第30話
お散歩のついでや買い物の帰りに広場によると、決まってあのベンチでお爺さんを見つけるようになった。
そこでお爺さんとおしゃべりするのが当たり前になったころ、お父さんの様子が可笑しくなった気がした。
「お父さん……?」
「なんでもないよ」
ピリピリしているかと思ったら妙にしおらしくて、落ち込んでるように見えたと思ったらイライラしはじめて。理由を聞いても何でもないの一点張りでいい加減心配になった頃、その理由が分かった。
「今夜は遅くなるから先に寝てて」
学校から帰った私を待っていたのはきっちりネクタイをしめて髪を整えたお父さんとおじ様、アルセさんの姿だった。
お父さんは超絶不機嫌で行きたくないというのが駄々漏れなのに、珍しく文句を言わずに我慢している。
「裏の人間だけの夜会があるんですよ」
おじ様の見送りに出てきたエアルさんがこっそりと教えてくれた。
その関係でお父さんも出ない訳にはいかないらしい。
「エアルもチビも部屋の戸締りはしっかりしろよ」
「はい」
「分かってます」
意外に心配性なおじ様に二人でクスリと笑いながら頷いたところでいつもと全然雰囲気の違うフォンセが降りてきた。
上手く言えないけれど、いつもの居心地のいい静かさが怖い静謐にかわっている。
優しい夜が突然何もない深淵にかわったみたいな。
分かるのはこれがフォンセの私に見せないもう一つの顔なのだということだけだ。
そして私以外の人はみんなそんなフォンセの姿を知っている。そう思うとチクリと胸に何かが刺さった気がした。
「瑠璃」
「ふみゃ!!」
妙な所に思考が飛んで突然むにっと頬をひっぱられて変な声が出る。
そんな私を覗きこんでいたフォンセが悪戯が成功した子どもみたいに笑った。
「難しい顔して何考えこんでたんだ?」
「え?」
「無自覚か?」
またクスクスと笑うフォンセは私のよく知ってるフォンセで自然と顔がゆるむ。
そんなやりとりをしてる私たちをエアルさんが微笑ましそうに眺め、お父さんのイライラが増してアルセさんが必死に抑え込んでいたのを私は知らない。
「準備ができたなら行くぞ」
「いってらっしゃい」
「気を付けてくださいね」
エアルさんとふたりでお父さんたちを見送ってエアルさんと一緒にお茶をする。
今日は白薔薇の咲き誇る庭園が見えるテラスがお茶会の会場だった。
「おじ様がエアルさんに贈られたんですよね」
いいなぁ、と思わず零してしまった私にエアルさんがクスリと微笑む。
そしてテーブルに飾られた白薔薇を愛おしそうに見つめた。
「イヴェールさんのお嫁さんになって頂いたはじめての誕生日プレゼントなんです」
こんなに広い薔薇園が誕生日プレゼントだなんて呆れちゃうでしょう? なんて言いながらその顔は幸せそうにほころんでいる。
懐かしそうに目を細めながらエアルさんはとても優しい顔でポツリポツリとその時のお話をしてくれた。
私は私の知らないおじ様の姿に驚きながらもうっとりとその話を聞いていた。
「さて、私の惚気話はこのくらいにしましょうか」
「え」
「ふふ、今度は瑠璃ちゃんの番ですよ。学校で素敵な人は見つけましたか?」
「残念ながら」
「あらあら、ではうちのフォンセやグレンくんはどうです?」
「二人ともとっても女の子に人気ですよ?」
「……いえ、そうではなくて」
ガクっとしたエアルさんに不思議そうに首を傾げるとキラキラと輝いていた笑顔がヒクリと引きつる。
思ったよりも手ごわいですねと小さく呟くと、エアルさんは気を取り直したようにもう一度私に向き直った。
「瑠璃ちゃんにとってあの子たちはどうですか?」
思いもしなかった質問にパチリと目を瞬く。
けれどエアルさんの真剣な表情につられて真面目に考える。
「……誰にも言いませんか?」
「もちろん。私と瑠璃ちゃんの秘密です」
「……グレンは、過保護なお兄ちゃん、ですかね」
いつも私のことを心配してくれて、過保護だなと思うこともあるけど嫌じゃなくて。
うん。やっぱりお兄ちゃん。言ったら調子に乗りそうだから絶対に言わないけど。
「フォンセは……」
「フォンセは?」
なんだろう。グレンと同じでお兄ちゃん?
過保護で私のことちゃんと見ててくれて、心配してもらえるのがちょっと嬉しくて、側にいると不思議と安心して。
グレンと同じようでどこか違う。お兄ちゃん、とは少し、違う気がするでも、それがなんなのかはわからない。
「フォンセは、優しい幼馴染、です」
今はこの答えが一番しっくりくる気がする。
私が出した答えにエアルさんはパチパチと目を瞬いてふわりと優しく微笑んだ。
「そうですか。
……あの子たちに嫌な思いはしていませんか?」
「過保護だな、とは思うけど最終的に私のしたいようにさせてくれるから大丈夫です」
話題と共に心配そうなになっていたエアルさんの顔が驚きに染まる。
そんなに変なことを言っただろうかと首を傾げるとエアルさんは可笑しそうにクスクスと笑いはじめた。
え! なにか可笑しなこと言いましたか!? と混乱する私に謝りながらもエアルさんの可愛らしい笑い声は止まない。
「そ、そうですか。ふふ、最終的にはちゃんと、折れてるんですね。安心、しました」
「エアルさん?」
「少しだけ、心配だったんです。
大切なものが少ないあの子たちは、まだ守ることになれていないから瑠璃ちゃんに窮屈な思いをさせているんじゃないかって」
ようやく笑いを治めて困ったように眉を下げたエアルさんに今度は私が驚いた。
「そうですね。なんかズレたことをする時もありますけど……」
いきなりのお姫様発言とか。女の子の殺人ビームを気にせずに私の名前を呼んで満面の笑みで手を振ってきたりだとか、朝と放課後の教室までの送り迎えだとか。
「だけど、嫌なことは嫌だって言いますし、その、ちょっとだけ、嬉しいです。大事に思って貰ってるんだすごく伝わるから」
その答えにエアルさんは安心したように柔らかく微笑んだ。
いつか番外編などで大人組みのお話も書いてみたいです。
需要があれば……。
いや、なくても我慢できなくなると書いてしまうと思いますが←
その時は温かい目で見守ってくださればと思います(逃
今回もお付き合いくださりありがとうございました!