第62話
「瑠璃!」
「ジュリア!!」
エスコートしてくれていたフォンセから離れてジュリアに駆け寄る。
お互いの姿を見て可愛いだの綺麗だのと褒め合う私たちにゆっくりと近づいてきたフォンセとグレンから苦笑いが零れる気配がした。
「気がすんだら行くぞ」
一段落するまで見守っていてくれたフォンセが声をかける。気恥ずかしいけれど差し出された腕に手を添えてゆっくりと歩き出す。
「視線が、視線がっ」
申し訳程度に添えられていたはずの手はしっかりフォンセの腕に絡まっている。
突き刺さる視線にプルプル震える私にフォンセは安心させるように大丈夫だと囁く。
でも何が大丈夫なんですか!?
おじ様たちの好奇心に満ちた視線はまだしも娘さんたちの射るような視線がとっても怖いです。
それはジュリアも同じようでグレンの腕に手を添えながら眉を寄せていた。目が合うと苦笑いが零れる。
「やぁ、お姫様たち来てくれたんだね」
「お招き下ってありがとうございます」
「お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう! あんまりかまえないけど楽しんでね!」
「嘘吐け。隙を見ては絡みに行くつもりだろう」
「レオちゃん! ひどい! どうしてばらすのさ」
いつも通りの先輩にほっと息を吐いて笑みをこぼす。
「うん、お姫様たちとぉっても綺麗なんだからそうやって笑ってなよ。
ナイトはちゃんといるんだからさ!」
「睨むな。瑠璃とジュリアが綺麗なのは事実だろう?
心配ならしっかり虫よけすることだ」
「言われなくても」
「そのつもりです」
「ふふふ、じゃあみんな楽しんでね」
ひらりと手を振ってエル先輩とレオ先輩は人の波の中に消えていった。
それからは壁の花になれるわけもなく、フォンセに話しかけてくるおじ様おば様にニコニコ笑顔を返しつつフォンセに紹介された人にだけ自己紹介をした。
お父さんの娘だということがわかるとみんな一様に驚いた顔をしたけれどすぐに納得したようになるほどと呟いた。
あからさまに敵意を向けてくるお嬢さんもいたけれどフォンセが不快そうにするとすぐに連れの人に連行されていった。
まるで異世界に迷い込んだ気分で入れ代わり立ち代わりフォンセに挨拶にくる人たちを見ていた。
「疲れたか?」
「ちょっとね」
なんというか住む世界が違うなと改めて思い知ったというか、なんだかフォンセが遠い人に見えて仕方ないというか。
そう思うとずんと気持ちが落ち込んだ。そんな私を気遣うようにフォンセは壁の花を決め込んでいるジュリアのところに私を連れて行った。
「グレンは?」
「飲み物取りに行ってくださったんだけど、捕まっちゃったみたい」
ちらりと誰かとしゃべっているグレンの方を見て苦笑いのジュリアにあのバカとフォンセが顔を顰める。
ジュリアは気にしないでくださいと慌てて首をふった。
私はちらちらとこちらを気にしながらフォンセの顔を見てひとまず安心した顔をするグレンに苦笑いをこぼす。
「まだしばらく戻りそうにないな。悪い」
そう言って通りかかったボーイのお兄さんからジュースを受け取ったフォンセは私とジュリアにそれを渡して壁に背を預けた。
「仕方ありませんわ。お気になさらないでください」
フォンセは苦笑いでそう答えたジュリアに悪いなともう一度詫びた。
挨拶攻撃からも解放して話しかけてくるなオーラをまき散らすフォンセに近づいてくる勇者はなく、私たちの空間ができる。
けれどそれもほんの少しの間のことで、フォンセではなく私に声をかけてきた女性がいた。
その女性は私以外目に入っていいない様子でまるで幽霊でも見たような顔で私に近づいてくる。
「お嬢様、アンジュお嬢様!」
「人違いだ」
私を背に庇ったフォンセがバッサリと切り捨てる。けれど女性は納得していないようだった。
「私は瑠璃と申します。アンジュさんではありません。ごめんなさい」
「、瑠璃、様。……レイラという名にお心当たりは?」
「……レイラ?」
「覚えがおありなのですか!?」
「え、いえ、わかりません」
「そう、ですか……」
がっくり肩を落とした女性のもとに男性がやってくる。
「レイ!何をやっているんだ」
「旦那様、」
「うちのものが失礼をしたようで申し訳ありません」
「いや、ただの人違いだ」
「そちらのお嬢さんが妻にそっくりだから混乱したのでしょう。
もしかしたら生き別れになった娘かもしれないと。アルジューク孤児院にいたところまでは掴めたんだけれどね。っとこんなことをあなた方に話してもしかたありませんね。本当に申し訳ありませんでした」
そう言って頭を下げるとその紳士は気落ちした女性を連れて去って行った。
「グレン、」
「あぁ、バッチリ聞いてたぜ」
フォンセがいつのまにか戻ってきたグレンに指示を出しているのをどこか遠くで聞きながら血の気が下がっていくのを感じていた。
身に覚えのない、初めて聞いた名前ばかりのはずなのに、知っている気がする。
そしてそれはとても大切なことで、忘れてはいけないことを私は忘れている。
そんな気がしてならなかった。
「瑠璃、大丈夫?顔色が悪いわ」
「うん、びっくりしちゃって」
「でも本当に顔色が悪いわ。」
「大丈夫!」
無理やり笑ってみせたけれど逆効果みたいで息抜きに近づいてきたエル先輩とレオ先輩にまで心配されてそのまま帰ることになった。
帰りの車の中でも考えるのはレイラという名前とアルジューク孤児院のこと。孤児院といえば私も孤児院出身だ。
お父さんに出会うまでは孤児院で生活していた。だけどなんていう孤児院か、どうしてお父さんに引き取られたのかはっきりしたことを覚えていない。
ただ漠然と孤児院で怖いことがあってお父さんに助けてもらったということだけ覚えている。
「……り、瑠璃!!」
「あ、ごめん、なに?」
「あまり考えすぎるな、気になるなら俺たちでも調べてやる」
「うん、」
「ひとりで抱え込むな。俺を頼れ。必ず力になってやる」
「……うん、ありがとう」
強張った体の力が少しだけ抜けてそのまま甘えるようにフォンセの肩に頭を預けた。
優しい手が労わるように髪を梳く。その感覚に浸っている間に私は眠ってしまっていた。