第70話
おじ様は突然押しかけたにも関わらず黙って私の話を聞いてくださった。
「それでお前はこれからどうするつもりだ。
アンジュと瑠璃どちらとして生きる」
夜闇の侯爵の顔をするおじ様に足が下がりそうになるのを堪えてまっすぐにおじ様を見返す。
「私は――――……」
私の出した答えにおじ様はふっと笑って必要なものをすべて手配してくださった。
身一つで子爵邸に乗り込むつもりだった私に護衛に部下のお姉さんまでつけてくださった。
フォンセたちに内緒にしてくださるようにお願いして護衛のお姉さん、アリサさんと一緒に車に乗り込む。
まだすべてが整理されているわけじゃない。こんがらがっている感情だってたくさんある。
それでも何度考えても出す答えは変わらない。だから、どんなに辛くても振り返らない。
突然の訪問にも関わらず子爵自ら迎え入れられる。
子爵はアリサさんを見てわずかに顔を歪めたが、それだけで彼女を遠ざけることはしなかった。
それに安心して通された応接室で子爵と向かい合う。
「突然押しかけて申し訳ありません」
「構わないよ。ここはもう君の家なのだから」
胡散臭い笑みを張り付けてそう答えた子爵にぎこちない笑みを向けながら私はどうにかお茶を用意してくれた彼女と二人きりになれないかと頭を巡らせる。
それともうひとつ気になることもある。私を産んでくれたお母さんのことだ。
おじ様は子爵には病弱な奥方がいると言っていた。けれど子爵からはその奥方の話が出たことがない。もっともそれほどたくさんしゃべってはいないのだけれど。
「それで、私の娘になる件は考えてくれたのかな」
「そのことでお聞きしたいことがあってお邪魔しました」
「なんだい?」
「私を産んでくださった方はご存命なのでしょうか?」
「その言い方はよくないな。お母様と呼べばいい。
……妻は体が弱くてね。今もこの屋敷で静養しているよ」
「お会いすることは可能ですか?」
「………そうだね。今日は体調がよくない。落ち着いたら会えるように手配しよう
アンジュも彼女に会うまでここにいればいい」
「……わかりました。お世話になります」
「お嬢様ッ!?」
ぎょっとして止めようとするアリサさんを目で制す。
アリサさんには申し訳ないけど付き合ってもらうしかない。
私の知りたいことを知るにはこれしか方法がないから。
しぶしぶ引き下がってくれたアリサさんに心の中でお礼を言ってまた子爵と向き合う。
「では部屋に案内しよう」
案内された部屋は落ち着いた雰囲気でかつ女の子らしさを演出した部屋だった。
なるほど。もう私がこちらに住む準備は万端というわけですか。
顔を顰める私にアリサさんが小さく息を吐く。
「お嬢様、いくらなんでも無謀では? 一度戻って改めて策を練ってからでも」
「それでは遅いんです。お父さんが帰ってくる前に自分で決着をつけたいの」
「龍哉様がお戻りになる前にご自分で、ですか」
「これは私の問題だから。巻き込んでしまって申し訳ないです」
「それは構いませんけどね。
お嬢様はもうすこし誰かに頼られてもよろしいかと思いますよ」
もう十分すぎるくらいに頼っている。これ以上はダメだと首を振る私にアリサさんは呆れたようにまた息を吐いた。
「ここにいるからには私のことは頼ってくださって構いませんから」
アリサさんはそれだけ言うと部屋を出て行った。
こうなったからには護衛と侍女を兼ねると言っていたのできっと私の身の回りの世話のことについて聞きに行ってくれたのだろう。
一人きりになった部屋で私は早速アリサさんに頼ってしまいそうな自分にため息を吐いた。
なんとかしてレイさんを捕まえないと。彼女にだけは真実を話さなければならない。姉さまは彼女の娘なのだから。
本当を言うと奥方のことよりもレイさんに会うことの方が私の中では重要だ。
彼女にさえ許してもらえたら私は姉さまに守ってもらったこの命を好きに生きることができる気がしているから。
窓の外に広がる庭園を眺めながら私はそんなことを思っていた。