第86話
模擬戦が終われば、サン・リリエール祭の最終日に行われるダンパの練習とパートナーの申し込みが始まる。といっても私はダンスの練習に付き合ってくれているフォンセから俺以外のヤツから申し込まれても絶対に受けるなよ! と釘を刺されたのであんまり関係ない。
練習も貴族の方々は踊れて当然なので自主練という形をとっている。私はやっぱりフォンセに家で練習に付き合ってやるからこっちの練習は出るなと言われているので参加していない。
というか私のダンスはそんなにひどいですか!? フォンセが気を遣ってくれてるのは分かる。分かるけども! 確かに足を踏んじゃった時にフォンセやグレンだったら笑って許してくれるから気を遣わなくてもいいって思うけども! で・も! 練習に参加するのさえダメって! そこまでひどいレベルなんですか!? 最近はエアルさんに褒めてもらえることも増えたのに……!!
しくしくと心の中で泣く私とサン・リリエール祭なんて、ダンスパーティーなんて滅んでしまえ!! と本気で呪うジュリアの気迫で教室の空気はいつも以上にカオスです。
「とゆーか、瑠璃の場合は単に他の男と踊ってるとこをフォンセ様が見たくないだけじゃね?」
「あ、やっぱりお前もそう思う?」
「絶対そうだろ」
「ご自分は王女殿下に好き勝手させてらっしゃるくせに」
「最近はちょっと目に余るよな」
「お姫様を守るためとはいえなぁ」
「外野。うるさいわよ! あんなのでも一応、貴族の上に立つ方なのだから仕方ないでしょう。
くだらないこと瑠璃の耳に入れたら殺すから」
「ジュリア……聞こえてたのか」
私の耳をふさぐようにむぎゅっと抱きしめたジュリアがコソコソしゃべってたクラスメイトをギロリと睨む。
私がどうしたの? って聞くとみんなどこかバツの悪そうな顔をして何でもないと答えた。
変なの。
「とゆーかジュリアはダンス踊れるんだよね!?」
「え、えぇ、まぁ、踊れないこともないわ」
視線を逸らしながら答えるジュリアに首をかしげる。
「……瑠璃、いいんちょは昨年までお兄様がパートナーだったから足を踏もうが蹴とばそうが問題なかったんだよ。お兄様と踊ったあとは壁の花決め込んでたしな」
「ちょ! なに勝手にバラしてるのよ!!! それに足を踏んでも蹴とばしてはないわ!!」
「お前ほんとに伯爵令嬢かよ……」
グサグサと突き刺さる視線にジュリアが吠えた。
「うるさーーい!! そんなこと言うなら今年のパートナーあんたたちの中から強制的に選ぶわよ!!」
「「「「すみませんでしたーーーーーー!!!」」」」
すぐさま謝る男子たちにジュリアのイライラが増す。
これは剣を引き抜くまで秒読みだな。
「ジュリア!! 瑠璃と一緒に侯爵家で練習させていただけばいいのよ!!
瑠璃は白薔薇姫と向日葵の君に教えて頂いているのでしょう?」
いい考え! とばかりにきゃっきゃと騒ぎ始める女子にジュリアはヒクリと頬を引きつらせた。
「私に死ねと?」
「エアルさんも静奈さんも喜ぶと思うよ」
もちろん私はみんなの声に乗っかりました。ジュリアが一緒の方が絶対楽しいもん。
何よりもあのふわふわしてて可愛らしいエアルさんがスパルタになる時間をひとりで耐えなくて済む。
恨めしそうなジュリアの視線なんて知らない。
相手はいつも見学してるグレンにしてもらえばいいし。
最後の小さな呟きを拾い上げたジュリアが吠える。
「グレン様が練習台!? 無理無理無理!! お兄様だから遠慮なく足を踏んづけられたのに!」
「そもそもダンスは足を踏みつけるものじゃないからね。いいんちょ」
冷静なツッコミもスルーでジュリアは恐慌状態に突入した。
「無理よ! 絶対に無理! エアル様と静奈様に教えて頂くってだけで緊張して死ねるのに、お相手してくださるのがグレン様ですって!?」
「いや、そんなにグレンが嫌ならお父さんでも」
「だーめ! 龍は仕事があるだろ? だからジュリアの練習は俺が付き合うよ」
いつの間に来たのか、パチンとウィンクを飛ばしたグレンが恭しくジュリアの手を取る。
ジュリアは声にならない悲鳴を上げて助けを求めるように私を見た。
わたしは諦めてと首を振る。
だってグレンの見えないはずの犬耳と尻尾が嬉しそうにブンブン揺れてるもの。
ヤル気満々だもの。
「ジュリア嬢、諦めた方がいい。これは言い出したら聞かない顔だ」
「そ、そんなぁ」
わたしの頭を撫でながら紡がれたフォンセの言葉にジュリアが情けない声をあげる。
というか、フォンセもグレンもいつの間に来たの!?
「そうと決まればさっそく帰ろうか!」
満面の笑みで心底楽しそうなグレンに手を引かれジュリアが悲鳴を上げる。
「い、今からですか!?」
「授業、終わったろ?」
「それは、そうですが……」
「邪魔が入る前に帰らないとな」
「そういうことだ。帰るぞ」
「うん」
何故か私までフォンセに手を引かれてお迎えの車まで連行されました。
ジュリアの家のお迎えの車に寄って、ダンスの練習をする旨を伝えると運転手さんは心底驚いた顔でジュリアとグレンの顔を見比べた。
キラッキラ笑顔で楽しそうなグレンと、死にそうな顔をしたジュリアに苦笑いをしてから運転手さんは「お嬢様をよろしくお願いいたします」とグレンに頭を下げた。
「確かにお預かりします。帰りはこちらからお送りいたしますので」
「裏切者―――!! 私がダンス踊れないの知ってるくせにーーー!!」
この期に及んで駄々をこねるジュリアに運転手さんはニッコリと笑った。
「お嬢様、できないから練習をするのですよ。しっかり学ばれませ。
奥様方もきっとお喜びになられますよ。
行ってらっしゃいませ」
笑顔の運転手さんに見送られガックリと項垂れてジュリアは渋々、私たちと一緒に侯爵家の車に乗り込んだ。