第9話
戻ってきたおじ様たちはものすごく暗い顔をしていた。
エアルさんと静奈さんに勧められたケーキをもぐもぐ食べていた私は目を丸くして首を傾げる。
ずかずか近づいてきた超絶不機嫌なお父さん頭を叩かれた。
「痛い! 何するの!?」
「イラっとしたから」
「理不尽!!」
「幸せそうな顔して呑気にケーキ食べてる君が悪い」
「あぅ。……心配かけてごめんなさい」
「俺たちこそ悪かったな。怖い思いをさせた」
「ちょっと待って。一体何があったの?」
「怖い思いって何ですか?」
よしよしと小さな子どもにするような慰め方をするおじ様たちに、ぎょっとした静奈さんとエアルさんが声を割り込ませる。
私の身に起きそうになったことを思い浮かべたのであろうおじ様たちは苦虫を噛み潰したような顔をした。
おじ様たちから事情を聞きだした静奈さんは般若のような顔をして子爵のもとに向かおうとするのをアルセさんとグレンに必死に止められ、エアルさんはこの世の終わりと言わんばかりの顔をして落ち込む。
大げさすぎるその反応にヒクリと頬を引きつらせてお父さんの腕を掴むと、疲れたように溜息を吐かれた。
仕方ないじゃない。
確かに怖い思いをしたけどフォンセが助けてくれたし、あの酔っ払いはきっとおじ様たちがどうにかしてくれただろうし、ケーキ美味しいし。
「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
今にも泣きだしそうなエアルさんにぎゅううっと抱きしめられて、その身体が小さく震えていることに気がついた。
パチリと目を瞬いてどうしてエアルさんが謝るのだろうと首を傾げる。
お父さんから呆れた視線が突き刺さる。ひどい。
「危ない目にあわせるつもりも、怖い思いをさせるつもりもなかったんです」
紡がれた言葉にようやく合点がいって、そっとその華奢な背に手をまわしてゆっくりと口を開いた。
「怖かったです」
「っ、」
素直な言葉にエアルさんが息を詰める。
そのままゆっくりと身体を離して自分より少し上にある花の顔を見た。
そこにあったのはしゅーーーんと落ち込み、しおれてしまった白薔薇のお姫様。
なんだか弱い者いじめをしている気分になってしまって、意地悪を早々に切り上げることにする。
「なんて。怖くなかったって言えば嘘になりますけど、でもすぐにフォンセが来てくれましたから」
にっこり笑ってみせてもエアルさんは納得してくれない。
「でも、」
「それに、嬉しかったです。
こんな綺麗なドレス着る機会なんて滅多にないし」
「瑠璃ちゃん」
「だからエアルさんの手作りお菓子でチャラにします」
「そんなの全然チャラになんてならないわ!!」
「なりますよ。だって私、エアルさんのお菓子大好きですから!」
にっこりと笑うとエアルさんはふにゃりと眉を下げてまたぎゅうぎゅう私を抱きしめた。
私はその背を宥めるように撫でて、呆れた顔でこちらを見守っているお父さんたちに微苦笑を返す。
お父さんからはやっぱり呆れた視線と口ぱくで馬鹿という言葉が返って来た。ひどい。
エアルさんがただ純粋にパーティーを楽しむ為に招待してくれたのも、おじ様たちが私の安全を絶対に守るつもりだったのも知っている。
お父さんだってひとりになる時に知らない人について行くな、気を付けろってたくさん言ってくれた。
だから、エアルさんたちは悪くない。
心配してもらっていたことに気付かないで、あのお嬢さんについて行った(連れて行かれた)私が悪い。
「瑠璃ちゃん、早くお嫁に来てね。そうしたらマンマと一緒にたくさんお料理しましょう」
崩壊寸前だった涙を拭ってエアルさんが笑う。
「あの、私たちただの幼馴染なんですけど」
困ったようにフォンセを見て苦笑いで答えると、何故かおじ様と静奈さんが吹きだした。静奈さんはともかくそんなおじ様の姿は珍しい。
じとりとおじ様たちを睨みつけるフォンセに首を傾げながら、助けを求めるようにお父さんを見る。……ものすごく満足そうな顔をされた。
「だから、その、お嫁にいけませんけどお料理は一緒にしませんか?」
「勿論ですっ!」
訳が分からない周りの反応を無視してそう言えば、エアルさんは輝く様な笑みを浮かべた。
「ずるーい! 私も! 私も一緒にお料理する!」
むぎゅっとエアルさんと纏めて抱きつかれる。静奈さんの腕の中でエアルさんと顔を見合わせて微笑んだ。
はじめてのパーティーは散々なものだった。
だけどニコニコと笑う私たちにつられるようにお父さんたちも呆れた笑みを浮かべたから、きっと今夜のことは嫌な思い出だけで残ったりしないだろう。