第35話
瑠璃の乗った車が見えなくなるまで見送る。
強引だったと思う。理不尽だったとも。だけど、どうしてもそうせずにはいられなかった。
瑠璃の強張った表情が離れない。ジュリアの非難を込めた視線も。
フォンセは自身を落ち着かせるように浅く息を吐き出して携帯を取り出した。
「ボス。報告があります」
きっとアルセによってもう情報を仕入れているだろうけれど、それでも伝えなければならない。そして改めなくてはならない。和の国の、所詮は小国の名士だと思って侮っていた認識を。
現に自分たちに気取らせずに瑠璃に接触していた上に、警戒態勢の中軽々ともう一度接触して見せた。
必死に冷静さを取り繕うけれど電話の相手にはかなわない。
まるですべてを見越していたかのようにいつもと変わらない声色でフォンセに指示を出す。
その声に乱れた心は落ち着きを取り戻すのに、それ以上に悔しくてたまらなくなる。まだ届かない。まだまだ、足元にも及ばない。
悔しさを吐息にして吐き出しながら通話を終了する。
気持ちを切り替えなければならない。
瑠璃のことは両親に任せておけば心配することなどない。
今はこのタイミングでここまで乗り込んできた藤の翁の相手に専念しなければ。
自分にそう言い聞かせながらフォンセは先に藤の翁の案内に行かせたグレンを追いかけた。
「面白い学校だね」
「そうですね。確かに他校とは違う部分が多いと思います」
「型にとらわれた和の国では考えられない」
完全に仕事用の顔で藤の翁を案内しているグレンの姿を見つけ、フォンセはゆっくりと近づく。
「遅れて申し訳ありません」
「いや、お嬢さんたちの見送りはすんだかな?」
「ええ。今頃無事に屋敷についていると思いますよ。二人とも」
「それはよかった」
好々爺然とした態度を崩さない翁に仕事用の顔を崩さない俺たち。腹の探り合いをしながら校舎の案内と学校の特徴を説明していく。
「では女子生徒にも特殊科に通う生徒さんがいるんだね」
「はい。実力さえあれば上に上がれますから活躍する女子生徒も大勢いますよ」
「ほぅ、もしかしてあのお嬢さんたちもそうなのかな?」
「……そうですね。彼女たちも実力者ですよ」
「入学をご検討されているお孫さんも特殊科に?」
「いや、まだ決めていないんだ。可愛い孫娘に危険なことは極力させたくないと思っているんだが、近ごろは物騒だからね」
「名前の通り特殊な学科ですからお孫さんの意思も大切になさってくださいね」
「もちろんだよ」
案内と説明が終わり、ようやく藤の翁が帰るころになるともう空は夕闇に染まっていた。
それでも藤の翁が迎えの車に乗り込むまで腹の探り合いは続く。
「あぁ、そうだ」
あとは車に乗り込むだけというところで藤の翁がピタリと足を止めてフォンセを振り返った。
「翁?」
「お父上に伝言を頼んでもいいかな」
「はい」
「愚息は返していただいたと」
「ッ!」
息をのんだのは聞き耳を立てていたグレンだった。
フォンセはぐっと手のひらを握りしめることで動揺を抑え込み極力平淡な声で返事を返した。
「……確かに承りました」
「流石夜闇の侯爵といわれるだけある。いい後継者をお持ちだ」
10年後が楽しみだよ。と笑う老人にフォンセはギリっとさらに手に力を込めた。
今では相手にならないと言外に言われたのだ。
「お気をつけて」
「ありがとう。君たちも気を付けて帰りなさい」
車の中に消えた老人を見送ってフォンセとグレンはぎりぎりと奥歯をかみしめた。
まったく相手にされなかった。それどころか何一つ情報を引き出せなかった。一番欲しかった情報を向こうから与えられた。
「狸爺……!!」
「目にもの見せてやる!」
帰り支度をしながらそう息まいて二人も迎えの車に乗り込んだ。