第94話
グレンがジュリアにパートナーの申し込みをしたという噂は一気に学校中に駆け巡った。
それはもう、フォンセがまだ私にパートナーの申し込みをしていないという噂を打ち消すくらいに盛大に。
「やられたわ。グレン様、これを狙っていらしたのね」
ため息を吐くジュリアには申し訳ないけど、それはオマケだと思う。
確かにあのグレンのことだから頭の片隅でそうなればいいな程度には思ってたかもしれないけど。
でも、ジュリアを見つめるグレンの瞳にあったのは計算ではなく焦り。
「というか、あの状況で断れる人間がいたらぜひ会ってみたいわ!」
プリプリ怒るジュリアの隣を歩きながら微苦笑を浮かべる。
確かにあの状況でNOとは言えないよね。
断ったとしてそれを見ていたクラスメイトたちが喋るとは思わないし、グレンも自分の為というよりはジュリアの為に全力で情報操作するだろうけど、それでも人の口に戸はたてられないって言うし。
「瑠璃さん! 見つけた」
「瑠璃、知りあい?」
「お昼にダンパのパートナーに誘ってくださった先輩」
眉を寄せたジュリアに困ったように眉を下げて答える。
先輩はもう一度私の名前を呼ぶと真剣な顔で囁いた。
「もう一度考えてくれないか。
フォンセに誘われてるわけじゃないなら」
「瑠璃」
先輩の言葉を遮るように名前を呼ばれる。
よく知ったその声に安心を覚えながらゆっくりと振り向いた。
「フォンセ」
「行くぞ」
どこか不機嫌なフォンセはそのまま私の手を攫うと歩き始める。
ジュリアは少しだけ呆れたような顔をすると、気の毒そうに先輩を見て私たちの後についてくる。
呆然と立ち尽くす先輩を置き去りにしていることに気付いて私は慌てて待ったをかけるけどフォンセが止まってくれる気配はない。
ぐいぐい引きずられるように歩いているので止まれば転ぶ。だから体をひねったまま声をあげた。
「先輩!ごめんなさい。
私、まだダンスへたくそなので今年は優しい幼馴染たちの気遣いに甘えようと思います!」
その言葉にぐぐぐっとフォンセの眉間に皺が寄ったことに気付かないまま、隣でジュリアが心底呆れた視線を私とフォンセに向けていることにも気づかずに、私はどこかスッキリした気持ちで前を向いた。
「あれ? お姫様たちどーしたの?」
「フォンセがお前たちを連れてくるなんて珍しいな」
連れてこられたのは今まで一度も立ち寄ったことのない部屋。
教室というよりは応接室。いや、応接室兼執務室みたいな。
兎に角、豪華な部屋。
私とジュリアの顔を見て目を丸くするのはエル先輩とレオ先輩。
ここはどこですか? ちっとも状況が把握できていない私は助けを求めるようにジュリアを見た。
……ジュリアの顔がこれでもかというくらいに引きつっている。
もしかしなくても、私たちがおじゃましたらマズイお部屋ですか。ここ。
「へぇ、彼女たちが噂の姫君か」
これまたすっごい美形のお兄さんがにこりと微笑んで私とジュリアを見る。
でもその微笑みにうすら寒いものを感じるのは私だけですか。
というか品定めされてるみたいでなんか嫌だ。
「見るな。減る」
庇うように私とジュリアを背に隠したフォンセにグレンがアワアワとした様子で近づいてきた。
心なしか目に見えないはずの耳と尻尾がしゅんとしているように感じる。
グレンはそうっと伺うようにジュリアを見てガバっと頭を下げた。
「ごめん、ジュリア!
こうなることちゃんと考えれば予測できたはずなのに、瑠璃の話聞いてたらジュリアも他のヤツと踊るのかなって思って、そしたら、なんかものすっごい嫌でいてもたってもいられなくなって」
「はぁ」
「ホントにごめん!でもジュリアがOKしてくれて本当に嬉しいんだ!」
「ええっと、ありがとうございます?」
ジュリアはグレンの話に全くついていけてない。
というかそれ、もう告白じゃないの? 本人たち全く気付いてないけどさ。違うの?
という視線をフォンセに向けたら心底呆れた顔でグレンを見ていたので思っていることは同じだと思う。
ジュリアの疑問形のお礼にグレンは安心したようにへらりと笑った。
「うっわ、グレンツェンの貴重な素の笑顔……。
マジで何者だよ、この子たち」
「だからお姫様だって言ってるじゃん。ね? レオちゃん」
「そうだな。
というかそういうことはジュリア嬢と二人の時にしてくれないか?」
「へ? ごめん??」
完全に無自覚のグレンと混乱しきってもうショート寸前のジュリア。
それに初めに気付いたのは私で、グレンをしっしっと追い払ってジュリアの目の前でヒラヒラと手を振る。
「ジュリア! 大丈夫!? しっかりして!!」
「瑠璃。ごめん、ちょっと何が何だか分からなくて。
なんか脳内で情報が錯綜してるわ」
遠い目をするジュリアに私はキッとグレンを睨みつける。
アワアワしてみせてもダメだから!
「帰ろう! なんかよくわかんないけど、とりあえず今日は帰ろう! ね?」
「そう、ね」
ふらふらするジュリアの背を押して私は来た道を引き返した。
どうしてこの部屋に連れてこられたのかは分からないけど、何か用事があるなら帰ったらまた話をしてくれるだろう。
今はジュリアの方が大事だ。