第93話
上機嫌でお弁当を食べていると勢いよく教室の扉が開いて、焦った顔をしたグレンがまっすぐに私たちのところにやってきた。
「グレン?」
ビックリしたのは私だけで、私の前で同じようにお弁当を広げているジュリアはどこか安心したように息を吐く。
「瑠璃、お前、フォンセ以外のヤツとダンパ行くって本気か?」
「うん? みんなパートナー見つけてるみたいだし、私も探さなきゃなって」
「いやいや! お前にはフォンセがいるだろ!? なんで急にそうなった!?」
「フォンセ忙しそうだし。
エアルさんもおじ様も上手に踊れてるって言ってくださってるから大丈夫かなぁって。
足踏まなかったら別にフォンセの言葉に従う必要もないよね?」
「は? え、ちょ、待って。
瑠璃は、さ、フォンセがお前が誰かの足を踏む心配をして自分以外と踊るなって言ってると思ってる……?」
「え? 違うの?」
素直にそう答えたらグレンは頭を抱えた。
「グレン?」
「……いいか、瑠璃。
お前が本当にフォンセ以外のやつと踊りたいなら、フォンセ以外に踊りたいヤツがいるなら俺は止めない。死ぬ覚悟で応援してやる」
死ぬ覚悟って、そんなオーバーな。
そう思うのにグレンの目がいつになく真剣だから素直に頷く。
「まぁ、身辺調査はさせてもらうけどな」
「は?」
「いや、こっちの話。
だけどな、そういう相手がいるわけじゃなくて、単にフォンセがまだお前に申し込んでないからって理由ならやめとけ」
「えっと、」
「俺はお前のことを可愛い妹だと思ってるけど、フォンセのことだって大事な弟だと思ってんだ」
「うん?」
そんなの知ってるよ。
でもそれがどうしたの??
訳が分からないという顔をする私にグレンは困ったように眉を下げて、くしゃりと私の頭をかき混ぜる。
「今年だけでいいから、俺の顔を立てると思ってもう少しだけフォンセのこと待ってやってくんねぇか?」
「それはかまわないけど……いいのかな?
ちゃんと踊れるようになったのに、私のお守なんて」
「それは心配しなくていい。俺が保障する」
だから、頼むから大人しくフォンセの申し込みを待っててくれと言うグレンに頷く。
なんかよくわかんないけど今年は大人しくフォンセに迷惑をかけよう。
私が納得したことに気付いたグレンがほっと息を吐きだす。
固唾をのんで見守っていたらしいクラスメイトたちもどこか安心したような顔をしている。
それが不思議で首を傾げると微苦笑が返ってきた。
助けを求めるようにジュリアを見るとジュリアもどこか安心した顔をしていて、私の視線に気づくと困ったように眉を下げた。
「ごめんね、瑠璃。
でも、私も瑠璃がフォンセ様以外に踊りたい方がいるなら全力で応援するから」
「うん? 別にそんな人いないよ?」
むしろダンパなんて滅べばいいと思ってるし。
踊りたい人なんていない。
そんな私の答えにジュリアは微苦笑を浮かべて私を抱きしめた。
いつもなら微笑ましそうにそれを眺めているグレンが珍しく私とジュリアを引きはがした。
「グレン?」
「グレン様?」
きょとんとした私たちにグレンはどこかバツが悪そうに頭を掻いてあーとかうーとか言ってる。
そしてどこか緊張した面持ちでジュリアを見つめる。
私は空気を読んでそっとジュリアから離れた。
気付いたジュリアの視線が慌てたように私を探す。
けれど。
「ジュリア嬢」
「ぐれん、さま……?」
すっと膝を折ったグレンにジュリアの視線はグレンに戻る。
信じられないという顔でグレンを凝視するジュリアにグレンはやっぱりどこか緊張した面持ちでジュリアを見つめて言葉を紡いだ。
「俺にサン・リリエール祭で貴女と踊る栄誉をどうかお与えください」
「え!? あの、え!?」
混乱しきったジュリアは助けを求めるように視線を私やクラスメイトたちに彷徨わせるけれど、私たちは温かい視線をジュリアに返して静かに頷いた。
差し出されたグレンの手とまっすぐに注がれるグレンの視線をジュリアはしばらく見つめて、その意思が変わらないことを確認すると覚悟を決めたようにそっとグレンの手に自分の手をのせた。
「ちゃんとフォローしてくださいね」
「もちろん!」
パッと表情を明るくして見えないはずの尻尾をブンブンふって喜んでいるだろうグレンとどこか諦めたような笑みを浮かべるジュリアに教室がどっと沸いた。