第61話
そんなわけでエル先輩の誕生パーティーに行きます。
準備はエアルさん自らお手伝いしてくれました。私はすでにぐったりです。
「レドモンド侯爵家か」
「何かあるの?」
「いや、リヒトの友人に確かレドモンドの人間がいたなと思ってね」
「リヒト? 6代目の旦那様?」
「本当によくできた人だと思うよ。彼は」
僕ならとてもじゃないけどやってられない。
何かを思い出すように遠い目をするお父さんに首をかしげている間にフォンセも準備が整ったみたいだ。
私は朝起きてからずっとエアルさんに遊ばれていたけれど、フォンセはぎりぎりまでおじ様のお手伝いをしていたみたいだ。だから先に準備が終わっている私を見てとても驚いた顔をした。
「フォンセ?」
驚いた顔をしたまま微動だにしないフォンセに首を傾げて名前を呼ぶとフォンセの頭がガクッと揺れた。
「おお、チビもう準備終わってたのか。
今日は一段と綺麗だな」
グイッとフォンセをどかせてホールに下りてきたおじ様はそう褒めてくれる。
お世辞でもおじ様に褒めていただけるのは嬉しくて自然と口元がゆるんだ。
「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」
「世事なんか言うかよ。仕事がなけりゃ俺がエスコートしたいくらいだ」
「おじ様ったら」
「本当だぜ? こんなに美しいレディーに褒め言葉一つでないクソガキより俺にしとけよ」
「ふざけんなクソ親父! 瑠璃は俺がエスコートする」
「あ、ちょっとフォンセ!」
おじ様を押しのけて私の手を取って歩き出したフォンセに慌ててついていく。
後ろからおじ様の笑い声と不機嫌交じりのお父さんの気をつけなよという声が響いた。
「待って、フォンセ!」
ヒールは慣れてないから歩きにくい。私の声に慌てて止まってくれたフォンセはばつが悪そうに悪いと呟いた。
私は大丈夫と笑ってフォンセの手を取った。
今度は私が歩きやすいように気を使ってくれるフォンセの優しさに顔を綻ばせながら車に乗り込んだ。
「瑠璃、」
「どうしたの?」
「………、」
「?」
「……綺麗、だ」
「……ありがとう、嬉しい」
思いもよらないフォンセの言葉に目が丸くなる。
けれどその言葉の意味を理解できるようになると嬉しくて、恥ずかしくて、照れくさくて、でもやっぱり嬉しくて緩む表情をとめられないまま笑ってお礼を言った。
フォンセはおう、と短く返事を返すとすぐに視線を逸らした。私もなんだかすごく恥ずかしくなって俯く。顔があつい。
「そ、そうだ! ジュリアはグレンと一緒にくるんだよね!」
「あ、あぁ。グレンのやつが珍しくそわそわしてたからな」
「ふふ、ジュリアもドレス選ぶのに珍しくお姉さまたちの意見を聞いたみたい」
普段はおもちゃにされるからファッションのことは絶対に話題にしないのに。
クスクスと小さく笑いをこぼすとフォンセもふっと笑う。
さっきまでの緊張する空気がいつもの柔らかい空気に戻った。
一方グレンに迎えに来てもらって車に乗り込んだジュリアは未だかつてないほどに緊張していた。
家を出るまでに何度となくそれこそ母と姉が呆れるくらいにはおかしなところがないか確認したのに不安は一向になくならなかった。
「ジュリア、大丈夫?」
「ダイジョウブデス」
「大丈夫じゃないよな? そんなに緊張しなくても」
「無理です! ただでさえパーティーなんて滅多にでないのに、レドモンド侯爵家の開くパーティーなんて。しかも兄様以外の男性のエスコートなんて、それがグレン様なんて……あぁ、もうダメ」
「えっと、なんかごめん?」
この世の終わりのような顔で呟くジュリアにグレンは苦笑いで謝る。
職業柄、パーティーに慣れている自分とは違い、ジュリアは本当にそういう場に慣れていないようだった。
普段はあれだけ肝が据わっているのに。剣を持っているときとは大違いだと思いながら少しでもジュリアが落ち着けるように努力する。
「謝らないでください! 私が慣れてないのが悪いんですから」
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
「無理です、もし粗相したらと思うと」
「俺がフォローする」
「本当?」
縋るような目を向けられてグレンは音をたてた心臓を宥めながら真剣に頷く。
「もちろん。
こんなに美しいレディーをエスコートさせてもらえるんだ。そのくらいわけないさ」
「グレン様……」
「少し、落ち着いた?」
「はい」
「不安なこと、俺に任せてジュリアは楽しめばいいよ。大丈夫だから」
「ありがとうございます」
「やっと笑った」
嬉しそうに笑ったグレンに違う意味でまたドキドキして視線を彷徨わせた。
パーティー会場で瑠璃達に合流するまであと少し、ジュリアの緊張の時間はまだ続きそうだ。