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夜闇に咲く花  作者: のどか
藤の翁編
39/129

とある男の独白


 バカな娘だとわらう。

 そう簡単に会えるはずもない。

 会えるのはきっと彼女も龍哉も身動きが取れなくなってからだ。

 それなのにのこのこ会いに来るなんて、夜闇の侯爵にとってあの娘も龍哉もさほど重要ではないということか。

 なんにせよ今回も親父に振り回されている。迷惑な話だ。わざわざ息子まで国から呼び寄せて、しかもその理由が息子の婚約者が決まったってなんだ。

 俺たちはいつまで親父のお人形になってりゃいいんだ。家を継いだ後もちっとも親父の支配から抜け出せる気がしない。

 年だけを重ねていく。

 それに比べて龍哉は、あいつは一度だって親父の、家の、思い通りに動いたことがない。

 家を飛び出して今もこの異国で好き勝手していると聞く。本当に腹立たしいやつだ。

 傲慢で掴みどころがなくて、誰の指図も受けない龍哉。

 そんな男が今、たったひとり、血のつながりもない小娘のために親父の手の中にいる。

 それはひどく愉快で、ひどく不愉快だった。


「はじめまして、お嬢さん」


 親父が連れてきたバカな少女に精一杯柔らかな表情と声で紡いでやる。

 けれど彼女の夜空の瞳は和らぐことなく警戒に尖った。


「初めまして。お招きくださりありがとうございます」

「お嬢さんに会わせたかったのはね匡玄まさはるの息子なんだが、どこにいるんだい?」


 最低限の礼儀は身についているらしい。そんなことを考えていると親父が息子の名を呼んだ。

 自分と違って名前に“龍”の文字を貰った息子。この家の後継の証。

 それに後ろ暗い感情をもたないわけでもないが、息子は息子だ。

 たとえその関係が冷め切っていようと。自分よりも家を出た龍哉に興味を持っていようと。


「龍成ならあの人のところですよ」


 少女の手前、龍哉の名前を出すわけにはいかないので濁す。

 婚約云々の話をするために龍成を呼びに行った親父を見送り少女に視線を移す。


「そう警戒しないでほしいな。僕は君が来てくれたことに感謝しているんだから」

「どういう意味です?」

「決まってる。早くあの人を連れて帰ってほしいのさ」


 小さく笑う。

 さて、この哀れな少女は自分を楽しませてくれるだろうか。


「あの人?」

「龍哉。あいつに会うためにバカみたいにのこのこ来たんだろ」

「お父さん、やっぱりここにいるんですね」

「お父さん……。本当にそんな風に呼ばれてるのか。あの人が」


 今だかつてないほどに“お父さん”という単語に衝撃を受けた。

 あの龍哉がお父さん。彼女の父親をしているというのは情報としてしっていたけれど、現実として目にするとまた違う。

 言葉だけでこんなにダメージを受けたのは初めてだった。


「どこですか。お望み通り連れて帰ります」

「知らないよ。でもこの屋敷にいるのは確かだ。好きに探すといい」

「っ、失礼します!」

「家の中で物騒なもの振り回さないでね。勇ましいお嬢さん」


 おそらく刀だろうが入った袋をぎゅうっと握りしめて部屋を出ていく少女の後姿が見えなくなるまで見送って目を閉じた。


 どれだけ努力しても、どれだけ褒められても見えるのは龍哉の背中だけ。抜いたことなんて一度もなかった。雁字搦めな自分と違って龍哉はいつだって自由に振る舞ってきたのに、それなのに勝てるものが何一つなかった。


「早く、俺の目の届かないところへ行ってくれ」


 そう思いながらもこれ以上、あの愚かな少女の手助けをする気はなかった。

 消えてほしいと望みながらもあの自由に天高くまで舞い上がった龍哉が地に落とされて屈辱に歪む顔なら眺めていたいという気持ちもあるから。

 龍哉の弱点がまた龍哉を追い詰めるのか、それとも本当に小さな背に携えていたものを手に龍哉の危機を救うのか。

 そのどちらでも自分にとっては愉快なショーには違いないだろうとコーヒーを啜った。




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