第56話
瑠璃たちが出ていった部屋は緊張を孕んだ静寂が支配していた。
「君は随分瑠璃に信頼されているようだね」
「……ええ」
「だけど、君のその感情は危険だ」
バッサリと切られた言葉にフォンセは目を細めて真意を探るように龍之介を見る。
「龍哉は随分と君を買っているようだけど……。私はそう思わない」
その感情は危険だともう一度龍之介は言った。
「どういう意味です」
「わからない訳ではないだろう?
君のその感情はいつか瑠璃から羽をもぎ、鳥かごに閉じ込める」
「経験談ですか」
「……そうだ」
重苦しい声で呟かれた言葉にフォンセはしばらく目を閉じて静かに息を吐いた。
誰にも見せたくない。自分だけを見てほしい。
危ない目にあわせたくない。どこか安全な場所に閉じ込めておきたい。
そんなほの暗い感情は瑠璃に再開してからずっとぐるぐるめぐっている。
漠然と自分だけの瑠璃でいてほしいという感情が愛おしいというもっと深くて大きなものになった。
大事にしたくて、でも自分だけに笑いかけてほしくて、だけど大切なものが増えるたびに笑顔を見せる姿が愛しくて。
いつ、自分たち以外の、自分たち以上の特別ができるかわからない。
それが怖い。そうなる前にどこか、自分しか知らない場所に閉じ込めてしまいたい。
自分だけしか見れないように。自分だけしか知らないように。
けれどもし、瑠璃の広がった世界で一番になれたら。瑠璃の本当の特別になれたら。
そうやっていつだって正と負の感情がフォンセの中でせめぎ合っている。
だけどそれでも、
「籠の鳥にしたいとは思いません」
「思わなくてもそうしてしまう」
私だって、したくてしたわけじゃない。と言い訳のような声が聞こえた。
気がついたら愛した笑顔が消えていた。
気がつけば、涙を流す姿ばかり見せるようになっていた。
それでも私は、手を離してやれなかった。
鳥籠の鍵を開けてはやれなかった。
後悔に満ちた声をフォンセは静かに聞いていた。
「それでも瑠璃が籠の鳥になることはありません。
本人も周りも俺も誰もそれを許しはしないから」
俺がもし、本当にそうしようとするならグレンがジュリア嬢が、両親が、龍哉が全力で止めるでしょう。
俺も、瑠璃の涙を見たらきっと動けなくなります。
そのくらい瑠璃が大切です。
言い切ったフォンセに翁は大きく息を吐いた。
「君には、信頼できる友もいるのか」
「ひとりなら、瑠璃を籠の鳥にしてしまうかもしれません。ですが、俺はひとりじゃない」
間違いを止めてくれる人がいる。
暴走しそうな思いを知って窘めてくれる人がいる。
「確かに、龍成では敵わないな」
あの子が自分以外に興味を持ったのはごく最近だから。
「……君の知っている龍哉と瑠璃の話をきかせてくれるかい」
私は父親としてあの子に何もできなかったから。私の知らないあの子たちを教えてほしい。
その言葉にフォンセは是と頷いて自分の知る龍哉と瑠璃の姿を語りはじめた。
龍之介は自分の知らない龍哉の姿に驚き、相槌を打ちながらひどく穏やかな気持ちになっていた。
「龍哉はいい出会いをしたのだね」
「瑠璃に出会ってからは特に龍哉は変わったと思います。
なんというか……丸くなったと父たちが言っていました」
「だろうね。私の知る龍哉とは全然違う。
……瑠璃は不思議な娘だね」
あの子が笑うとひどく穏やかな気持ちになる。
その笑顔を守ってやらなければならないと思うようになる。
「翁、」
「君たちにもう手出しはしないよ。息子の成長も孫娘の顔も見れた。
それに事を起こすには老いすぎた」
「……」
「龍哉にはもう話したが、君にも言っておこう。
私たち以外にも瑠璃の周りを嗅ぎまわっている連中がいた」
「それは本当ですか!」
「あぁ、気を付けてやってほしい。あの子は少し無防備すぎる」
「守ってみせます。必ず……!」
「頼もしいね」
龍之介は眩しいものを見るように目を細めて口元を緩めた。