第31話
裏の集まりに藤の翁が顔を出す。その情報が入ってすぐに龍哉はイヴェールに今度の集まりに顔を出すように言われた。
もちろんその情報を知った上で相手の出方を伺う為だろう。
あわよくばそのまま片を付けてしまおうという算段であることはすぐに分かった。
分かっていても龍哉は気が重くて仕方がない。それは瑠璃が心配するくらいに表に出ていて呆れ顔のイヴェールに小言まで貰ったくらいだ。
情けないと思いながらも人生で唯一苦手意識をもつ男のこととなると流石にいつも通りとはいかない。
その上に瑠璃という守るべきものがある。
今まで壊すばかりだった龍哉がはじめて見つけた守るべきもの。
自覚して自分で何かを守ろうと思ったのは瑠璃がはじめてで龍哉にとって何ものにも替えられない大切な娘だ。
瑠璃だけはどんなことがあっても守らなければならない。
「藤の翁はもういらしてる」
先に会場入りしていたグレンが手に入れた情報をスラスラと報告するのを聞きながら、ふいに零されたその言葉に思わず眉を寄せる。
さっと流した視線の先にはこの国の有力者と雑談している姿を見つけた。ぐぐぐとさらに眉間に皺が寄る。
「龍哉」
「あの子の為だ。我慢する」
それでいいと満足そうに口の端を釣り上げるイヴェールとは裏腹にアルセとグレンは慄く。
「りゅ、龍哉の口から、我慢……」
「そんなバカな……! 我慢なんて龍には一番縁遠い言葉だろ!?」
「喧嘩を売ってるならまとめて買ってあげるよ」
「遊んでないで仕事しろよ」
きゃんきゃん騒ぐアルセたちを睥睨してからフォンセは彼らを放置して夜会の主催者に挨拶に行くイヴェールの後を追う。
龍哉も浅く息を吐いてその背を追いかけた。
「今日は黒龍殿もご一緒なのですな」
お決まりのセリフと珍獣を見るような視線に顔をしかめたくなるのをぐっと我慢する。
その代り無言を貫きとおした。
もっとも相手だってはじめから龍哉との会話を期待しているわけじゃない。黒龍が気まぐれだということなどこの会場にいる人間なら誰でも知っていることだ。
気に入った相手、興味のある話題にしか食いつかない。その他は誰が話しかけようと相手にしない。唯一の例外が彼を従えている夜闇の支配者、イヴェールだ。
彼だけが気まぐれな黒龍を意のままに操れる。
この国に来てイヴェールに拾われた時からその権利がある。
主催者の男の話に付き合ってやっている親子を眺めながら今夜の目的である藤原龍之介の姿と情報収集の為に進んでいろんな相手と笑顔で会話しているだろうアルセたち親子の様子を探る。
そうこうしている間に長すぎる挨拶が終わったようだ。
「もういいの?」
「あぁ、爺は話が長くていけない」
「貴族なんてもうあってないようなもんだろ。面倒くさい」
さっきとは別人のように悪態をつき始めた親子にクスリと笑い、だったら無視すればいいじゃないかというとお前と一緒にするな、無茶を言うなと呆れた顔を向けられる。
龍哉だって本気でできるとは思っていないけれど、やっぱりこういうのは面倒だ。
早く終わらせて帰りたい。もっと言うなら用意されている軽食より瑠璃の作ったご飯が食べたい。
そんなことを考えているとタイミングを計っていたかのように藤原龍之介が近づいてきた。
けれど彼はイヴェールやフォンセ、龍哉に話しかけることはなく軽く会釈をしただけで出口に向かって真っすぐに歩いていく。
「お前に似ず随分と素直な娘だな」
すれ違いざまに囁かれた言葉に龍哉はハッとして顔を上げ、振り返った。
いつだ。いつ、接触した。
普段はずっとフォンセたちが張り付いている。瑠璃からもそんな話聞いていない
一気に肌が粟立ち、血の気が引いていく。こんな思いをするのは初めてだった。
クツリとこぼされた笑いは龍哉の神経を逆なでる。
無意識に動こうとした体を引き止めるように後ろから腕をつかまれてハッとする。
「イヴェール」
「エアルがいる。少なくとも今は無事だ」
「っ、」
「早めに切り上げて帰るぞ。チビにも話を聞く」
「、うん」
エアルがそばにいる。守りもちゃんと残してある。それなのにちっとも落ち着かない。
必要最低限の情報収集と貴族社会のマナーやらしきたりが煩わしい。
けれどここで焦って動けば妙な勘繰りをされるかもしれない。
夜の闇に従う者も多ければ邪魔に思う者もまた多い。隙を見せるわけにはいかない。守るためにも。
もう理解したと思っていた守ることの難しさを改めて思い知らされた気がした。
オフがドタバタしてまして更新遅れ気味です。
すみません!(土下座
今回もお付き合いくださり、ありがとうございました!
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