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夜闇に咲く花  作者: のどか
キズナ編(仮)
73/129

第72話


「おはよう、昨夜はよく眠れたかな?」


 声をかけてきた子爵にはいと頷いて食事の席に着く。

 ここで食事をとることにアリサさんはあまりいい顔をしなかったけれど、こうなった以上は仕方ないと腹を括ってもらった。

 それに子爵は私を娘にと望んでいるのだから毒を盛ったりはしないだろう。


「奥方様にはいつお会いできますか?」

「お母様でいいと言っただろう?

 今朝様子を見に行ってきたのだがあまり芳しくなくてね。

 もう少し待ってくれないか」

「……わかりました。

 お屋敷内は自由に拝見しても?」

「かまわないよ。ここは君の家だからね。アンジュ」


 子爵から言質をとる。

 レイさんの手引きで奥方様とは会えそうだし、プランとしては屋敷内をうろついていたら奥方様のお部屋に迷い込んでしまったことにする。

 もっとも、奥方様が屋敷の外にいる場合これは成立しないけれど。

 昨日も思ったけれど子爵と話すのは食事の席くらいだ。昨日は部屋に軟禁状態だった。部屋から出ようとうすると用件を伺いにこの屋敷の侍女さんがやってくる。部屋からは出られない状態だった。

 だからこうして屋敷をうろつく許可を取ったのだけれど……。さて、本当に自由に拝見させてもらえるのだろうか。


「お嬢様」

「お言葉に甘えて、少し見て回りましょう」


 様子を伺うためにアリサさんと一緒に屋敷の中を歩く。

 けれど奥に進もうとするとやんわり執事さんたちに止められる。

 結局自由に見て回れた範囲はそう広くはない。

 大人しく部屋に引きこもってレイさんの接触を待つ。

 コンコンとノックの音がしてアリサさんがドアに向かう。

 レイさんが来たらしい。けれどレイさんはアリサさんにお茶の用意を渡すとすぐに下がってしまった。


「メモ、ですね。人目の少ない時間とルートが書かれています。

 この部屋に奥方はいらっしゃる様です」


 どうします?と聞くアリサさんにもちろん行くと答えて立ち上がる。

 時計とにらめっこをしてタイミングを計りながら部屋を抜け出した。







 レイさんのメモのおかげで指定された部屋まではすんなりと辿り着けた。

 ノックをして入室許可を取る。扉の向こうから女性の声がはいと響いた。


「失礼します」

「……こんな姿でごめんなさいね」


 扉を開いた先にいたのは儚くて今にも消えてしまいそうな美しい人だった。

 あふれ出る気品とか侯爵夫人の顔をしているときのエアルさんにも負けていない。

 あまりの美しさに魅入る私にその人はふわりと微笑んで白魚のような手を私に伸ばした。


「顔を、よく見せて…?」


 そっと近づいた私の頬に冷たい手が触れる。

 目の前にある美しい相貌に静かに涙が伝った。


「あぁ。私の天使アンジュ


 私は戸惑いを胸にどうすることもできずにただ立ち尽くしていた。

 お母さん、そう呼ぶことさえできずに……。


「ごめんなさいね。自分で手放したくせに会えるとやっぱり嬉しくて……」


 涙を拭ってほほ笑んだその人は膝の上の日記帳に手を伸ばし、真剣な表情を作った。


「アンジュ、いえ、瑠璃ちゃんと呼ぶ方がいいわね。

 これをもってお逃げなさい。

 夜闇の侯爵様のもとに行けば保護していただけるはずよ」


 私はもう一度貴女を手放すわ。

 覚悟を決めたようにそう囁く彼女に私はわけがわからずに待ったをかける。


「待って、どういう意味ですか?保護していただけって一体……?」

「貴女はこの日記の後継者。ラヴァンシーの名を継ぐ娘よ」

「ラヴァンシー……?」


 その名前に聞き覚えがあった。けれどどこで聞いたのか思い出せない。

 私が首をかしげている間に反応したのはアリサさんだった。


「そんな、まさか…」


 アリサさんは信じられないという顔をして日記帳と彼女と私を見比べる。

 けれど目の前の美しい人からは嘘のかけらも見つけられない。


「高貴なる方、夜の闇に属する者としてお話を伺えますか?」


 今度はその人が驚く番だった。アリサさんの夜の闇という言葉にピクリと反応した彼女は驚いた顔で私とアリサさんを見比べ、そばに控えていたレイさんに視線をやる。

 レイさんは静かに頷いて私の今の居場所を告げた。


「そう。そうだったの。だったら話は早いわ。

 早くこの子を連れて侯爵のもとにお戻りなさい。そしてこの日記帳をお見せなさい」

「ちょっと待ってください。アリサさん私、何が何だか全然わからないです」


そう声を上げた私にアリサさんは申し訳なさそうな顔をして説明してくれた。


「お嬢様、ジャン・ノエル・ラヴァンシーという名に聞き覚えはありませんか?」

「……たしかフォンセの授業で聞いたような……。

 そんな、まさか」


そのまさかですと困った顔で頷いたアリサさんに私は言葉も出ずに儚げに微笑む

その人を見つめた。



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