第96話
おじ様からのアドバイスを決行すべくフォンセを探してます。
グレンのことがあるからフォンセの部屋かなと思っていたのに意外なことに談話室であーとかうーとか唸っているグレンと心底面倒くさそうな顔でそれを眺めているフォンセを見つけた。
……ドアが開けっぱなしなのはわざとですか? グレンはそこまで気が回ってない気がするし。
一応ノックをすると面白いくらいにグレンの肩が跳ねる。
フォンセはその様子を鼻で笑って私を手招きした。
「どうした?」
「ちょっとお願いがあって」
「お願い? 珍しいな」
素直に歩み寄った私をソファーに座らせてフォンセが目を丸くする。
グレンはチラチラとこちらを伺っているだけで話に入ってくる気配はない。
本人を前に頼んでもいいものだろうか……?
「グレン。理解したならさっさと出ていけ」
私が躊躇う理由を察したらしいフォンセはグレンを追い出しにかかるとグレンが捨てられた子犬のような目を私に向ける。
その目に私はため息一つ吐いてフォンセを止めた。
もういいや。ついでにグレンにもしっかり釘を刺しておこう。
「あのね、グレンがジュリアに無茶しないように見ててほしいの」
「!?」
あからさまにショックを受けるグレンを横目にフォンセは黙って私の話を聞く。
「ジュリアの意思を無視して外堀埋めて逃げられないようにするとかグレンなら簡単にできそうだし」
「できるだろうな」
「しねえよ!!」
あっさり肯定したフォンセにグレンが吠える。
「だからね、グレンが暴走しないようにフォンセにリードを握っておいてほしいの」
「俺のことは無視!? というかリードって何!?」
面倒くさいと書いてあるフォンセの顔に思ったよりも手ごわいと眉を下げる。
使いたくなかったけど、背に腹は代えられない。
ええと。なんだっけ。上目遣いでそれから……。
「こんなことフォンセにしか頼めなくて……。
お願い」
静奈さんとエアルさんから授けられた秘策を実行すると意外なことにため息がひとつ返ってきた。
この場合のそれは了承であることを私は知っている。
パッと顔を輝かせてお礼を言うとしょうがないとでも言いたげな笑みが返ってきた。
「ただし、お前も俺からの頼み引き受けろよ?」
続けられた言葉に私はピシリと固まる。
まさかの交換条件……。
これは予想していなかった。
固まった私にフォンセは意地悪く笑って容赦なく爆弾を投下した。
「む、無理! 無理無理無理!! ジュリアはともかくなんで私まで!?
剣舞なんて私は無理だよ! やったことないもん!!」
聖・リリエール祭の出し物を私とジュリアにしろって!!
しかも剣舞って!! やったこともなければ、見たことさえないんだけど!!
「大丈夫だ。基礎はできてるし、型を覚えて合わせりゃなんとでもなる」
「ならないよ!? そんな簡単になんともならないよ!?」
「龍哉ができたはずだ。指導者もいることだし、楽しみだな?」
本当に楽しそうな笑みを浮かべるフォンセに声にならない悲鳴を上げる。
もしかしなくてもあの豪華な部屋に連行されたのは監督生として私とジュリアに剣舞を依頼するためですか!?
ガックリと項垂れる私の頭をポンポンと撫でながら上機嫌なフォンセを睨むも、どこ吹く風で全く通じてない。悔しい。
その悔しさを私とフォンセに無視されて拗ねているグレンに向けることにする。要は八つ当たりだ。
「グレンの馬鹿」
「え?」
「女たらし」
「えぇえ!?」
「ジュリア泣かしたら許さないんだからね!」
「……約束する。ジュリアが悲しむようなことは絶対しない。
でも、俺だって簡単には諦めねぇから」
「……グレンがジュリアとった」
むぎゅっと隣で私の頭を撫で続けていたフォンセに抱き着く。
一瞬固まった体に拒絶は無く、ぎこちなく回された腕に包まれながら再開された髪を梳く感覚に目を細める。
視線を感じて顔を上げればもの言いたげなグレンと目があった。
その何とも言えない顔と視線に首を傾げるのと同時に禍々しい空気がドア付近から発生して次の瞬間にはべりっとフォンセから引きはがされる。
パチリと目を瞬いて上を見上げると超絶不機嫌そうなお父さんと目があった。
「何やってたの?」
「慰めて貰ってた?」
じとりと見下ろされて疑問形で答えると頭が痛いとばかりに額に手を当てて大きな溜息を吐かれる。失礼な。
私の不満そうな視線を綺麗に黙殺してお父さんはフォンセを睨みつけて一言。
「あまり調子に乗らないことだね」
意味が分からなくてキョトンとしているのは私だけでお父さんに睨まれているフォンセは挑戦的な目を向けて鼻で笑った。
室温がぐぐっと下がる。え。なにこれ怖い。
バチバチと火花が散っていそうなお父さんとフォンセの間で何が起こっているのか。
助けを求めてグレンを見るも引きつった顔で俺には無理だと首を振られる。
緊迫した空気を壊したのはドアからひょっこりと顔をみせたエアルさんと静奈さんだった。
「龍哉くん」
「龍哉」
にっこりと微笑むエアルさんと静奈さんの視線は慈愛に満ちている。
その視線に流石のお父さんもたじろいだ。
「ダメですよ。子どもたちの邪魔をしたら」
「そうよ。私たちはあたたかく見守って来るべき時の為の準備をしなくちゃ」
「何言ってるの?来るべき時の準備って何?
……やっぱりいい。言わなくて。悪い予感しかしないから」
既に戦意を喪失しているのはお父さんだけではなくフォンセもで、聖母のような笑みを浮かべて迫ってくるエアルさんと静奈さんに引きつった顔をして一歩下がった。
「瑠璃も水臭いわね」
「へ?」
突然、話を向けられて私はパチリと目を瞬く。
「ダメですよ。静奈さん。瑠璃ちゃんは照れ屋さんなんですから」
にこにこと輝く笑顔のエアルさんに思わずヒシっとお父さんの腕にしがみつく。
助けを求めるように視線を向けたらお父さんは珍しく素直にそれを汲み取ってエアルさんたちに反撃してくれた。
「待ちなよ。何を勘違いしているか知らないけど、この子は」
「龍哉くん、認めたくない気持ちは分からないでもないですけどダメですよ?」
「往生際が悪いわ」
お父さんの言葉を遮ってにっこり笑うエアルさんと静奈さんは最強だった。
さっきとは違う意味で恐ろしい空間になり果てた部屋でお父さんのシャツを握りしめてプルプル震える。
「え? 嘘。マジで? そうなの??」
信じられないという顔をしたアルセさんの乱入にグレンがブンブンと首を振る。
何故かフォンセがグレンを睨んだけど、それで何かを察したらしいアルセさんはやっぱりなーと呑気に笑って呆れ顔のおじ様を振り返った。
いつの間にか開けっ放しのドアからこちらを見ていたおじ様は心底同情したような視線を私に向けてから静かな声でエアルさんを呼ぶ。
「イヴェールさん!」
キラキラとした瞳で振り返ったエアルさんに怯むことなくおじ様は一言でこの場を収めた。
「勘違いだ」
笑顔で動きを止めたのはエアルさんだけではなく静奈さんも同じでグレンに視線を向ける。
グレンは引きつった笑みでコクリと頷いた。
それだけで通じたらしい。
エアルさんはあからさまにしゅんと萎れ、静奈さんはフォンセの顔を見て盛大に溜息を吐いた。
一体どういう勘違いでエアルさんたちが暴走したのか私にはさっぱり分からないけれど、分からないままのほうがいいことだってある。
しがみついていたお父さんの腕から手をほどいてほっと息を吐くと額に衝撃が走った。
「自業自得って言葉知ってるかい?」
不機嫌丸出しのお父さんを弾かれた額を抑えて睨みつけると、分かってないねと溜息を吐かれた。
理不尽!!




