第24話
静奈さんとエアルさんに着せ替え人形にされながら、髪を弄られ化粧までされた私を見て、フォンセとグレンは見事に固まった。
そうですよね。パーティーの時ほどじゃないけど別人だもんね。もうその反応にもなれたよ。
「よし、今日は出かけるのやめよう。
家で心ゆくまで愛でよう」
真顔でそう言ったグレンの頭を静奈さんがスパーンと叩く。
「うふふ、こんなに可愛い瑠璃ちゃんをエスコートさせてもらえるというのに褒め言葉のひとつも無しですか?」
ふざけるなよ? と言いたげなエアルさんが笑顔で凄む。
いつまで馬鹿言って固まってる気よと静奈さんも凄む。
怖い。
もう私への感想はどうでもいいからこの怖い空間から逃げ出したい。
避難するように部屋の隅で話をしてるおじ様たちが羨ましい。
私もそっちに行ってもいいですか。
そう思ってるとアルセさんがちょいちょいと手招きしてくれたので遠慮なく避難させてもらう。
その間にもフォンセとグレンは怖い笑顔でチクチクとなにかを言われている。
「うん。可愛い。今度はおじさんとデートしような」
「僕の前で堂々とセクハラしないでくれない?」
蕩けるような甘い顔で甘い言葉を紡ぐアルセさんから素早く私をひったくって背中に隠したお父さんが冷ややかな視線を向ける。心なしかおじ様がアルセさんに向ける視線も冷たい気がした。
「可愛い瑠璃を愛でて何が悪い。
いっそあいつらが怒られてる間に遊びに行っちまおうぜ!
仕事は息子たちが替わってくれるさ!」
ツンと唇を尖らせたアルセさんがいいこと思いついたとばかりに顔を輝かせた。
「アハハ、寝言は寝て言えよ。親父」
「ぐ、グレン……」
「瑠璃、行くぞ」
しっかりアルセさんを睨みつけたフォンセに手を引かれ、酷く冷めた目でアルセさんに凄むグレンに背中を押される。
「門限は」
「分かってると思うが遅くまでチビを連れ回すなよ」
何かを言いかけたお父さんの口を両手でしっかり塞いでいるおじ様の声に分かってると頷く。
「いってきます!」
「楽しんできてくださいね」
「いってらっしゃい」
笑顔のエアルさんたちに見送られて私たちのご褒美デート(?)ははじまった。
いつも使うお屋敷の車ではなく、公共の交通機関を使って近くの観光名所を回る。
まだこちらの地理に詳しくない私への案内も兼ねているみたいだ。
和の国では見られない異国情緒溢れる街並みに感嘆の息が漏れる。
どこを見ても子どものようにキラキラと瞳を輝かせる私にフォンセもグレンも呆れることなく付きあってくれる。
白亜の壁が印象的な小さな可愛い教会は初代様とディアナ様が結婚式を挙げた場所だそうで、ディアナ様に例えられる白いユリが綺麗に咲き誇っていた。
それにウエディングドレスであろう純白のドレスーそれにしては簡素だけどーを身に纏い、初代様と並んで照れくさそうに微笑むディアナ様の絵も飾られている。
「綺麗……」
「あの時代じゃこのドレスが精一杯だったんだろうな」
「でも、とっても素敵。いいなぁ」
「……いつか、俺が着せてやるよ。もっといいのを」
小さく呟かれたフォンセの声はディアナ様の絵をうっとりと見つめる私の耳には届かなかった。
「フォンセー! 神父のじいさん居たぞ!」
「おや、本当にフォンセも来ていたのですか。それも可愛らしいお嬢さんと一緒に」
「……まだ生きてやがったのか。神父」
「ええ、おかげ様で。そちらのお嬢さんは紹介してくださらないので?」
「……瑠璃だ。龍哉の娘」
「貴女があの噂の瑠璃嬢ですか!!」
「噂、ですか?」
「貴女が龍哉殿と国に戻られてからのこの子たちはそれはもう酷かったですからね。
お父上と口も利かずに、ここに」
「わぁああああ! ストップ!ストップーーーー!!」
「何言ってやがる! エセ神父!!」
思いもよらない言葉にギョッとして神父様と二人を見比べる。
にこにこと笑う神父様とは裏腹に珍しく本気で慌てるグレンとフォンセ。
……どうやら神父様が仰ろうとしていたことは本当らしい。
私がお父さんと和の国に帰ったあと二人に何があったんだろう。というかおじ様たちと口を利かなくなったの私と関係あるの??
「も、もういいだろっ! 次! 次行こうぜ!!」
「行くぞ」
「う、うん」
「瑠璃嬢、またいらしてください」
「はい! ありがとうございます!」
二人に急かされるように教会を出る。
その後はオシャレなカフェでご飯を食べたり、広場で売っていたジェラートを食べたりした。
「さてと、そろそろか」
「遅くなると龍哉がうるせぇからな」
「もう帰るの?」
「そんな顔すんなって!」
「最後にとっておきの場所につれてってやるよ」
まだ帰りたくないと思いっきり顔に出してしまった私にグレンが小さく笑って私の髪を撫で、フォンセが口角を釣り上げて手を差し出す。
躊躇う私の手を攫うようにとったフォンセに手を引かれ歩きだした。
手を引かれながら歩くのはよく知るお屋敷までの道で、困惑をこめてグレンを見ると悪戯っ子のような笑みが返ってくる。
お屋敷の近くまで帰ってくるとフォンセが上着を脱いで私の頭にかぶせてきた。
「ないよりはマシだろう」
「せっかく可愛い格好してるんだもんな」
「どういうこと?」
「ちょーっと狭くて埃っぽいとこ通るからさ」
「ちょっとだけ我慢してくれ」
宣言されたようにそこからは道というよりも何年も、いや何十年も放置されている隠し通路のような場所だった。
狭いし暗い。だけど探検みたいでちょっと楽しい。
先頭のグレンが迷いなく進んでいくから複雑な道順でも不安にはならなかった。
「着いたぞ」
その言葉とスルリと上着を外される。急に開けた視界と眩しさに一度目を瞑ってからゆっくりと瞼を押し上げる。
うっすらと開いた目に飛び込んできたものを私は信じられない思いで見つめた。
「うそ、」
ひらり、ふわりと風に舞う薄紅色の花びら。そのもとを辿れば立派な桜の樹が優雅に咲き誇っている。
「気にいったか?」
「うん、うんっ! すっごく!!」
こちらで見られるなんて思っていなかった。
なんだかんだで毎年するお花見もしないまま、というか桜が咲く前に引っ越してきた。
花と言えば薔薇のこの国でこんなに立派な、こんなに綺麗な桜を見られるなんて、考えもしなかった。
「ありがとう!」
ぎゅううっとふたりの腕に抱きついて静かに佇む桜に見入る。
頭の上で小さく笑う声が聞こえた気がしたけど気にしない。
「また連れて来てやる」
「今度は食い物も持ってこようぜ。オハナミ? やろうぜ」
「うんっ!!
あ、そうだ」
タイミングが見つからなくて用意したものの今まで渡せなかったものをカバンから取り出す。
出てきたものに目を丸くした二人に笑顔でそれを押し付ける。
「お弁当は今度ね」
「っ、俺たちに?」
「、食ってもいいのか?」
「もちろん!おじ様たちも美味しいって言ってくれたから味も大丈夫だよ!」
「クソ親父」
「先に食ってやがるのか」
低い声でなにか呻いていた二人だけど、強引にクッキーを押し込むと素直にもぐもぐと口を動かして頬をゆるめた。
どうやら口にあったらしいと安心している隙をついて、仕返しとばかりに唇をクッキーがノックする。
目を瞬いてクッキーをもつ指先を辿ると、嬉しさと期待を綯交ぜにしたような顔で笑うフォンセと目があった。その後ろには瞳を輝かせたグレンもクッキーをつまんで待機している。
その様子がなんだか可笑しくてクスクス笑いながら目の前のクッキーにかじりつく。
食べさせてもらったクッキーは焼いた時より甘くなっている気がした。
い、いかがだったでしょうか?
困った時のディアナ様!ってことで久しぶり(?)にディアナ様を出してみました。
このお話では既にお亡くなりになられてますが好きなキャラです。
今回もお付き合いくださりありがとうございました!