第74話
悔しくて、嬉しくて、情けなくて、安心して、ぐちゃぐちゃの感情を吐き出すように息を吐いた。
視線の先にはフォンセに倒され、グレンに拘束されたグリッシュ子爵。
「だから、見るなと言っただろう」
苛立ったような声に顔をあげる。
不機嫌な見慣れた顔がそこにあった。
けれどそんなことどうでもよかった。
「どうして? どうして来たの?」
これは私の問題だ。
私が自分で考えて決着を付けなければならない問題だ。
だから、なにも言わずにひとりでココに来た。
甘やかしてくれる手も、心配そうな瞳も、気づかう声も、全て払いのけて来たのに。
どうして、私を助けてくれるのだろう。
思えば小さな頃からそうだった。
思い出した記憶の中でフォンセは私が泣くと必ず側にいてくれた。
何かあった時は一番に気が付いて、ずっとずっと側にいてくれたのはフォンセだった。
グレンのように器用に慰めてくれることはなかったけれど、繊細なガラス細工に触れるようにそっと頭を撫でてくれた。
お父さんの次に私を守ってくれていたのはいつだってフォンセだった。
「泣いてると、思った」
ボソリと返ってきた言葉に目を見開く。
泣いてない。涙なんて流していない。
けど、ずっと、ずっと、泣いていたのかもしれない。
心でずっと助けてって叫んでいたのかもしれない。
驚きで言葉を失う私の手をフォンセが乱暴に引く。
「帰るぞ。ここにもう用はない」
「で、でも!アリサさんたち……」
「だいじょーぶ!あとは俺に任せてお前は1秒でも早く帰れ」
「え?」
「龍哉が怒り狂ってる。親父たちでもいつまで持つかなぁ……」
遠い目をするグレンにヒクリと頬を引きつらせる。
お父さんに隠し通すのは無理だと思ったからわざわざお父さんの出張中を狙ってこの作戦を決行した。おじ様に無理を言ってまで。
「ちょ、待って。お父さん、今、和の国じゃ」
「嫌な予感がしたから慌てて帰って来たらしいぜ」
「……。ヤバイ、終わった。
ていうか嫌な予感って……。野生動物でもそこまで鋭くないんじゃ……」
「自業自得だ。みっちり絞られろ」
俺だって怒ってるんだからなとフォンセに睨まれて言葉に詰まる。
そんな私を見下ろしてフォンセはため息をひとつ零す。
そしてそのままふんわりと私を抱きしめた。
「頼むから、無茶しないでくれ。」
「ごめん、なさい」
「俺はそんなに頼りないか?」
「ちがっ、違うの! そうじゃなくて、」
甘えちゃいけないと思った。
姉さまはひとりで私を守ってくれていたから、私はそんな姉さまの命を貰って生きているから。
だから私も甘えないで一人で立ち向かわなきゃいけないと思った。
怖くても、不安でも。
だってこれは、私の問題だから。
いつまでもお父さんやフォンセたちに守ってもらっていたらダメだと思った。
だからフォンセが頼りないとか、そんなこと全然なくて、むしろ私に甘すぎるから。
だから、ダメだと思った。
「……俺としてはまだ足りないくらいなんだけどな」
泣きそうになりながら打ち明けた私にフォンセは微妙な顔でそう呟いた。
意味が解らなくて首をかしげる私を一度強く抱きしめて慰めるようにポンポンと頭を撫でる。
「フォンセ」
「……帰るか」
「うん」
しっかりと私の手を繋いでフォンセが歩き出す。
私はその大きな手をそっと握り返してその後に続いた。