第40話
ここに閉じ込められてどれだけたったのか。
その気になればきっといつでも抜け出せるのだろうけれど、その気になれない。
あの人との会話はひどく疲れるし、瑠璃を匡玄の息子である龍成の嫁にするとかふざけたことを言い出すしでもう本当に何もしたくないレベルで疲れた。
瑠璃はイヴェールたちに預けているから大丈夫だし、しばらくここで休んで帰ろうと思って大人しく捕まっていてやることにした。
そうしたらちょくちょく龍成本人が来るようになった。
瑠璃やあの子たちと同じ年頃だからなんとなく相手をしてやっていたら龍成が来る回数が増えた。
それは構わないけれど、龍成が入り浸るにつれて龍成を呼びにあの人まで来るわけで、それは迷惑だからやめてほしい。
というかどうして父親である匡玄じゃなくて祖父であるあの人が来るんだ。
当主はもう匡玄のはずだろう。隠居した身で偉そうに出しゃばるな。
そう口にするのも億劫で体を休めることに専念する。専念していたはずなのに体はどんどん重たくなって動きたくなくなる。
妙な薬でも盛られているんじゃないかと思ったけれど、そんなはずはないと龍成は言うし龍哉自身もそんなはずはないと思う。
つらつらとそんなことを考えていると誰かが地下に下りてくる気配がした。
慌てて駆け下りてきたのに何かを思い出したかのように急に慎重な足取りになる。
龍成かと思ったけれどあの子は駆け下りてきたらそのままここまで駆けてくる。見た目と中身は違うものだ。
ゆっくりと近づいてきた影が鮮明になって見覚えのある後姿を象った。
目を見開いてついに幻覚を見るようになったのかと凝視しているとよく知った声が弱弱しく龍哉を呼んだ。
「おとう、さん」
迎えに来たのだと必死に言い募る瑠璃に言いようのない感情が沸き起こる。
そしてそれは紡がれた。
決して龍哉の為だけに紡がれた言葉ではなかったけれど、他のどんな言葉よりも龍哉の心を揺さぶり、がんじがらめに縛りつけていたものを解き放つ言葉だった。
「私のお父さんは、お父さんだけだもん!お父さんじゃなきゃ、いやだよ……。
帰ろうよ。一緒に、帰ろ?
お父さんの好きなごはんにするから、だから、だから、」
グスグスと泣きながら、必死に手を伸ばす娘をぼんやり眺めながら龍哉は思った。
なんなんだ。僕の好きなごはんにするから一緒に帰ろうって。
僕をなんだと思ってるのこの子。
人がせっかく被害のいかないように、危ない目に遭わないように、根回しに根回しを重ねて、身体が、心が重くて、動けなくなるくらい、“守る為”に奔走したっていうのに、守る対象である君がのこのこやってきたら意味ないじゃないか。
珍しく努力というものをしたのに全部水の泡にされて腹が立つわ、たとえ泣き顔であろうと無事な姿をみられて安心するわ、いつも自分が引いてやっていた手に引き上げられようとしているのが情けないわでなんだかもう面倒くさくなった。
「はぁ……」
「お父さん?」
「もういいや。帰る」
「え? えぇえええ!? そんなにあっさり!?
おじ様たちがいってた複雑な葛藤とかしなくていいの!?」
「何、文句あるの?」
「ないです! ない、けど……え? コレ、私来た意味あるの?」
ミーミー鳴く瑠璃を無視して龍哉はすっくと立ち上がって瑠璃の手から鍵束をぶんどると器用に鍵を開けてスタスタと出口に向かって歩き始めた。
「え? え? ちょ、待ってよ! お父さん!!
どうして迎えに来たはずの私が置いて行かれてるの!?」
子猫が主人にじゃれつくように後ろから追いかけてくる瑠璃の気配を感じながら龍哉は小さく息を吐き、疲れた顔に小さく笑みをのせた。
僕を縛るものなんて、足枷なんてとっくの昔に意味なんてなかったのに。
瑠璃が来るまでそれに気がつかなかった。
この子は、まだまだ僕が守らないといけないと思っていたけれど、どうやら親の知らないところで子どもはどんどん成長していくものらしい。
保護対象で、庇護対象だった娘はいつの間にか自分の足でしっかりたって、身動きが出来なくなった親を迎えに来るくらいに、僕を支えていたらしい。
「それにしてもイヴェールとアルセがよく君ひとりで来させたね」
「……」
「……まさか、」
「え、えへ」
「……」
「だ、だって! だって! おじさまたちは絶対ダメっていうし、フォンセとグレンがずっと張り付いてたんだもん!」
「……それを分かってて巻いてきた君がすごいよ」
「えへへ」
「褒めてない。絶対、メンドクサイことになってる」
「だいじょーぶ! 書置きはちゃんとしてきたから!!」
「……。頭痛い」
どこらへんが大丈夫なんだ。
絶対ろくな書置きじゃない。
それでも嬉しそうに笑う姿を見てしまうと、どうでもいいかと思ってしまう自分がいることに気が付いて龍哉は小さく息を吐いた。
今回もお付き合いくださり、ありがとうございました!
藤の翁編、次で完結(予定)です^^*
次回もよろしくお願いします!