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夜闇に咲く花  作者: のどか
サン・リリエール祭編
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第77話


 奥方が侯爵邸に滞在している間、私は足繁あししげく彼女の部屋に通った。

 お父さんがついてくる日もあれば、ひとりの日もあったし、フォンセが一緒の日もあった。

 どんな時も彼女は嬉しそうに微笑んで私を迎え入れてくれた。

 その影でエアルさんと静奈さんが盛大に拗ねているとは知らずに。


「お袋、いい加減にしろよ」

「母さん」

「わかってるわ」

「ええ、わかってますとも。

 でも瑠璃ちゃんが一緒にお茶してくれないのが寂しいと思って何が悪いんですか!」

「そうよそうよ! 瑠璃の代わりが可愛げのなくなった息子だなんて!!」

「俺らの扱い!!!」

「面倒くせぇ」


 全面的に被害を被っているフォンセとグレンがそれでも私の好きなようにさせてくれていただなんて、私は奥方が和の国に旅立つまで気がつかなかった。

 奥方が旅立って数日、久しぶりにエアルさんと静奈さんとお茶をする機会があった。

 久しぶりということで気合が入って私がお菓子を焼いて、私がお茶のセッティングをする。

 エアルさんと静奈さんはにこにこと嬉しそうにそれを眺めていた。


「お二人とも何かいいことありました?」

「ふふ! 瑠璃ちゃんとお茶なんて久しぶりですね!」

「やっぱり可愛げのない息子よりも可愛い娘よね!」

「ひっでぇな」

「よく言う」


 お菓子の匂いを嗅ぎつけてきたグレンとフォンセも一緒だ。

 どこかぐったりした様子の二人は、心底迷惑そうに母親二人を見つめている。

 けれどエアルさんも静奈さんも気にした様子もなく、それどころか可愛くないだの息子が冷たいだのとぶーぶー言っている。

そんな様子を微笑ましく思いながら見ていると、思いもよらない言葉が耳に飛び込んできた。


「瑠璃に構ってもらえなくて拗ねてたお袋たちに付き合ってやった優しい息子たちの間違いだろ?」

「え?」

「ち、違うんですよ。ただちょっと寂しかったというか……!」

「私たちも一緒にお茶したかったなぁと思ったりしたというか……!」


 きょとんとした私の視線にあわあわ慌てるエアルさんと静奈さん。

 したり顔で紅茶に口をつけているフォンセとグレン。

 私は言葉の意味を理解するとじわじわと嬉しさが込み上げて来て、あわあわしているお二人に抱き着いた。


「エアルさんも静奈さんも大好きです!!」

「瑠璃ちゃん!!」

「そんなの私たちも大好きよ!」


 ぎゅうっと抱きしめてもらってにこにこしていると後ろから呆れた声が聞こえた。


「何してるの?」

「龍、ヤキモチ?」

「うふふ、今は私たちの瑠璃ちゃんだからダメですよ。龍哉君」

「呆れてるだけだよ。というかお茶菓子がすごいスピードで減ってるけどいいのかい?」


 そう言いながらひょいとひとつクッキーをつまんで口に入れるとお父さんは満足そうに口元を綻ばせた。どうやらお気に召したみたいだ。


「え!?」

「うそ!?」


 ぎょっとしてクッキーをいれていたお皿とグレンとフォンセを見比べて絶句するエアルさんたちに、グレンとフォンセも目を丸くしてお皿の中身を見る。

そしてグレンは誤魔化すように笑みを浮かべた。


「あ、う、美味かったからつい」


えへへと笑ったグレンに静奈さんの鉄拳が落ちる。


「だから食いすぎるなよと言っただろ」


 馬鹿を見る目でグレンを見たフォンセはしれっとした顔でグレンに罪のすべてを押し付けて紅茶を啜った。

 グレンがえ!? という顔でフォンセを見るもフォンセは完全無視している。

 その間もクッキーはお父さんの手によって着実に減っている。

 私の呆れた視線をものともせずに更に手を伸ばしたお父さんにため息を吐きながら絶望に染まっているエアルさんと静奈さんに声をかける。


「たくさん焼いたから大丈夫ですよ」


 新しいの用意しますね。と席を立って、新しいクッキーを用意したことによって事態は収拾した。





「あーあ、夏休みももうすぐ終わりかー」

「それ、学生である俺らのセリフであってお袋のセリフではないよな?」

「だってー昼間に遊びに来て瑠璃がいないなんて寂しいじゃない!!

 エアルだって寂しいでしょう!?」

「そうですね。お昼間にこうしてお茶できなくなりますものね」

「そう! そうなの! だから息子たち。荷物持ちしなさい!!」


 ビシッとグレンとフォンセを指さして静奈さんが立ち上がった。


「はぁ!?」

「どうしてそうなる」


 グレンとフォンセの抗議は華麗にスルーして静奈さんは私に向き直った。


「瑠璃、付き合ってくれるわよね?」

「へ?」

「じゃあ、僕は仕事があるから」


 火の粉が飛んで来そうだと俊敏に察知したお父さんは最後にクッキーを一枚口に放り込んで席を立った。


「待ちなさい」

「龍哉君は運転係ですよ」

「……」

「ちゃーんとあんたのリクエストも聞いてあげるわよ」

「可愛い瑠璃ちゃん、みたいですよね?」


 エアルさんと静奈さんにはどうにも弱いお父さんは、無言でどうして僕がという視線をお二人に向けるもニッコリ笑顔に負けてため息交じりに席に座りなおした。


「さぁ! 買うわよーーー!!」

「久しぶりのお出かけが瑠璃ちゃんと一緒なんて嬉しいです」

「えと、お手柔らかにお願いします」


 気合十分なお二人に私は苦笑いを向けるしかなかった。

 こうして今日の予定はエアルさんと静奈さんのお買い物に付き合い、着せ替え人形になることに決まった。




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