第34話
お父さんが出張に出てから3日が過ぎた。
私は変わらずに過ごしているけれど、フォンセたちの様子が少し可笑しい。
なんだかイライラしている……?
どうしたの? って聞いても困り顔で何でもないって言われるだけだしお仕事のことなら深く聞けない。聞いちゃいけない。
「瑠璃、そんなにフォンセ様たちが気になる?」
「まぁ、ちょっとね」
「ふふ、珍しいわね。お父様よりもフォンセ様たちを気にするなんて」
「そんなことないよ。……たぶん」
語尾が小さくなる私にジュリアはくすくす笑う。
だってお父さんはただの出張だし。そんなの今までも何度もあったし。いつもケロッとした顔で、いや、むしろストレスを発散し終わったみたいにスッキリした顔で帰って来てたし。
いつも冷静なイメージのあるフォンセが落ち着かなかったり、笑顔がポーカーフェイスなグレンが時々眉間に皺を寄せてたりしたら気になるのは当然だと思う。
「お二人が瑠璃に心配をかけるのも珍しいけれどね」
「え?」
「今回は瑠璃がそれだけお二人をよく見てるってことなのかもしれないけれど」
「どういうこと??」
「私たちの目にはいつもと変わらない様子に見えるってことよ。特にフォンセ様はね」
そういって肩をすくめるジュリアに目を見開く。
嘘! と言いそうになったのをぐっと飲み込んだのはジュリアの瞳に嘘がないからと、まぁ、グレンツェン様は確かに少し可笑しいかもしれないけど。という付けたしがあったからだ。
フォンセのほうがわかりやすいけどなぁと呟くとジュリアは心底呆れた顔をしてそれはきっとあんただけよと呟いた。
「それで? 今日はフォンセ様たちは一緒じゃないの?」
珍しくお迎えがないじゃないと言うジュリアに苦笑いで頷く。
今日は監督生のお仕事があってどうしても抜けられないと朝の車で散々謝られて心配された。
フォンセもグレンほどあからさまじゃなかったけど気を付けてジュリアと帰れって念を押してきたし本当にあの二人は過保護だと思う。
「なーんて。私のところにもグレンツェン様から瑠璃をよろしく頼むってメッセージが来てるんだけどね」
「……はい?」
「もちろんお任せくださいって返事しておいたわ!」
ドヤ顔でグレンからのメッセージを見せるジュリアを凝視する。
まったくついていけないんですけど。
いつの間に連絡を取り合うようになったんですか。というかグレンのこと苦手とか言ってなかった??
「あら、可愛い瑠璃のためだもの。連絡先の交換くらい初日に済ませたわ」
「ソウデスカ」
もう何も言うまい。そして過保護な人たちの中にジュリアも加えよう。
というかなんだこの護衛体制。私はどこの姫君だ。
そんなこと言ったらもちろん私の愛する瑠璃姫よとか言って抱きつぶされそうだから言わないけど、でもここまでする?
学校にはもうとっくに慣れたんだけど。そろそろゆるめてくれても全然問題ないと思う。
……まさか本気で誘拐云々が心配とかじゃないよね!?
エアルさんに相談してみようかな。お父さんは鼻で笑って放置しそうだから相談するだけ無駄だし。
そんなことを考えている間にいつも車が待っているところにつく。珍しいことにお屋敷の車もジュリアの家の車もまだ来ていなかった。
「……何かあったのかしら」
「どうしたんだろうね」
顔を見合わせて困っていたらよく知った声が耳を通り過ぎる。
ぎょっとして振り返ると広場で会うお爺さんが片手をあげて朗らかに笑っていた。
「お爺さん!?」
「知り合い?」
怪訝そうなジュリアに広場でよく会うと答えたら綺麗な眉をきゅっと寄せてため息を吐かれた。
「お困りかな?」
「迎えがまだみたいで」
「それはいけない。よければお送りしようか? もちろんそちらのお嬢さんも」
「いえ。すぐに来ると思うので大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
いつもよりキリッとした―――クラスをまとめる時のような顔でジュリアが私より先に答える。
私も断るつもりだったのでお礼だけ告げた。
「そうか。そうだね」
「お爺さんはどうしてここに?」
「孫を入学させるか検討中でね。その下見に来たんだ」
「お孫さんに会えたんですね!」
「あぁ、とっても素直な可愛い子だよ」
「よかったですね!」
「お嬢さんのおかげだよ。そうだ。お嬢さんに是非会ってもらいたい人がいるんだが今度我が家に招待させてくれないかな?」
「翁」
返事を返す前におじいさんを呼ぶグレンの声がした。それに目を瞬いている間にフォンセも来てお爺さんと何か話をしている。
「では私はこれで失礼するよ。お嬢さんたち」
「はい」
「お気をつけて」
グレンに案内されるお爺さんの背中を見送ってジュリアが私の手をぎゅっと握ってほっと息を吐く。
「何を話していた?」
グレンと一緒に行ったとばかり思っていたフォンセの声に慌ててジュリアから声のした方に視線を向けて目を見開いた。
「フォンセ?」
今まで(といってもまだ数か月だけど)向けられたことのない怖い顔をしているフォンセに今度は私がジュリアの手を握る。
ジュリアもそっと握り返してくれた。
「……お孫さんが入学するかもしれないから下見に来たって」
「それだけか?」
「会わせたい人がいるからお家に招待させてほしいって」
「受けたのか!?」
「答える前にグレンが来て、」
「……あの狸爺」
「あのお爺さんがどうかしたの?」
「お前はまっすぐ帰って母さんと一緒にいろ」
「フォンセ、」
「いいな」
「……わかった」
詳しいことを聞けないまま迎えに来た車に押し込められて家に帰される。
ジュリアは心配そうに私を見ていたけれど同じように迎えの車に乗せられて帰らされた。