。はぁ…。僕は何をすれば良いの?」
柳くんもため息をつきながら問う。彼が一番の苦労人だろう。東先輩は聞く必要とかなさそうだし(ていうかまた口笛吹いてるし)、兎野ちゃんは無表情なのに珍しく花をとばしているし、相良くんはウザさ全開で飛び跳ねている。さっきまでぼんやりしていた貝塚くんは「りょーかい」って頷いていて、司書くんはいつもの微笑を崩さない。
「今日から夏休みまであと三週間。その三週間が準備期間だ」
「つまり夏休みに決行ってことね?」
すぐにでも夏休みの予定を確認しなくちゃ。多分大した用事なんて無いだろうけど…。
「そゆこと」
「でも…閉鎖ってことは…閉じこもったりする訳じゃ…ないです?」
兎野ちゃんが手を挙げて聞いた。若干つまらなそうな顏をしているように見えるのは私の勘違いではなさそうだ。
「うん」
「えー。それじゃつまんないじゃないっすか」
相良くんが言葉の通り、うんとつまらなさそうに言う。みんな考えていることはおんなじだ。東先輩の口笛がピタリと止まったのだって、対して理由は変わらないと思う。
「もー。みんな勘違いしてない?ただ学校閉鎖したってなんも面白くないじゃん。ボクたちは別に学校がなくなってほしい訳じゃないし。本来輝かしくあるべき青春時代がこんなにつまんないの最悪だから、暇つぶしとしてやるんだよー?」
私たちがしようとしていることは暇つぶしだったのか。
「ちゃーんと、トラップ仕掛けるし、カメラとかも付ける」
「カメラ?監視カメラってこと?」
中学生にはあまり縁がないはずだ。てか、縁があったら逆に困るよね。あー。でも、ガスマスクとか取り揃えちゃう涙のことだから、簡単に手に入るのかな?
「あの…」
小さな声をあげたのは、全然、ていうか一番縁がなさそうな人だった。
「…それは、僕が買って改造したりしたけど、試運転しか使い道が無かったやつがたくさん…。盗聴器とかも…。盗撮も犯罪も殺人も、オレの道具使えば一応できると思います。あの、役に立つかな?」
貝塚くんがふわりと微笑む。いつも緊張している貝塚くんにしては、すんごい貴重な安らいだ笑顔だけど…。いくらなんでも言ってることが恐ろしすぎるぜ。最高学年で先輩なんだけど、先輩って呼ばれることが嫌い。敬語を使われるのも苦手。そんな謙遜ばっかりしている大人しい貝塚くんにこのような一面があったとは。お天道様もびっくりだ。…いや、お天道様は関係ないか?
「えと…ダメでしょうか…?」
反応を返さない(って言うか返せないんだけど。びっくりしすぎて)私たちに否定されたと思ったのか、貝塚くんの声はどんどんしぼんでいく。
「ううんっ!さいっこう!」
「うわっ!」
大きな声にびっくりして貝塚くんが尻餅をつく。涙が受付机の上から思いっきり叫んだのだ。いや、そりゃ貝塚くんもびっくりするよね。私もびっくりしたもん。
「あ…ありがとう。涙ちゃん…」
「じゃ、カメラや道具は基本貝塚くんに任せるとして…。貝塚くんの家、でっかいモニターとかあるかな?」
柳くんが聞いた。…ほんと、涙に対する扱いと普通の人の扱いの差があからさまだね。でも残念ながら、涙は気付いてないと思うよ…。
「ううん…」
「だいじょーぶ!モニターはあてがあるからねー」
「あてって…由依センパイっすか?」
相良くんの言葉に涙は肯定も否定もせずに微笑んだ。
「無理強いは良くないよ?」
司書くんがにこにこしながら大人らしい発言を一言。未だに、この人は何で私たちとつるんでくれているにか分からない。
「分かってるってー。司書くんまでー」
今更だけど涙は敬語を心得ていないらしい。司書くんとか見た感じ完全に年上だよー?とか言って、私も案外司書くんには敬語使ってない気がする。
「で?涙チャン?オレらは何をすれば良いワケ?」
「えっとねー。東先輩は今のとこ出番無し。あ…用心棒やってくれる?」
「よーじんぼう?」
ご不満だったご様子。
「何その顏~。あ!じゃあ、由依の説得する?」
「…ヤダ」
ぷいっとそっぽを向く東先輩。
「知り合いなの?」
隣にいた司書くんに尋ねる。この人なら何でも知ってそうだし。
「うーん。東くんと涙ちゃんと由依くんは幼馴染らしいよー?ねー?相良くん」
「そーっすよ」
その時、兎野ちゃんがぼそりと呟いた。
「何々?」
司書くんが兎野ちゃんの後ろから肩に手を回し、耳を傾けた。この二人は案外仲良し…っていうか、司書くんがまるでモンペ(モンスターペアレントの略だよ)のように兎野ちゃんにひっついている。黙ってればイケメンなのになー。司書くん。
「顏近い…です」
「えー?」
ますます顏を近づける司書くん。完全に面白がってる。でもねー。司書くん。
「…やめろ」
「はい」
女子は恐ろしい生き物なんだよ…。
「ていうか…涙先輩…。ケータイ…なってるです」
向けた人差し指の先には涙のケータイ。サイレントマナーにしてあるのか、静かにぴかぴかと光っている。それにしてもよく気付いたねー。
「おお。恋ちゃん!長い台詞言えたねー」
懲りないようで、司書くんが兎野ちゃんの頭をわしゃわしゃする。あの…兎野ちゃん?落ち着いて?そのまま殺人なんかに走らないようにね?そんなことを心配してしまうほど、兎野ちゃんの半径一メートル以内は殺気で満ち溢れていた。私はそろりと安全そうな貝塚くんの元へと移動する。さっきのは冗談だって信じてるからね?
「恋ちゃん…じゃない…」
呟く一字一字に殺気がこもっている。兎野ちゃんの下の名前は恋っていう可愛らしい感じなんだけど、本人は余り…いや、かなり好んでいないようです。
「る、涙センパイっ!メールは何だったんですかっ?」
相良君。えらい。キミの勇気をたたえるよ。
「え?んとねー。あ、由依からだ。…ぷっ。『ヒカルは来ないで』だって」
涙が東先輩にスマホを見せる。
「は?土下座されてもいかねーし?」
東先輩の眉がピクリ。へー。先輩ってヒカルって名前だったんだ。知らんかった。てかさ…。
「由依くんとやら、空気よみすぎじゃん!」
怖いよっ?
「由依は女子でもないのに勘が良く当たる…らしいよ」
柳君が苦笑いしながら教えてくれる。由依ってほんと誰だろ…。聞いたことある気はするんだけど…。
「結局、日笠由依くんの説得は誰がするのさ?」
「…っ‼由依ってあの日笠由依くんかぁ」
「何?しぃ。今分かったの?」
そりゃあ、あんたが説明を省きに省いてくれたんで、自力で思い出すしかなかったですからねぇ。涙さんよぉ。
「一年の入学式から…一度も学校来てない子…だよね?」
貝塚くんが小さな声で言った。
「引きこもりネトゲ中毒野郎」
東先輩が歯ぎしりしながらつぶやいた。なんか知らないけど、東先輩を中心に空気がぴーんとなって、貝塚くんがびくりと仰け反った。なんで今日、みんなこんな空気悪いの…?柳くんが小声で教えてくれる。
「東先輩と由依くんてすっごく仲悪いんだって」
「あー…。なるほど」
いやそれにしても貝塚君。ポケットからちらりと頭を除かせるスタンガンがとてつもなく恐ろしいよ。私はとっさに話を戻す。
「てゆーかみなさん?話ずれてるよ?」
「そだね!とにかく、由依のとこへはボクが行くよ。柳に預けたブルちゃんは、しばらく柳の家で待機。それを踏まえた上で…」
そこまで言って涙はみんなの顏を見回した。涙が座る受付机の前で秘書のように立つ柳君。本棚に寄り掛かる東先輩。東先輩の近くで突っ立っている私と貝塚君。椅子の背もたれをわざわざ前にして座っている相良君。そんな相良君のななめ後ろに座って読みかけの小説に指を挟む兎身ちゃん。兎野ちゃんの肩に手を回す司書くん。
「まずはトラップの案。今学校の見取り図を渡すから、これをみて、月曜日までに考えて来て」
今日は金曜日だから、土日に考えをまとめてこいと言うわけか。
柳君から紙が回ってくる。これは確か、入学式の時に配られたやつだっけ?
「なんか、ミッション!って感じだねぇ。会議みたい」
司書くんが笑う。
「犯罪組織のね」
「はは。しぃセンパイれーせいっ」
「うっさい」
「いえっさ」
よろしいとは言わないで無視して置く。
「ほいほいっと。お二人さん。落ち着け。じゃー、今日は解散」
涙が机からとび下りる。トンっと良い音がした。涙は図書室限定のポニーテールを解いてすたすたと歩きだす。扉の前でくるりと振り返り「宿題よろしくね」と言い残して出ていってしまった。妙なところで自分勝手な子だ。やわらかそうな髪が風を受けてふわりと揺れるのが見えた。




