第97話
翌日、改めてジュリアと一緒に監督生室に呼び出されました。
「……は?」
全く状況について行けていないジュリアの反応にうんうんと頷く。
そうだよね! そうなるよね! 私も訳が分からないよ。
そう思っていたら視界の端でグレンがアワアワし始めた。
ジュリアに思いっきり目を逸らされて撃沈した。おもしろい。
「ということなんだが、瑠璃嬢の了承は得てるんだな?」
「ああ」
うっかり首を横に振りかけた私をフォンセのドギッパリした返答が止める。
しかもそれ私に聞くんじゃないんですか?
ジュリア、そんなにビックリした顔で見ないで。私もびっくりだから。
思わず遠い目をしてしまった私にジュリアが眉を寄せてフォンセを見る。
「瑠璃の様子がおかしいのですが?」
「やらないのか?」
口の端を釣り上げて意地悪く笑うフォンセをじとりと睨む。
その顔には俺はどちらでもいいけど、いいのか? とハッキリと書いてある。
「やります! やらせていただきますとも!! そのかわり」
キッと睨みつけるように答える。
その反応さえ予想通りだとでも言うように小さく笑ったフォンセはどこか真剣な目で私を見つめた。
「俺がお前との約束を破ったことがあるか?」
「ナイデス」
げ、撃沈……。
確かに、教えてくれないことはあるけど約束して破られたことはない。
記憶にある限り小さい頃からずっと。
ガックリと項垂れる私以上にグレンがショックを受けた顔で肩を落とす。
「え? 俺、そんなに信用ないの……?」
誰のせいだと思ってんの!! とグレンを睨みつけたら隣から不安そうな声がして振り返る。
「瑠璃……?」
「ジュリアは私が守るからね!!」
「え? あ、ありがとう……?
もちろん私も瑠璃を守るわ!!」
突然抱き着いて宣言した私に戸惑いながらも抱きしめ返してくれるジュリアにほっこりしていたら呆れたような第三者の声が割り込んできた。
「美しい友情の確認が終わったところで話を戻してもいいかな?」
麗しい金髪碧眼の先輩はフォンセやグレンを抑えてこの場を仕切っておられる。
言わずもがな、一般生徒ひいては一般人の私がお話する機会なんてないはずのお方だ。
だってこの先輩、普通科で魔王……ゴホン、最高権力者として君臨している第三王子殿下ですもの。
呆れを孕んだどこか冷ややかな視線に私とジュリアはすかさず頭を下げる。
「「申し訳ありませんでした」」
それにひとつ頷いて先輩(学園では身分は関係ないから先輩と呼べと言われました)は改めてジュリアに視線を向ける。
「ジュリア嬢はどうかな? 引き受けてくれる?」
「私でお役に立てるのなら謹んでお引き受け致しますわ」
その答えに先輩は満足そうに頷き、隣の部屋へと続く扉へと近づいた。
「じゃあ、先生を紹介するね?」
「おい!! 誰だこんな危険ブツ学園内に持ち込んだやつは!!
つかこいつと軟禁とかどんな拷問だ!?」
「隼人、うるさい。死にたいの?」
「瑠璃!! ヘルプ!!今すぐ引き取ってくれ!!! 頼む!!」
「隼人のくせに僕の娘を呼び捨てにするなんてどういう了見だい?」
「俺、教師! 担任!! つか、お前らが俺を指名したんだろ!?」
「うるさいよ」
……。
頭を抱える私にジュリアが微苦笑を零し、フォンセとグレンは呆れ顔でお父さんと隼人先生を見つめ、先輩方はひきつった顔で佇む。
なんだこのカオスな空間は!! というか。
「お父さん!? 本当にお父さんが剣舞の先生するの!?
というかできるの!?」
「君、誰に剣術ならったのか言ってみなよ」
ついこぼれてしまった本音にムッとしたお父さんが反論する。
いや、でもね?
「……おじ様とアルセさん……?」
記憶にある限り、そうなんだけどな。
そんなじとりと睨まれても。
「だ、だって! お父さん私で遊んでただけじゃん!!
半泣きで逃げ回る私に反撃の仕方教えてくれたのおじ様とアルセさんだもん!!
護身術教えてくれたのだって静奈さんだもん!!」
「そうだっけ……?」
不思議そうに首をひねるお父さんにその場の空気が凍り付く。
「え? マジで。龍仕込みじゃなくて親父たちなの?」
「ねぇ、フォンセ。本当に大丈夫なのかい?」
「……」
「え! ちょ、お姫様たち死んだりしないよね!? 大丈夫だよね!? レオちゃん!」
「俺が知るわけないだろ。というか俺もものすごく不安だ」
「申し訳ありません。やっぱり私には荷が重すぎる気がするので辞退します」
ざわつく室内を隼人先生が勝ち誇った顔で見渡す。
「だから言っただろ! 人に物を教えるなんて芸当、龍哉にできるはずがない!!」
どや顔で言い切った隼人先生の首がガシっと掴まれてギリギリと絞めあげられる。
顔を真っ青にしてもがく隼人先生を開放したお父さんは凍える瞳で先生を見る。
「君に出来て僕に出来ない訳ないだろう?」
その視線に慣れたようにスルーして、復活した隼人先生は呆れたようにお父さんを見上げる。
「いや、少なくともコミュニケーション能力では俺の圧勝だからな」
ムスッとした表情で隼人先生を見下ろしていたお父さんは自分でも自覚があるのかプイッと顔をそむけた。
子供か!!
その場にいた全員の心が一致した瞬間でもある。
ただひとり、私は妙な感動を覚えていた
すごい! 自覚はあったんだ……!!!
「しゃーねぇな。俺がフォローに入る。それ前提で組み込んだんだろ?」
呆れたような隼人先生の視線の先には、バレたかと悪戯っ子のように笑うグレンと口の端を釣り上げるフォンセがいた。
「まぁ、俺も正直ここまでひどいとは思ってなかったけどな!」
「隼人がいるならなんとかなるだろ」
「……現状、龍哉以上の手本はいねぇからな。ひっじょうに悔しいが!!」
そんなこんなで私とジュリアはサン・リリエール祭で剣舞を舞うことになりました。