第60話
お屋敷に帰ってから珍しくまじめに勉強している私をお父さんは怪訝な顔で見ていた。
妙なものでも食べたのとさえ聞いてくる始末だ。
先輩たちのおかげで減ったとはいえフォンセから出された課題はまだある。
それを必死にこなす私になんてこというんだこのお父さんは。
「これ、学校の課題じゃないよね?フォンセに出されたの?」
「なんでっ!?」
わかるのと振り向いた私にお父さんはひらりと一枚課題を拾い上げて文字を目で追いかけながらサラりと答える。
「学校で侯爵家の歴史なんて習わないでしょう。これは6代目のあたりだね」
「6代目?」
「ディアナに並ぶほどの大恋愛をした人さ。恋する乙女ほど恐ろしいものはないってね」
ポイっと机の上に課題を放り捨ててお父さんはなんとも言えない顔をした。
それは呆れているようでもあり、尊敬しているようでもあり、引いているようでもあった。
「どういうこと?」
「それが片付いたら調べてみるといいよ。ディアナの話が好きなら彼女の話も好きになるんじゃないの?」
僕は笑えなかったけどね。そう言い残してお父さんは部屋を出ていく。
そしてまた目の前に残る課題を見て大きなため息を吐くのだった。
昼間はフォンセたちの授業と課題の解説という名の鞭、放課後はエル先輩とレオ先輩のゆったりした勉強会という名の飴というスケジュールを1週間過ごして私とジュリアはとうとうテストという魔物を倒した。
流石にあれだけ勉強すると成績も自然と上がるわけで、テスト返却の時、先生はものすごーく面白くなさそうな顔をしてジュリアに足を思いっきり踏まれて悶えていた。
返ってきた答案に嬉しくて嬉しくて私たちは真っ先にあのスパルタ授業から救い出してくれた(飴を与え続けてくれていた)エル先輩とレオ先輩の教室へと向かった。
「先輩!!」
「お姫様たちじゃん」
「テスト、返ってきたのか」
「はいっ!!」
「見てくださいっ!!」
バッと広げた答案にレオ先輩の表情が和らぐ。そして大きな手が私たちの頭を優しく撫でた。
「すごいじゃないか!よく頑張ったな」
これ、これが欲しかったの!
レオ先輩は本当に癒しだった。
優しいし、褒めてくれるし、優しいし、ウザくないし、優しいし。
「ふぅん? まぁよくできたんじゃないの?」
そう言ってエル先輩もレオ先輩が手をのけた後私たちの頭に手を伸ばしかけた時、パシッと先輩の手が掴まれた。ついでに大きな背中が先輩たちから隠すように前に広がった。
「なにやってんですか?」
「グレン! フォンセ!」
「グレン様! フォンセ様!」
非難たっぷりの私たちの視線にグレンがえ? という顔をしてその手が緩む。
「ふふん。今回ばかりはお姫様たちは俺たちの味方だもんね」
「お前たちがスパルタだった分、いい思いをさせてもらったからな」
「え? なにそれ。どういうこと?」
「お姫様たちはねー。お前たちが監督生のお仕事してる間俺たちとまったりお勉強してたんだよー」
お前たちが厳しくしてる分俺たちがちゃーんと甘やかしておいてあげたからねっ! とウィンクしたエル先輩にグレンとフォンセの顔がこれでもかというくらいに歪む。
「お前たち教えるの下手だな」
「本当、スペックの違いが理解できてないよねー」
「先輩それは私たちに失礼です」
「あぁ、ごめん。怒らないでお姫様」
軽いノリでそう言ってエル先輩はフォンセの背中からひょっこり顔をだした私の頭を撫でる。
舌打ちと共にフォンセの手が先輩の手を叩き落とそうとしたけれど先輩はそれを交わしてにっこりと微笑んだ。
「そうだ! お姫様たちご褒美に俺の誕生日パーティーに招待してあげる」
「はぁ? それのどこがご褒美なんですか?」
機嫌が悪いことを隠そうともしないグレンが尋ねる。私たちも同じことを想っていたので伺うようにエル先輩を見た。
「滅多に社交の場に出ないお姫様たちに着飾る機会をあげたんだよ」
「先輩、それも失礼です」
「あぁ拗ねないで。ジュリア姫。怒った顔もかわいいけどね」
「……」
ジュリアの目がこれでもかというくらいに凍えている。けれど先輩は気にしたそぶりも見せずに美味しいものも用意しておくからおいでなんて笑っている。
「お前たちがエスコートするなら問題ないだろう?」
俺たちへのお礼だと思って来てやってくれないか。とレオ先輩にまで言われて私たちは顔を見合わせてこくんと頷いた。
フォンセとグレンから禍々しいオーラを感じたけれど気にしない。
気にしたら負けな気がする。
でも怖いままはいやなのでフォローも入れておこうとフォンセの袖をくいっとひっぱって一緒に行ってくれるよね?とおねだりをしてみた。
おじ様とアルセさんが困ったらそうしてみろと言ってたので効果は期待できると思う。
「……はぁ」
その溜息は肯定ととってニッコリ笑ってお礼を言う。
エル先輩がお姫様意外にやるね、なんて言ってたけど無視。
自分でもちょっとずるいかなと思うけどこの場合はしょうがないと言い聞かせる。後でおじ様とアルセさんにもお礼を言っとこう。
グレンの空気もしょうがないなぁと緩んだところでジュリアの遠慮が発動した。
「あの、グレン様ご迷惑なら、わたしひとりでも大丈夫で」
「ダメ! 俺も行く!!」
途端、厳しい顔でそう言い出したグレンにジュリアがパチリと目を瞬いた。
「だからその、俺にもジュリアがいい点とれたご褒美でエスコートさせてほしいんだけど?」
「……お願いします」
大人しく頷いたジュリアによし! と笑ってグレンがジュリアの頭を撫でた。
「うん、そういうのはよそでやってほしいよね」
「同感だ。
……だが、今年は俺一人でお前のお守りをしなくていいと思うと嬉しいな」
「レオちゃんひどいっ!
まぁ、今年は憂鬱なパーティーも楽しめそうかな」