第57話
お父さんに連れられて訪れたその部屋はなんだかとても不思議な部屋だった。
普通の女性の部屋なのに、掃除も綺麗に行き届いているのに、生活感がない。
まるで時間が止まってしまったみたいだ。
「ここはね、僕の姉さんの鳥籠だったんだ」
欲しいものはなんでも与えられた。
綺麗な着物も、かわいらしい小物も、甘いお菓子も、女の子が欲しがるものすべて。
だけど、ただひとつ。自由だけが与えられなかった。
「姉さんは、母さんに似すぎていたんだ」
「お父さん、」
「なんて、君に話しても仕方ないか」
「ううん。聞きたい。お父さんの家族のこと」
目を閉じてお父さんがゆっくり語りだしたお父さんのお母さんとお姉さんのお話は愛しくて悲しくて哀しいものだった。
「僕はいまだにわからない。
母さんも姉さんもどうして逃げ出さなかったのか。
どうして、鳥籠の中で笑っていられたのか、あの人を憎まなかったのか。
姉さんたちの気持ちはわからないのに、どうしてか、あの人の気持ちは少しだけわかるようになってしまった」
お父さんは泣き笑いの表情で私の頭をそっと撫でた。
私はその大きな手に自分の手を重ねてぎゅっと握りしめた。
「きっと、きっと、知ってたから」
なにを、だなんて聞かれたらきっと答えられない。
だけど、知ってたんだ。
お爺さんがそうやってしか愛せなかったことも、そうやってまで愛されたことも。
それが間違ってるとか正しいと言えない。
だけど、知っていたから受け入れた。同じように愛していたからしょうがないなと笑ってしまえた。
きっと、お姉さんも気づいてしまったんだ。
お爺さんがお母さんを亡くして寂しいことに。
寂しすぎてそっくりなお姉さんにお母さんを重ねて今度こそ失ってしまわないように厳重に宝箱の奥にしまい込もうとしたことに。
お父さんのお姉さんはとっても強い人だったんだ。強くて優しい人だったんだ。
「なに泣いてるの。
さっさと着物を見て戻るよ」
呆れた声が落ちてきて頭を撫でまわされる。
そう言ってお父さんが明けた引き出しには綺麗な着物が敷き詰められていた。
お父さんに見立ててもらって数着選んでお爺さんとフォンセのいる応接室に戻る。
「選べたかな」
「はい、ありがとうございます」
「今度は着物を着た姿を見せておくれ」
「何さりげなく約束取り付けてるわけ?」
「いいじゃないか。祖父が孫に会って何が悪い」
「僕たちは帰るし、あなたは和の国にいるんだから無理だよ。諦めて」
「会いに行くさ。暇ならいくらでもある」
「いい加減にしなよ」
お父さんがお爺さんと言い合ってる間にフォンセの隣に座る。
チラリと様子を伺うとポンポンと頭を撫でられる。
どうやら大丈夫だったらしい。
安心してへらりと笑うとフォンセは驚いたように目を見開いてすぐに苦笑いをこぼした。
そしてすぐに何かに気がついたように私の目元を擦った。
「泣いたのか?」
赤くなってる。心配そうな声に少しだけ嬉しくなりながら大丈夫と答える。
ならいいとそのまま頬をすっと撫でてフォンセの手は離れて行ってしまった。
それを少し残念に思っているとどうやら話し合いが終わったらしいお父さんが帰るよと声をかけてきた。
その声に促されて立ち上がる。お爺さんにお礼を言ってホテルに帰る。
帰りの車ではお父さんは私たちと一緒に広い後部座席に座った。
「フォンセ、あの人との話はどうだったんだい?」
「別に」
「ふぅん?」
「……忠告と言質をいただいただけだ」
「忠告ね」
「龍哉、翁の話は」
「本当だよ。僕の母と姉は籠の鳥だった。君もせいぜい気を付けることだ」
「フォンセは大丈夫だよ」
急に口を挟んだ私にお父さんとフォンセは驚いた顔で私を見た。
その顔に小さく笑ってもう一度大丈夫だと囁く。
小さくフォンセの顔が歪んだ気がしたけどすぐにお父さんが口の端を釣り上げて意地悪く笑ってフォンセを見た。
「君のお墨付きがあるなら大丈夫かもね?」
「……精々努力させてもらう」
投げやりなフォンセの回答に首をかしげたのは私だけでお父さんはおかしそうにクスクス笑った。
「まぁ、僕はまだ誰にもくれてやる気はないけど」
「…………」
「何の話??」
その後もしばらく私がついていけない男同士の話が続いてホテルに戻るころにはすっかり拗ねている私がいた。