第64話
誤魔化されてくれた瑠璃に安堵の息を吐きながら執務室へと向かう。
どうして今更。その言葉が離れなかった。
それはイヴェールだけじゃなくアルセも龍哉も同じだろう。
「どうなってやがる」
「レドモンドの夜会で何かあったな。グレンの奴もなにか調べてたし」
「それとこれとどう関係があるっていうの? どうして今更……!」
「龍哉」
「……すまない。まだ混乱してる」
「だろうな」
「まぁ、俺たちも冷静かって言われたら微妙だけどな」
ドカッとソファーに腰を下ろして大きく息を吐く。
「まさか今更チビの親が名乗り出るなんて誰が思う」
「大体瑠璃は孤児のはずだろう?」
あの孤児院にいたんだから。言外にそう言われて龍哉は目を伏せる。
確かに瑠璃は孤児院出身だ。親に捨てられたかもしくは親に先立たれたか。予想以上に子育てが大変でそこまで調べる暇がなかった。否、どんな事情があれあの子を手放した人間に興味なんてなかった。だけど、
「……不審な点はあったんだ。まるで従者のようにひとりの少女があの子を守っていた」
「その少女が瑠璃を逃がして瑠璃は助かったわけだ」
「そうなるね」
「だとするとチビが孤児院に預けられたことにも裏があるということか」
コンコン
「失礼します」
「フォンセか。チビの様子はどうだ」
「納得はしてないけれど首を突っ込んでくる気配はなさそうです」
「そうか」
「それよりどういうことです。どうして今更、一体何が」
「落ち着け。まずはレドモンドの夜会で起きたことを話せ」
「グレン、来ているならお前もだ」
フォンセの後にこっそり入ってきたはずなのにあっさり見破られて肩をすくめる。
それでも可愛い瑠璃に関することだからすぐに真剣な顔をして昨夜のパーティーで起こったことと今まで調べたことを報告する。
それを聞き終えた大人たちは黙考の時間に入る。ますますわけがわからなかった。
近付いてきた女はどうして瑠璃が件の生き別れの娘だと判った? 奥方とそっくりだというが瑠璃とそっくりな女性の話など聞いたことない。顔が広いアルセでさえ知らないのだから本当にそんな女性がいるのかさえ怪しい。けれど相手は瑠璃が夜の闇の庇護を受けるものだと知っていてこんな行動に出ているのだからそれなりの確信があったはずだ。
「わからねぇな。本気でチビを取り返すつもりか? 娘として?」
「DNA鑑定をしてもいいって言ってるってことは相当自信あるんだろうな」
「…………」
「だけど、子爵が娘を探してるなんて聞いたことない。ましてや奥方がいて子持ちなんて話聞いたことねぇよ!!」
「……病弱な奥方がいるというのは聞いたことある。だけど瑠璃にそっくりな容姿だとは聞いたことない。そもそも、奥方の容姿について一切聞いたことがない」
「っ、どうすんだよ!!」
「落ち着け。内々で片づける。そうだろ? 龍哉」
焦れたグレンを黙らせてフォンセは沈黙を守っている龍哉を見た。
持ち上げられた瞼から覗いた瞳に感情はない。それがフォンセを不安な気持ちにさせる。
それでもその口から確かなことを聞きたくてじっと龍哉が口を開くのを待った。
「……少し、考えさせて」
「龍……?」
「龍哉……?」
「わかった。この件は龍哉に預ける。もともとお前とチビの問題だしな。
手がいるようなら言え。」
「いつでも手伝ってやるからさ」
「……ありがとう」
そう言って部屋を出て行った龍哉をフォンセとグレンは呆然と見送る。
けれどすぐに抗議するようにイヴェールとアルセを振り返るがその顔にちっとも不安がないことで口をつぐむしかなかった。
「この件は龍哉の決定に従う。いいな?」
「……承知しました」
「……了解です」
「まぁ、答えなんてわかり切ってるけどな」
明るく笑い飛ばすアルセに少しだけ不安が薄れた。
そうだ。今更瑠璃を手放せるわけがない。フォンセもイヴェールたちも龍哉だって。