第26話
きゃっきゃっと楽しそうなエアルと静奈にずるずると引き摺られていく瑠璃を見送り、イヴェールは執務室へと足を向ける。
自然と後ろに足音がついてくる。困惑している様子の息子たちの声も。
「瑠璃とのデートで舞い上がり過ぎだぞ。お前ら」
相手にされてないくせにと余計な一言を付け足すアルセを二人が睨む暇もなく龍哉が凄絶に微笑む。
「半殺しにされる覚悟があるなら相手してあげてもいいよ」
「結構です。辞退します。本気で勘弁してください」
当然のようにグレンが全力で拒否を申し入れた。
その隣でフォンセは鋭い視線をアルセに向ける。
「……どれだ?」
「さてどれでしょう。部屋に着いてからのお楽しみ」
瑠璃の前では考えられないほどに表情を消して情報を探るフォンセにアルセはクツリと笑う。
どうやら思い当たる節はあるらしい。
それは龍哉の遊びに辞退表明をした息子も同じようで、張りつけたような笑みの裏でここ最近入手した情報を整理しているのが見て取れた。
「……ホント、裏表激しいよね」
どうしたらこんな風に育つの? と自分のことを綺麗に棚上げした龍哉にイヴェールとアルセは溜息で答える。
龍哉のもとで瑠璃があんなにまともに素直に育ったことが奇跡なだけで、どうすれば龍哉の元であんな風に育つのか聞きたいのは自分たちのほうだ。
むしろ息子たちは後継者としてある意味当然の成長を遂げていると言えるだろう。
フォンセは夜の闇を統べる者として、グレンはフォンセを支える情報屋として瑠璃に、嫌われたくない愛しい者に見せるのを躊躇う裏の顔があるのは当然だ。
もっとも、龍哉しか眼中になく大好きな龍哉に振りまわされている間にとんでもなく許容量が広くなってしまった瑠璃なら、あ、そうなんだとあっさり受け入れてしまいそうだけれど。
実際に自分たちのしている決して真っ当とは言えない仕事を怖がることもせずにあっさり受け入れてしまった。
拒絶されなかったことに安心すればいいのか、心配すればいいのか複雑だ。
いつの間にか辿りついた執務室で、それぞれがそれぞれの定位置についたことを確認してイヴェールがアルセに視線を送る。空気が一気に引き締まり、誰もが仕事用の顔に戻った。
それは鋭い視線を受けたアルセも同じで、人好きのする笑みを消し去って仕事用の顔に戻るとつい先程引っかかったばかりの情報を報告する。
「藤の翁が動きなさったよ」
聞き覚えのない名前に怪訝そうな顔をするフォンセやグレンとは反対に龍哉の顔が苦々しく歪む。
「間違いないの?」
「あぁ。既に入国済みだ」
「ちょっと待って! 俺とフォンセがついていけてない!! 誰だよ藤の翁って。
名前からすると和の国関係?」
「え? お前、知らないの?? フォンセも?」
マジで!? と心底驚いた顔でイヴェールを見ると、イヴェールも珍しく驚いた顔をして息子たちを凝視している。
「知らねぇよ!!」
「龍哉関係は何も聞かされてねぇし、調べようとしたら全力で邪魔してきただろうが」
何言ってやがるこのクソ親父共という息子たちの視線にアルセとイヴェールは深い深い溜息を吐いて、我関せずを貫いて険しい顔で何かを考えこんでいる龍哉を見た。
「お前なぁ、」
「……知る必要のない話だと思ったんだよ。もう関わることなんてないと思っていたし」
「だからって勝手に情報を遮断してんじゃねぇよ」
頭を抱えるアルセと心底疲れた顔をするイヴェールに龍哉はいつものようにフイっとそっぽを向く。
「その藤の翁とやらは誰で龍哉のなんだ?」
「……龍の親父さんだよ。藤原龍之介。和の国の名士だ」
「その龍の親父さんが動いたら何か問題があるのか?」
「……そうだよ。今更なにが目的で」
「なんでも後継ぎを探してるそうだぜ」
その言葉に龍哉は目を見開いて凍りついた。
今までに見たことのない龍哉の反応にフォンセもグレンも驚いて龍哉を凝視する。
傲岸不遜で自分たちでは到底かなわない父親たちと対等に渡り合う龍哉は憧れであり目標だった。瑠璃に出会ってからは特に超えるべき壁だと思っている。
いつもどんな時も毅然と任務を遂行する龍哉が、困難な状況であればあるほど楽しそうに闘う龍哉が動揺している。
それはまだ未熟な二人の不安を煽るのには十分な姿だった。
「龍哉、」
「龍、」
不安を押し殺したような珍しい二人に声に龍哉はハッとして周りを見る。
心配そうに龍哉を見ていたのはフォンセとグレンだけではなかった。
らしくなさすぎる居心地が悪い視線に眉を寄せて小さく息を吐く。
「……問題ないよ。僕は既に鬼籍に入っているはずだから」
「キセキ?」
「死んだことになってるってこと。だから向こうに住む時手をまわしてもらったんだ」
淡々と話す龍哉にフォンセとグレンは息を呑む。イヴェールとアルセも憂いが晴れない龍哉に眉を寄せた。
「……瑠璃が心配だ」
深く息を吐きながら祈るように向けられた瞳にイヴェールは当然だと頷いた。
「その為にこいつらを呼んだんだ」
「今のままでも十分近づけやしねぇと思うけどな」
ハハハと笑うアルセの顔は引きつっている。
毎朝当然のように一緒に学校に行ってその上教室まで送り迎えをしているらしい息子たち。
瑠璃に自由の時間はあるのか? と言いたくなるが本人たちがそれでいいのなら口出しもできない。瑠璃が抗議して来た時はもちろん味方してやろうと思うけれど、巧妙に隠されている執着をみると丸めこまれそうな気がしないでもない。
「不本意だけど君たちに任せるしかない」
本当に不本意そうにそう言う龍哉はもういつもの龍哉のように見えた。
それに安心してフォンセとグレンも当然だと口の端を釣り上げた。
瑠璃に妙な輩は近づけさせやしない。ましてや後継者問題なんてどこもかしこも醜悪なものだ。そんなことに瑠璃を関わらせたりしない。
そんな決意を瞳に宿すフォンセとグレンに息子たちの妙なスイッチを入れてしまったのではないだろうかと若干の不安を抱きつつ、くれぐれも瑠璃に気付かれるなと釘をさして部屋から追い出した。
大人たちだけになった部屋で平静を装う龍哉に視線を向ける。
「龍哉」
「……問題ないって言ったはずだけど」
「俺たちの前でまで強がってんじゃねぇよ」
「……僕の居場所は、夜の闇だ」
確認するように呟いた龍哉にイヴェールは頷く。
「あぁ。お前の家はここだ」
「なら、問題ないよ」
「そうか」
「うん」
「まぁ、お前には頼りになるお兄様達がいるからな」
「は? 誰のこと言ってるの? キモチワルイ」
「イヴェール! 龍哉が反抗期!!」
「うるせぇ。
……龍哉」
「大丈夫だ。お前も瑠璃も俺たちが守ってやるからさ」
「……別に、心配なんかしてないし」
照れたようにプイッとそっぽを向いた龍哉に小さく笑う。
今更探したところで無駄だ。龍哉はもう藤原の人間ではなく、夜の闇の一員なのだから。
この素直じゃない弟をくれてやる気はない。実の娘同然の瑠璃にだって手出しはさせない。
イヴェールとアルセにとって龍哉と瑠璃は家族で守るべきものだ。それは二人の後を継ぐ息子たちにとっても同じ。家族に手を出す者に容赦はしない。
静かな決意を秘めてふたりは口角を釣り上げた。
父親組が好きです。
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