第6話
パーティーなんてはじめてで、勿論こういう場に慣れているわけがない私に、お父さんやおじ様たちが気を遣ってくれる度に視線がキツく鋭くなる。
遠慮がちにしていたご婦人方までもが、お嬢さんたちに触発されたように殺人ビームを向けてくるものだから私としてはたまったものじゃない。
「ちょっと休んで来てもいいですか」
向けられる視線に疲れ果てて私がそう言い出すまでにそう時間はかからなかった。
申し訳ないと思いつつも、視線を向けてくる女の人が例外なく飢えた肉食動物に見える。
どんなに綺麗に着飾っていても、どんなに高価な宝石を身につけていても、獲物を狙って目をギラつかせている獰猛な肉食動物にしか見えない。
一番その視線を向けられているのは独身であるお父さんだ。確かにお父さんは強くてカッコよくて自慢だけど面白くない。というかお父さんがどうして平然としていられるのかサッパリ分からない。
ちなみに私に向けられる視線は当然、邪魔者を排除しようとする恐ろしい物ばかりだ。
そんな視線にさらされればもう二度とパーティーなんか出るもんかと心に誓うのは当然だと思う。
「そうね。こんな視線を向けられたら疲れちゃうわよね」
「大丈夫ですか? あまり長く抜けられませんけど一緒に行きましょうか?」
苦笑いの静奈さんと心配そうなエアルさんがついて行こうかと聞いてくれたけど、申し訳なかったので一人で行く事にした。
お父さんが珍しく過保護を発動させて、小さな子どもに言い聞かせるように知らない人に付いて行くなと何度も念を押してきたので苦笑いで頷く。お父さん、流石に中学生にもなってそれはないよ。
エアルさんたちがついて行かないならと、フォンセとグレンも控室まで送ってくれると言ってくれたけど二人は私に向けられる殺人ビームの元凶なので丁重にお断りした。
人の溢れる会場を出て廊下でホッと息を吐く。
生きる世界が違うってきっとこういう事を言うんだ。
おじ様とエアルさんが買ってくれたこのドレスだってこんな機会がなければ私には縁のないものだ。……貰ったのはいいけどこのドレスどうしよう。
春らしい淡いピンクのドレスはデザインも子どもっぽ過ぎずに可愛い。
単品でも可愛いのに黒のボレロと合わせると私の好みをよくご存じですねって言いたくなるくらいに好きな格好になる。
だけど普段着としては絶対に着れない。完全に他所行きに着る服だ。
それも友達と遊ぶときとかじゃなくて高いお店にご飯を食べに行く時にしか着れないレベルの。
そういえばもう一着あるんだよね。今着ていないやつが。あぁ、本当にどうしよう。
「少し、よろしくて?」
沈みこんだ思考をひき戻すように棘のある声がした。
声の方に顔を向ければ、目が全く笑っていない笑みを浮かべた見知らぬ女の子がいた。
……よろしくないです。って言えたりしないかな。
そう思ったのと同時に珍しく過保護を発動させたお父さんを思い出した。
そうか、知らない人に付いて行くなってこういうこともあるんですね。
勉強になります。
でも出来るならこんなこと知りたくなかったよ。
「よろしいわよね?」
返事を返す前に強引に腕を掴まれました。
この場合はどうすればいいですかお父さん。
離してくださいという前に彼女は私の腕を引っ張って歩きだす。
こうなったら仕方ない。用件なんて分かりきっているけれど話を聞いて適当に言いくるめてさっさと解放してもらおう。本当に疲れた。
「あのー、どなたか既にいらっしゃるようですけど。よろしいので?」
彼女に連れられて来た部屋には既に先客がいた。と言っても酔っぱらってソファーで寝息を立てているけれど。
彼女はチラリとその男の人を見て口の端を釣り上げる。嫌な笑みだ。
「寝ているのなら問題ありませんわ。私の言いたいことは分かっていて?」
「なんとなくは分かっているつもりです」
「だったら話は早いわ。グレンツェン様に近づかないで。
黒龍の娘らしいけれどあの方に色目を使ったら許さなくてよ」
黒龍がなにかは知らないけれど、娘というのが私をさしているのだからきっとお父さんのことだろう。
そしてこのお嬢さんの狙いはグレンツェンさん……グレンのことか!!
まぁ分からなくもないけど。
グレンは物語から出てきた王子様みたいな容姿をしてるし、優しいし、気遣いさんだし、空気読めないけど一緒にいて楽しいし。
今更だけどグレンって愛称だったんだね。
というか色目なんて使った覚えないです。
幼馴染に色目って、そりゃ久しぶりに再会したばっかりですけど、アルセさんに似てイケメンさんになってたけど、でも色目って。
「私、まだ中学生ですし色目なんて使えません」
使い方なんて知らないしそんな芸当できません。そう言ったら何故か逆上された。
「しらじらしい!ちっとも反省していないようね」
反省って、私が何をしたっていうんですか。
話にならないはこっちのセリフなんですけど。
いい加減イライラして来たところで彼女はまたチラリとソファーで寝ている男性を見てあの嫌な笑みを浮かべた。
「だったら嫌でもあの方に近づけないようにしてあげる」
「は?」
「あの子爵、大層な女好きなのよ。そんな人が酔っぱらった状態で女性とこの部屋に閉じ込められたらどうなるかしら?」
「は?ちょ、まさか……!!」
「あの方に近づいたことを後悔なさい!」
そう吐き捨てて彼女は私をソファーの方に突き飛ばすと部屋から出て行った。
慌てて扉を押したり引いたりしてみるも大きな音を立ててしまった扉ビクリともしない。
それどころかソファーに寝ていた男の人から唸るような声がして嫌な汗が背中を伝った。
私はまだ十四、こんな子どもをそういう対象にする訳ない。そう思いながらも私をここに閉じ込めた彼女の嫌な笑みが脳裏をよぎる。
「んー?可愛い女の子だぁ」
「ひっ」
寝ぼけた様子で伸ばされた手を払いのけて後退り身を縮ませる。
怯えた顔をしているだろう私を見てその男は愉しそうに唇を歪ませた。
「いいねぇ。その表情。悪戯したくなっちゃうなぁ」
「やだ! 来ないでください!」
「んー?」
生温かい息が顔にかかる。必死に身をよじらせるもいつの間にか腕を掴まれていて身動きが取れない。
もうダメだ。このまま私、酔っ払いに酷いことされるんだ。手篭めにされちゃうんだ。
じわりと涙が滲んだ気がした。自分のものじゃないみたいにカタカタと身体が震える。
怖くて不安で耐えられなくてギュッと目を閉じた。
瑠璃ちゃんピンチ!
続きは土曜日に更新予定です。